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緊張が高まった日。
ここ数日、遅くに寝ても朝7時くらいに目が覚めるので、
トークンに行けということかなあ??とか思いましたが、
よく考えたら主名の入試は朝8時集合とかだったと思うので、それくらいの時間にスッキリ起きていられるように
やっぱり7時には起きていないといけなかったので、
主名を起こしてアシュラムに行きました。

サウスで朝食を食べて、
少しバジャンに参加して主名は学校に行きました。(9時から)

私はバジャンの後、昨日、ブッダプールニマのグループのスカーフを取りに来るようにいわれていたのでN7に行きました。

あんまり数がないからたくさんはあげれないけど、と言われたので、とりあえず家族連れの人たちの分をもらうことにしました。
子供は大人と一緒だったらスカーフなしでも大丈夫だろうということだったので、大人の分だけ。

(行事などでグループを作るときは特別席がもらえるのですが、そのメンバーの目印がスカーフです)


その後は用事があったので占星術師のところに行って、その後は昼になったので部屋に戻りました。


すると、主名と、同じ学校に行ってる友達が部屋の前で待っていました。

主名の友達は親に言わずに直接うちにきたみたいだったので、親に電話して、
とりあえずサウスに連れて行って3人で昼食を食べました。


昨日の夜に主名が、学校で、習ったことがないやつを「テストだ」と言われてやらされて、
「どうやったらいいの?」
と聞いたら
「テストだから聞くな」
と言われて全身定規でたたかれた、あれはひどい、とか言うので、ノートを見てみたら、
確かに主名がやったことがない英語の文章を単数形から複数形に変換する問題でした。

数日後に迫ったイーシュワランマスクールの入試対策の勉強なんでしょうけど、この期に及んで新しいことが出てきたので私もあせりましたし主名もわからん、とか言っていました。

けっこう、試験数日前になってから、なんか次々出してきてる感じで、
いまさら~~~~、てかんじです。



しょうがないんですけど。

というのは先生はババの全寮制の学校のほうの試験対策に全霊を傾けてましたから。
そっちは親たちも死に物狂いですし。


わたしらはもうそこからは外国人ということで外れてるので、問題外だったんですけど、
今年から英語での授業も始めるイーシュワランマスクールに外国人も入って勉強できそう、ということで、
先生もそっちのことは甘く見てるというか、そっちの試験対策はしたことないし、するまでもなかったんじゃないかと、、、。

普通こんなコーチングスクールに通ってる子はみんなババの全寮制の学校を受けますから。


ちなみに、今年主名の学校からババの全寮制の学校の1年生入学の試験を受けた3人は全員合格しました。
すごいですよね。倍率何十倍なのに。
みんなにあほあほモンキーモンキーと毎日からかわれてた子も合格したと聞いてちょっと驚きました。
あの子もか~、、、。

そのお母さん方やおばあちゃんなんかと小さい子に家で教える大変さを話したこともあるので、本当にほっとしただろうな、と思います。
(子供を教えるのはほとんど母親の仕事になってるみたいです。日本だと学校にお任せなのに、インドでは母親の負担がすごく大きいです)
入ってしまえば全寮制なので、とりあえず手は離れますもんね。

ほかにも受験したはずの親子を何組か知ってるので、どうだったんかなーと思います。

3年生と4年生に編入希望の子供も主名の学校に通ってたのですが、その子達の合格発表はまだみたいです。


主名はインドではほんとだったら去年、1年生に入学する年で、主名の幼なじみの外国人の子は先に入学が決定して、
(その子の場合は校長先生にその子を入学させるよう、ババが直接手紙を書いたかなにかしたようです)
私と主名も校長先生やほかの有力者に直訴してみたりして、できるだけのことはしたのですが
(もちろんババへ手紙を渡したり、ババからの直接の許可をもらおうともしました)

