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今日の午後(まてまて)

今日の午後はトークンに間に合いました。

明日、ババがしばらく北インドに行くというはなしなのでか、なんとなくトークン参加者も多かったような。

トークンは8~10番目くらいまであったと思いますが、私たちの並んだ列は5番目を引きました。

ここ最近では、いいほうじゃないですか。

ホールに入り、ババが帰るときに前を通る区画の、前から3列目に席がひとつあいていたのでそこの主名を座らせ、私はその後ろに座りました。

最近は、トークンのために走ってることが多いので、サウスに出勤するスタッフに見られてて、
サウスにおやつを食べに行ったら「何で走ってたの」とかいって笑われたり、おかわりのお茶を買いに行ったら
「もう一杯ね」とかいって、さらに笑って、サウスのスタッフが一言多くなりました(笑)

おやつを食べて席に戻ると、隣に長期の日本人が座ってました。

ヴェーダのチャンティングが始まったので、あわせて唱えていましたが、プルシャスークタムの途中で寝ました。
次にラグニャーサが始まったので目が覚めて、また唱えたら、隣の日本人が、
声が止まったので隣をみたら寝てたので、かわい~、と思ったとか言って笑っていました。

そんな発言に私も笑った。

そのあとはドゥルガースークタムとか、マントラプシュパムとかやってました。

ババは、5時ちょうどくらいに来ました。
その時は主名が半分寝てました。

なので、学生席にいる主名の友達に注意を向けて、目を覚まさせました。
学生、特にちびっこたちは、手紙を渡すというより、ババの膝の上におかまいなしに次々置いてました(笑)
主名の友達もパダナマスカールをしていました。

6時過ぎまでババはいました。

わたしの手紙を主名が持って、まだババがバルコニー上にいるのに、主名は手紙を差し出していてアピールしまくりでした。

なので、前の人たちが好意で間に入れてくれて、1列目まで行ってしまいました。

でもまだババはこっちまで来てないし、主名は膝立ちしてて高かったので、セキュリティに座れといわれ、周りの人たちにも座れ座れといわれていました。

そしたら主名はものすごくくやしかったみたいで、怒り泣きしました。
その様子に周りの人たちは苦笑して、ババが来たときに、膝立ちしなさい、今は座っておきなさい、と、なだめてくれました。

ババは親族あたりの手紙を取り、私たちの前に来ましたが、こちらはあまり見ない感じで、前を向いていました。
主名もアピールしまくりで、周りの人たちも注目していましたが、取る気はなさそうでした。

しかし、通り過ぎるくらいのときに、ババは両手で「まてまて」と、押さえるようなしぐさをしました。

あ~、多分、あれが、ババの私たちへのサインだろうなと思いました。

多分、この手紙はそのうちとってくれると思いますが、時期があるんだろうと思います。

隣の長期の日本人も手紙を用意してて、手紙というか、羽根の生えたメルヘンチックなエンジェルババのイラストでした(笑)

主名が一列目まで行ったので、その、長期の日本人のもついでに主名に差し出させようかとも思ったのですが、エネルギーを一緒にしないほうがよくて、主名に余計な負担をかけないほうがよくて、その彼女はしょっちゅう一列目に座ってるし、ま、いいだろうと思って、手紙を預かったりはしなかったのですが、
やはり彼女はうわてで、
自分で折ったハート型の折り紙を、すでに1列目の西洋人に託していました。

ババにとってもらえなかったので、それが返ってきたので、すでに託してあったことを知ったのですが、
「なにこれ?」
と聞くと、
「ババに見てほしかってん

とのことでした。

ああ、やはりここはサイババメンタルホスピタル(爆)

 

バジャンのあと、芝生では、さっきパダナマスカールしてた主名の友達がいて、実に10ヶ月ぶりくらいに一緒に遊ばせました。

学生もなかなか大変そうですね。

最初はギクシャクして、お互い意地悪したり意地を張ったりして調子がつかめず、その子も主名も一回ずつくらいシクシクと泣いてました(笑)

まだ小さいし、学校での寮生活と休み中などの家での生活のギャップに、情緒不安定にでもなるんでしょうか。

その点、その子のお兄ちゃんはもう5年くらい学生をしてるので落ち着いてて、そのこが泣いてる間は主名と遊んでくれたりしていました。

そのあとウエスタンに行ってご飯を食べました。

その子が学校にはいるまではそうやってほぼ毎日一緒にいたので、なんだか過ぎ去った日々へのノスタルジーみたいなものをを感じました。

悪ガキロシア人2人組は、子分が帰国したので親分だけになり、よっぽど暇みたいで、ダイレクトにいたずらの限りをしてきます。

つついてきたり、塩を武器にしてふりかけてきたり。どんだけ暇やねん、という。

でも、今日は6人でうちらはご飯を食べてたので、数人がかりで追い払われて、面白くなかったんでしょうね。

食べ終わって外に出ると、主名の靴が隠されていました。

ひとつはすぐに見つかったのですが、もうひとつはなかなか見つからなかったので、主名だけ先にみんなと行かせて私は探してたら、セバダルの青年も一緒に探してくれて、しばらくしたら見つかりました。

親切な(ヒマな?)セバダルで助かりました。

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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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