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今日のババ
前々回の記事「子供への対応」で、なんか書きわすれたなあ?と思ったら、今日のショッピングセンターでの出来事を思い出しました。

今日、ひさしぶりにアシュラムのショッピングセンターで買い物をしたのですが、スープの素が、2個買ったら1個おまけ、というのがあって、そういうおまけは清算を済ませた後に出口の近くでスタッフのおじさんに言ったらくれるので、もらいに行きました。

そしたら出口からえらい剣幕で知り合いの奥さんが見たことのあるインド人の子供の首根っこを捕まえてつるしあげて連れてきたので、何事?と思ったら、そのインド人のこじきの子供(12歳くらい?)が、奥さんの息子(2歳か3歳?)のおもちゃを盗んだ、というので、捕まえてつれてきたようでした。

で、奥さんは、おまけ渡し係りのショッピングセンターのスタッフのおじさんにその子を引き渡して、
「セキュリティに連れて行って!あんたに託したからね!」
と言って去っていきました。

いやー、えらい怒ってはるわー。と、私もちょっとびびったのですが、でも、この乞食の子に対しては、アシュラムの中で乞食をしてることはもちろん(アシュラムの中は乞食をするのは禁止されてます)小さい子供たちが遊んでるところにからんできたりして、ときどき迷惑に思ってたので、セキュリティに連れて行って出入り禁止にしてもらえると正直助かるわー、とも思いました。でも、乞食の子供を引き渡されたおじさんが、ぼけっとしてたら乞食は走って逃げました。

あわてたおじさんは我にかえって、
「おーい、その子を捕まえろー!!」と叫んだので、何人かのそこら辺にいた男性が捕まえました。

そして、セキュリティに連れて行くかと思ったら、乞食の子供が「お母さんがあっちにいるから」とついたうそを真に受けて、開放してしまいました。

やれやれ、といった感じでわたしのスープのおまけの仕事の続きをしようとするので、おじさんに、
「なんで開放しちゃったんですか?あの子はいつもアシュラムの中で乞食をしてる子だし、物も盗るし、いつも親なしで、5人くらいの乞食のグループで入ってきてますよ」
と、軽く攻めたら、おじさんは「そうか、明日捕まえるよ」とか言いました。
でたー。インド人のその場しのぎの言い逃れー!
とか思って、

「私の息子もウエスタンキャンティーンの前で三輪車も自転車も盗られたんですよ」
というと、物が大きいし、アシュラムの中での盗難ということで、さすがにおじさんはえぇっ!?と、びっくりしていましたが、
「あの子が盗ったのか?」
と聞いてきたので、そういえば誰が盗ったかはわかんないや、、、と思って、(乞食の子供たちがうろうろはしていたのですが、盗難の現場は見てない)
「うーん、誰が盗ったかはわからないです」
と答えました。

おじさんは
「明日、捕まえるからね」
と言って、私もスープのおまけをもらって、帰りました。

奥さんは、セキュリティにあの乞食の子供を引き渡したかったら、自分で直接連れて行くべきでした。
ショッピングセンターのおまけ係のおじいさんじゃ、その場を離れるわけにも行かないし。

一応、アシュラムの中では乞食行為は禁止、となってるのですが、だいたい決まった面子がしょっちゅう乞食行為をしています。
最近は、アシュラムで雇われて働いている地元民みたいな女の人たちも
「お茶買って」
とか言ってきます。

乞食に対してはセキュリティは寛容なのでしょうか。
外国人に話しかけるのが好きな一般インド人とかには厳しく目を光らせていて、チェックしてるのになあと思います。

乞食に対して寛容、というやさしい気持ちをセキュリティスタッフが持っているというより、私が思うに、アシュラムに出入りしてる犬と同じような気分で、気にしてないんじゃないかと思います。
どうせ物乞いされるのはほとんど外国人ばかりだし。

それよか、アシュラムの景観を守るために、芝生に入って遊ぶ子供らを泣くほど怒ったりするほうが重要みたいです。

乞食はインドでどのくらいいるんでしょう。
そこら辺で野菜売ったりしてる人たちよりもよっぽど金持ちで、乞食でためたお金でビルを持ってたりするとかいう話も聞きますが、何らかの根拠はあるんでしょう。

誰も見てないと思ってぶあつい財布の中身の金勘定をしてる乞食も、見かけますし、
ご飯かってくれー、と言われて、無視してたら、自分の財布の中からお金を払って自分で買った乞食もいました。
「なんや!もってるやん!!」と笑ったのですが、
乞食にしても、乞食をするのは生業であり、究極の節約術、みたいなもんなんだろうと思います。

時々、着なくなったサリーを乞食にあげたりしたこともあるのですが、もらうときは
「さいらまー。さいらまー。(サイラムの女性形か!?)」と、ありがたそうに受け取るのですが、その清潔なサリーでは乞食は出来ないので、ボロのをまた着てきて乞食をしています。
で、また、「サリー頂戴」というので、
「まえ上げたやつ、きてへんやん」ということで、もう、普通のの乞食には、あげるのをやめました。
もうちょっと、乞食は乞食でも人を選んであげることにしました。

乞食どおしの嫉妬もあるみたいで、上げるのにも多少気を使います。

子供の乞食が、外国人は触っても同じアウトカーストだからオッケーとでも思うのか、腕をつかんできたり、ひどいししつこいです。

家がそんなんだから、子供の乞食は自分ではどうしようもないのかもしれませんが、こういう連鎖はいつかどうにかなるのでしょうか?

