スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 |
完全におかしくなった知人。
今日も暑かったです。

極力外に出ないようにしていましたが、
洗濯物を干すときに外に出たら、「焼ける」と言うよりすでに「焦げる」の域。


夕方6時過ぎにバジャンに行きました。

しばらくはずしてたお守りを、最近またつけだしたのですが、今日は昼に水浴びした時に祭壇において、忘れたまま出てきたことに気がつき、あれ?と思いました。


ホールに入って座ったら、ババが体をこちらに向けて座っていて、ババの意識がふわりとこちらに来ているような気がしました。

後から行ったので座ったのは遠くなのですが、
「あ、ババ、待ってたな、見てるな」と思い、今朝見たババの夢を思い出したりしました。
ババと、ある共通の意識でつながっているような感覚でした。

私たちがホールに入って1曲くらいですぐにアルティになりました。

ババは今日、高く、低く、正面と男性側にあわせて4回くらいブレスをしていました。

女性側にもブレスして!!
と念じたのですが(たぶん女性たちの多くがそうおもってたんじゃないかな?)
女性側にはしませんでした。

ちっ、と思い、お腹すいたなーと思いながら主名と一緒にホールから外に出ました。

ホールの出口の階段にさしかかったところで、後ろに、以前からの知り合いの西洋人?かなんかが来ました。


その人とは以前は少ししゃべったり、時々向こうから関わってきてたのですが、
あるときを境に一切関わらなくなっていました。

時々ものすごい目で見てきていたり、だんだん人相が変わってきてたのは気がついていましたが、特に気にしてませんでした。


それが今日、人で混み合う階段のところで私たちの後ろに来たとたん、ものすごい勢いで独り言を言い始めました。

内容は私たちというか、私をののしる彼女の妄想物語だったのですが、びっくりでした。
完全におかしくなっていました。

ついつい内容に耳を傾けてしまったのですが、
彼女はプッタパルティにはもう何年も、私たちよりも長く滞在してるし、私たちのこともそれなりに知っているので、彼女のののしり言葉は半分の真実に基づいた半分の妄想でした。

〇ッキン ジャパニーズ と、階段を降りきるまでに20回くらい言われました。


それらの言葉を背後から超早口で耳に注ぎ込まれてるときは
「うわ~~~、おかしくなっちゃってる、、、、、」

と、驚いただけだったのですが、

階段を降りきって彼女から離れてから、それらののろいの言葉を中に入れちゃったみたいで、ど~~~~~ん、と、エネルギーが落ちて、彼女から注ぎ込まれた攻撃性により、緊張と不安でけっこうやばいかんじになりました。


どうしようかと思ったのですが、
今日の午前、知り合いの占星術師に、邪視などのバッドエネルギーを受けるとどうなるかとか、どうクリアーにするとかいう話を聞いたばかりだったので、そうだ、あそこで、ココナツの上に樟脳を乗せて火をつけてもらって、それをくるくる回してもらおうとか思いました。(それをするとオーラの汚れが取れるのか?けっこうすっきりするので。)

で、行って、なんやかんやしてもらい、かなりましになりました。
ココナツではなくて小さなレモンを切ったやつに樟脳を乗せて火をつけて浄化してくれましたが。


で、とりあえず極度の緊張感と不安感が和らぐと、今度は涙が出てきました。


しかし、おかしくなる人が多いです。ここは。
聖地はエネルギーが強いということもありますが、ここ数日、暑さが増したことと、今日は新月らしいので、感情など、押さえが利かなくなってるみたいです。


別に、どんなことを言われたとかは占星術師には言わなかったので
「ささいなことだよ、気にするな。」
みたいに言われましたが、

なんだか、今日の朝からの一日が、色々つじつまが合ってるなという気がしました。
これは、決まってたことで、ホールに入ったとたんのあの、ふわりとしたこちらに向けられたババの意識。ババもそれが起こることは当然知っていたという気がしました。

ここしばらく、プージャしまくりということもあってか、すごく光が強くなったような、そんな感じがしていて、そういうときには闇も濃くなるし、上昇するエネルギーが強くなるときには出さなければいけない汚れもあるのだという気がしました。


占星術師はある話をしました。
ある女性が、乱暴なセバダルに押されて転んでしまって、そのことがとてもショックだったのですが、
そのすぐ後にババにインタビューに呼ばれたそうで、
インタビュールームの中でも彼女は泣いて、その、ショックな出来事を涙ながらにババに訴えたそうですが、
ババは、

「だから私はそのセバダルをあなたのところにやった。
彼女はあなたのカルマを持って行ったのだ。
それがなかったら、私はあなたをインタビューに呼ばなかっただろう。」

と彼女に言い、その女性の涙は喜びの涙に変わったそうです。



だから、あなたの場合も、その女性があなたのカルマを持って行ったんだよ。
と、いう話でした。

そうなのかも、しれない、けど、じゃあ、彼女はこれからどうなってしまうのだろう、という気がしました。

わりと親しくしていた頃は、知的で柔和な人だったのです。
いろいろ情報を教えてくれたり。


案外、涼しくなると落ち着くのかもしれないですけど。



お茶とか水とか飲んで、世間話?とかをして笑ったりして大体落ち着いたので、ウエスタンキャンティーンに夕食を食べに行きました。



早めに対処してクリアにしておいてよかったです。
こういうショックって、中に入れたままにしておくといつまでも蝕むので。


きっと、よいことの前触れなんだろうと思います。
関連記事
スポンサーサイト
【2010/05/14 02:47】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |
<<ぐで~~~、と、なってた日。 | ホーム | ババへの手紙の送付先>>
コメント
すごいですね
これは真理の体験だと感じました。

私も離婚届を出しに来ていた知人と
市役所でばったり会って以来
夫婦仲がおかしいんです~(泣)

それにしても聖地のエネルギーは
覚悟していかないと ちょっと怖い物ですね。
【2010/05/14 08:33】 URL | YOKO #-[ 編集]
やっぱ、エネルギーというかバイブレーションて、うつりますもんねー。

いいものには開いて、そうでないものには閉じておけるよう、意識しておかないといけないですよね~。

聖地のエネルギーは、やっぱ、強烈なんでしょうねぇ。
自分の中に葛藤がたくさんあったりすると、エネルギーが一気に動かされて、わけわかんなくなっちゃったりすることが多いみたいに思います。

でも、高山病が山をおりたら治るみたいに、自分の国とかに帰ったらみんな落ちついてるみたいです。

でもでも、5年とか7年とか、数10年とか、長く住んでる人でも、おかしくなるときはなるんですよね。。。

ここに住んでる外国人は特に、自分の国や家族とのつながりが弱い人が多いので、家族にがっちり組み込まれてるインド人と違って独居してる人がほとんどだし、安定感にかけるので、バランスがとりにくいんだと思います。

ビザのことや文化の違いなどでストレスも常にあるし、
ババだけに頼るというのはなかなか厳しい選択です。

でもいろんな出来事を通して、みんな少しずつ、神の高みに近づけるように訓練されているんだろうと思います。

【2010/05/14 14:07】 URL | 古野SAWAKO #-[ 編集]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://furunosawako.blog59.fc2.com/tb.php/1282-e2fb456e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

  

               ↑ブログランキング。ここらへんをクリックしてランキングサイトに移動したり、向こうからこちらのサイトに出てくることで順位が上がる仕組みになっています。どこクリックしても似たようなもんです。                                                      

                                    
サイババおっかけブログテーマソング
We shall follow you !

Tweet

free counters
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。