力及ばず、、、というかんじで、脱力でこの時期が過ぎていったのでした。


外国人は基本的にババの全寮制の学校に入学が認められていなくて、入試すら受けられないのです。


話はそれましたが、今年は、インド人はみんな「あれはだめだめ」みたいに言う庶民派のイーシュワランマスクールに外国人も入れるチャンスがあるということで、とりあえず主名を受けさせることにしたのです。


外国人の子供の教育環境はほんとに悲惨なのです。ここプッタパルティでは。

学校に行かずに14歳くらいになってしまってみんなに「ああなったらもう遅い」みたいに陰口をたたかれてる子もいます。

もちろんそのこもそのこの親もいろいろな方法を試して試行錯誤の末にそういう道を選んだことは容易に想像がつきますが。(プッタパルティの普通のインド人向けの学校は、外国人の感覚ではあまりにも暴力過ぎて受け入れ難いのです)


日本人学校とか、インターナショナルスクールなんてものもまだ現れていませんし、今後現れるのかどうかもわかりません。


ババも、ある外国人家族には
「ここは子供を育てるにはいい環境じゃないから国に帰りなさい」
とインタビューで言ったと聞きました。


一方で、少数ながら、ババの直接の指示でババの全寮制の学校に入学する外国人の子供も時々います。

大体親は親ばかですから、「うちの子はそういう特殊な子供だろう」と思って、もしくは何らかの啓示を受けて、
ババの全寮制の学校に子供を入学させる希望を持つ外国人の親は少なくありません。
(実際、極度に霊的な子供が多いかもしれません)

なんといっても、この全寮制の学校の生徒たちがババの寵愛と注目を浴びることは周知の事実ですから、
ババの帰依者であれば子供をこの全寮制の学校に入れることを考えてみるのは自然の流れでしょう。

そしてこの学校に入学した子供たちは徹底的に管理されるので、実際普通っぽい子でも、卒業するときにはエリートになって卒業するのです。
学業面だけでなく、精神的にも徹底的にコントロールされるので、よい人格を持つ人物であるよう教育されるのです。


コントロールとは恐ろしげかもしれませんが、
言い方を変えれば、よい影響の中でのみ養育される、ということでしょうか。
そして、謙虚でしかも自信満々という不思議なバランスの人々が生み出されるのです。


私たちは意識していなくてもいろんな影響にさらされていて、あらゆるものにコントロールされて出来た自己を自由な自分だと思っている場合が多いかと思いますが、
ババの全寮制の学校ではまずそのようなかりそめの自己を全否定するような仕組みになっていて、
完全なババの意識の統制の中で、望ましい性質のみを発達させるようなコントロールのされ方をするようです。

そして、多くの人々が1センチでも近づこうと争う対象であるサイババ自身の注目がその学生たちにはふんだんに注がれるので、ババの愛に満たされ、また、アシュラムに集う人々のある種の尊敬と注目を集める存在でもある学生たちは、自然と上に立つものとしての自信も身につくのでしょうか。

もちろん、学生も実際一人一人を見ればいろいろでしょうけど、大体そんな感じがします。


この学校に入ってしまえば一生安泰、くらいの感覚が親にはあると思います。
実際、主名をここの学校に入れることを強く勧めてきたインド人の奥さんもそんなようなことを言っていました。
(その奥さんは服屋さんでしたが、上の子は入学し、したの子は今年受験なので、どうだったかまだ知りません)
実際、人生色々ですから、そうはうまくはいかないと思いますが、
でも、ババが学長の学校ですから、そりゃ、いいと思います。
学生生活の瞬間ごとがヨガ修行みたいなもんでしょうから。
しかもババにきちんと管理されて。(分単位で毎日のスケジュールが組まれてるそうです。)


インド人や、インド人の親を持つ外国籍の子供なら正規の入試を受けられるのですが、
両親ともに完全に外国人である場合、入試そのものを受けられないので、
よっぽどでないと入学は難しいです。