前、少しヴェーダを教えてた学校なんかは乞食同然の子供を預かってやってました。私も最初はそういうところに関われて喜んでいました。でもそこは、理念は文句なしなのですが、実際の運営状態はひどかったです。
せっかく、いい教育方針と、いい家と土地まであって、サポートしたがってる人もたくさんいたのに、内実は気持ちの悪い状況になっていました。

お金なんか、ほんとにきちんと子供にいい教育を与える場であるなら、出したい人はいっぱいいますよ。
いいことしたい人はいっぱいいるんだから。
校長先生が心から信用できなくなったので、もう一緒に働くのは無理だと思って、そこに関わるのはやめましたが、残念なことでした。

乞食の家族では子供が重要な稼ぎ手なので、もしも全寮制の何もかも無料の学校があったとしても、子供を入れたがらないんじゃないでしょうか。見てたら、お互いの愛憎も濃そうなので、なおさらです。
実際、プッタパルティにはいくつか無料の学校がありますが、乞食の親は子供をそういうところには行かせてないです。
少なくとも私が知ってる限り。

知り合い家族が、親のない子供たちを何名か引き取って、一緒に暮らして、一緒に暮らしてるからこそできる専門的な教育を施そうと計画していますが、そのように、小規模で責任を持ってするほうが、うまくいくんじゃないかと思ったりもします。量より質じゃないかと。量も質もだったら言うことないですけど。

私は教育の現場も乞食の暮らしの実態もほとんど知らないのでよくわかりませんけど、
前のその学校の校長先生は、一時期自分一人で30人の子供たちの身のまわりの世話と食事作りと勉強を全部やってた、と、自慢げに言っていましたが、そんなの、絶対手がまわるわけがないじゃないですか。

そんなことをしたらいけないと、私なんか思うんですけど、どうなんでしょう。
自分はくたくたに燃え尽きて満足だったかもしれないけど、子供らは衛生状態も悪い中で、教育もあってないようなものだったんじゃないかと思うのですが。

というのは、私が行ってた頃にその校長先生が運営してた学校の生徒は20人くらいだったと思いますが、
子供の身のまわりの世話や食事作りをする常駐のスタッフが2名いて、先生も校長を入れて3名いたのですが、勉強面も、衛生面も、十分とはいえませんでした。
私が日本人的な感覚だからそう感じるというだけでなくて、他の教師や、タブラーの先生もそこで教えることに興味を持ったので、紹介したのですが、タブラーの先生もそういっていました。

単に衛生面とか勉強とかよりも、根本的なところが何かおかしい感じがして、結局私はその学校からは離れたわけなのですが、何で今日私はこんな思い出話をしているのでしょう?(笑)

だからといって、自分が責任を持って学校運営ができるかと言えば、絶対無理だし、何も言うことじゃないのですが、
個人として、、その校長先生と交わしたいくつかの決め事が次々と破られたので、これ以上信用して関わることはやさしさじゃなくて罪だと感じたのでした。

結局は、個人レベルでの信用が基礎だと思います。
根っこにその基礎がないところには何も積み上げられないし、広げられないと思いました。

もともと、この校長先生が清廉潔白な誠実な人柄だったかどうかはしりませんが、あるいは、乞食の子供たちと深く関わることによって、吸収すべきでない性質を、校長先生は乞食の子供たちから吸収したのではないかと思ったこともありました。

人を導くというのはとてもとても難しいことだと思います。
ほんとうにブレのない、普遍の真理を内に持っている人しか、人は導けないと思います。

導くということ自体、相手に合わして自分を与えることが不可欠になってくるし、相手にあわしてつながったたあとに、ちゃんと、自分の中の真理に相手を持って再び戻っていかなくてはいけないので、やさしさや一生懸命さだけではどうにもならないように思います。

私の知り合いの年配のドイツ人の話ですが、物乞いされた時に、その乞食のおばあさんに
「ちょっと財布を見せなさい」
とかいって財布を出させて、中にほんとにお金がないのを確認してから「OK」とかいって、あげてました。
さすが。そこまでするか、ドイツ人!

援助をするにもいろいろ努力が必要ですね。
そう簡単には徳を積めないようになってるっちゅうことですか。

えーと、この記事のタイトルは、「今日のババ」?

今日のババは、男性側に3回ほいほいほいという感じに
ブレスして、そのあと女性側にもブレスしてました。
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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