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イーシュワランマスクールのアプリケーションフォーム
今朝は主名は長く寝かせておいたほうがよさそうだったので、トークンは行かず、9時前にアシュラムで朝食を食べさせてから、学校に送り出しました。

私はそのままバジャンに参加しました。

今朝もババは来なかったのですが、イーシュワランマスクールに行ってみようと思って、
バジャンの後にオートリキシャをつかまえて、イーシュワランマスクールに行ってみました。

イーシュワランマはババのお母さんの名前ですが、イーシュワランマスクールは、ババの直接の学校で、他のババのエリート学校と同じ並びに同じように建ってるのですが、より一般向けの公立校みたいな印象です。

今まではこの学校はテルグ語でしか授業が行われていなかったのですが、今年の6月(ここら辺の学校は6月スタート)からは半分のクラスを英語で授業をすると聞いていました。

主名をいま行かせているコーチングスクールの先生や、サウスインディアンキャンティーンのナンバーツーのスタッフのおばちゃんとかから、主名をイーシュワランマスクールにトライさせてみるようにアドバイスされていて、

でも、夢とかで、来年6月からババのエリート学校に行く可能性もなくはなさそうだったので、今行かせてるコーチングスクールにもう一年通わせて、様子を見てもいいんじゃないかと思っていたのです。
このコーチングスクールはゆるい学校なので主名は喜んで行ってるし、日本人の子供や日本人ハーフの子供も通ってるので、楽しいんじゃないかと思って。

しかし、この7月にビザのことで動くように自分の中の促されてるようなのもあって、
ビザ自体は今もってるのは11月までなのですが、
6月にもし主名がイーシュワランマスクールに行くようになったら、ビザも、また変わってくるのかも?
だったら、とりあえずやってみる?
みたいなかんじもしてて、
どうせコーチングスクールは6月7月は休みなので、もしうまくいかなかったら8月からまたコーチングスクールに通わせればいいし。
とか思って。

で、ババに導いてくれるように祈ってからイーシュワランマスクールに行ったのですが、
着いてみると、入り口のところで知り合いのロシア人家族がいました。
この家族も下の娘さんをイーシュワランマスクールに入学させようと思ってるみたいでした。
そーか、それで最近よくババに手紙を渡そうとしてたのかな?

この家族はロシア人家族の中では数少ない、わたしがまともにコミュニケーションをとれる家族で、
私の中にインド移住の可能性が浮かんだのも、このお母さんに、
「なんでこっちに住まないの?何が問題なの?」
とか聞かれて、
「う~~~ん、別に問題はないかな?」
とか思っちゃったこともあるんじゃないかと思います。

彼らはすでに8年くらいこっちに住んでると思います。
インタビューでババにもう一人子供を作るように言われたのでつくり、
プッタパルティのスーパースペシャリティホスピタルで出産しました。

上のお姉ちゃんは優等生でしっかりしてて、前、主名も同じ村の学校に通ってたのですが、そこで生徒会長みたいな立場でみんなに毎朝号令をかけていました。

下の、プッタパルティ生まれの妹は、見るからに気合が入ってて、なんかついつい眺めちゃうかんじ(笑)

イーシュワランマスクールの入り口でこの家族と会ったので、「うわっ、導かれてる、、」とか思いました。

お父さんは正規のスタッフ?かどうか知りませんが、ババの博物館でセバしてるので、場慣れしてて、わたしはついていくだけでよかったので気楽でした。

「どうやってここを知ったの?」
と聞かれたので、
「今日はただ単に来たんだけど、主名の学校の先生やアシュラムスタッフに主名をここに入れるようにいわれて」
と答えました。

でもイーシュワランマスクールでは願書は配布してなくて、ハイヤーセカンダリースクールの校長室に行きました。

行ったのは朝10時くらいでしたが、
ちょうど今日の朝10時から願書配布でした。

校長室の前で待ってたら、すぐに後ろに集まってきた人たちの長い列ができました。

先にそのロシア人家族が中に入り、次に私も入りました。

英語で授業をするのは6月からはとりあえず1年生と2年生だけみたいで、ロシア人妹はこんど3年生なのですが、
とりあえず3年生に入学希望の登録をしていました。

ロシア人家族が必要な情報を書いた紙を校長先生に見せて、登録してたので、
わたしも待ってる間に手持ちの紙に名前とか住所とか書いて、自分の順番のときに見せて、校長先生に台帳みたいなのに書き込んでもらいました。

主名は年齢からしたら今度はインドでは2年生で、たぶんその学力もあると思うのですが、
インドは学年ごとに進級テストがあるらしく、今主名を行かせているコーチングスクールでは進級テストは受けさせてないので、1年生から始めなければいけない、と、校長先生に言われ、
それならそれでいいので、
そのように登録してもらいました。

そして、50ルピー払って願書を受け取りました。



今まで、ババのエリート学校の願書はタイミングが合わなかったりして何度も受け取りを逃して涙を呑んだのですが、イーシュワランマスクールの場合のなんとタイミングの良かったこと。

初めてまともに願書を手にしてうれしかったです。

導かれてますか?
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【2010/05/03 15:38】 | イーシュワランマスクール | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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