いくら素晴らしくスピリチュアルで聡明な子供であったとしても、それだけでは入学許可は下りないでしょうし、
さまざまな要素があると思います。
日本人で何度でもインタビューに呼ばれるような家族の子供でも(そういうケースはいくつか聞きましたが)
今まで両親が日本人の子供たちは入学してないと思います。
そこの子供たちがずばぬけてスピリチュアルな子供たちであったのは間違いないと思いますが。

何より、ババの計画に基づいて、その子がこの学校で教育されるということになるんだろうと思います。

両親が外国人の主名の遊び友達だった子供は去年入学しましたが、
そこの兄弟は、そもそも、インタビューでババに、
「良い魂を送るから子供を作りなさい」
といわれて作った子供たちなのです。
で、妊娠する前に「この子供たちは私の学校で教育を受けなければいけない」
と、あらかじめ言われていたそうです。

それでも、お母さんは不安になって、ババに「この子を入学させてください」と頼みまくって、ババにうっとおしがられてたとかいう話ですが。(本人談)

その子達の出身国について考えても、ま~、大きくなって、いろいろ国際的に?働いて、
世界の状況を改善するような重い役目、ババの計画があるんだろうな、、、とか思います。


全寮制の学校は文字通りエリート養成施設でサイババの教育のモデル校という感じがしますが、
イーシュワランマスクールは一般の村人への奉仕の一環として設立された学校ってかんじがします。


まあしかし、そのイーシュワランマスクール。
こっちもババの学校には間違いないのですが、プライベートスクールではなく、政府の管轄になってると聞きました。

今までは人気がなかったみたいなのですが、今年から英語での授業が始まるということで(今まではテルグ語だけでした)受けたい人が殺到して、願書配布も予定を繰り上げて3日で締め切ったとかいう話。

とにかく、うちらの志は低く、まともに自立できるくらいの事は身につけて大きくなってもらわないと切実に困るので、
イーシュワランマスクールがどのようなものかもあまりよく知らなかったりするのですが、
今年はそちらに導かれたというわけです。
こちらは全寮制ではなくて通いの学校です。


しかし、ここに来て主名の学力に不安を覚えたのですよ。


繰り返しになりますが、入試数日前になって、やったことない内容の入試対策の模擬テストみたいなのをいま行ってる学校でされてるので。


イーシュワランマスクールの入試は数学と英語だけなのですが(ファーストスタンダード、、、一年生は)
主名は数学は3年生のところをやってるという今の学校の先生の話でしたが、入試を受けるのが決まったとき、
英語はちょっと特訓しなくちゃね、みたいに言われました。

ここの学校に通いだしてから、
「主名は綺麗に字を書けるから」ということで、英語はなぜか筆記体の練習ばかりやらされていたのです。
前の学校ですでに習っていたのですが、まあ、また何度でも習えばいいわと思って気にしてませんでしたが、
そういえば、文法なんかは前々手付かず。

だいじょうぶかな~~~、と、いまさら思えてきました。


筆記体がかけても、むしろ読みにくくて、あってるものも不正解になりがちだし。


でもしょうがないので、
昨日から登場した主名がやったことなくてぜんぜん出来なかったような問題を今日は夜にやらせました。
筆記体も、誰が見ても読めるように綺麗に書くように指導して。



そんなわけで、今日は突然訪れたあせりから、私の緊張と不安が高まって、かなり凝縮されていたのですが、

ダルシャンで、ババが両手ブレスをしたのをみたら、その圧力がガスが抜けるように、だいぶ抜けました。
いままで。ブレスするのをみても「でた!」とか思うくらいでしたが、
今日はそんな効果がありました。


今日はたぶん学生が、ラーマにまつわる劇をしていました。
ババから衣類(ドーティー?)が配られ、ネックレスや指輪も出演者に物質化して、あげてたみたいでした。


終わったのはけっこう遅かったです。もう暗くなっていました。

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【2010/05/26 13:48】 | イーシュワランマスクール | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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