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デリーの小児科の病院の緊急外来に行きました。
昨日の夜、泊まってるゲストハウスのパソコンでメールチェックなどをして、その間主名はゲストハウスの前で白い石を拾ったりして遊んでいました。

12時くらいに、ああもう限界。寝よう。という感じで寝ようと思って(主名は昼寝してたので元気だった)、インターネット代を払ったりして、ゲストハウスの人としゃべってるうちに、

主名が喘息の発作が出てて、今回薬を持参してなくて、一応アーユルヴェーダの薬をそこらへんの薬局で買って飲ませてみたけど、明日病院に連れて行ってみようかと思う、とか話しました。

そしたらゲストハウスの人が、ドクターに電話したらここに来てくれるよ。明日の9時くらいでいい?
とかいうので、じゃあ、それくらいに、とかいう話をなごやかにしたのですが、

その場でとりあえずドクターに電話してくれて、
受話器を渡されたので状況を説明しました。

そしたドクターはまず、「心配しないで」と言ってくれたので、心配してなかったのですが安心しました。



で、なりゆきで、ドクターのすすめで、近くの24時間緊急外来が開いてる小児科の病院に行くことになりました

主名は遊んでるくらいなんで、明日でもいいんだけど、、、ドクターは30分くらいで終わるといってるし、
主名も息苦しさがないほうがよく眠れるだろうからと思い、ゲストハウスが呼んでくれたタクシーに乗って行きました。


診療所とか小さい病院かと思ったら大きな病院で、救急車も何台か停まっていました。

病院の中にも外にも待ってる人なのか?ごろごろみんな地面や床に寝てて、
タクシーのドライバーと別れて緊急外来の部屋に入ったものの、どこに行ったらいいんだ?
てかんじで、少しの間ようすを見てて、施術室の中に入ってみたらだれかに受付をしてくるように言われたので、

その部屋から結構離れた外の場所にある窓口で受付の紙を書いてもらいました。

それを持って施術室に行ったら、今度はカルテを作ってくるように言われたのでまた外の窓口に行ったんだっけ?とにかく2往復しました。


その紙を持ってまた施術室に入って、警備員みたいなおじさんが主名の体重を体重計で量ろうとして失敗したので適当に体重の書かれた?その紙を持って当直の若い男のドクターに見せて、状況説明をしました。

飲ませたアーユルヴェーダの薬を見せたり、いつからか、とか聞かれたので1歳くらいからとかいうと、疲労したドクターにいらっとされました(笑)

だって、症状が出始めた年齢を聞かれることもあるんで。

ああ、今回のことですね、2日前からです、と、すぐに言い直しましたけど。


で、処方箋を書いてもらったので、それにしたがって看護婦さんが薬の吸入を始めました。

といっても、はいっと機械を渡されて、私が主名の口元で吸入させるんですけど、
15分くらいかけて吸入させて、終わったら自分で機械のバルブを閉めて外で20分待って、20分たったらまた看護婦さんに薬を用意してもらって吸入させるということを3回繰り返しました。

30分で帰れるかと思って来たんですけど、結局終わったのは夜中の3時でした。


しかし、緊急外来の施術室はつぎつぎと子供が運び込まれてきて、わたしたちは主名をベッドの上に座らせて私が吸入の機械を主名の口元で支えるだけだったので、ヒマだし、部屋のようすをあれこれ見ていました。
主名なんかくいいるように見てました。


事故かなんかでショック症状みたいになってるらしい10歳くらいの女の子とか、風邪の男の子とか、むちゃくちゃちっちゃい赤ちゃんとか、みんなそれぞれ大変な様子でした。

赤ちゃんが連れてこられてるのがやっぱり多かったです。

施術は痛かったり怖かったりするものもあって、赤ちゃんとかマミーマミーとかいってこの世の終わりみたいに泣いたりおしっこをもらしたり、いろいろ大人への施術とは違った凄惨さがありました。


正直、変な病気がこっちに移らなければいいけどと思わずにいられませんでしたが、

というのは、汚物の処理も一応ゴミ箱の分類はされてましたけど、日本の感覚からしたら投げちらかしって感じだったし、主名を座らせてるベッドにも血か何かよくわからない赤黒いのがこびりついてたり、ベッドの上に使用済みの注射針みたいなもの?が転がってて、主名が
「なにこれ?」
とかいってつまみあげるので、
「ぎゃーっ、触るなっ!」
とおののきました。

ま、大丈夫みたいです。

病院のスタッフの人たちもぶっきらぼうでしたが、悪い感じではなかったし、怖くはなかったです。
(時々、サイババの病院の看護婦さんとか、すごい怖くて泣いた。私が。)

私はサリーを着てたので
看護婦さんに最後のほうで
「マニプールから?」
とか言われました。

マニプールという場所は中国に近いので、中国人や日本人と同じような顔立ちのインド人が多いのです。

吸入の合間に病院の外で20分間待ってるときに、インド人の若い母親が来て、ヒンディーでなにやら話しかけてきました。
「ヒンディーわからないんで」
とか言ったのですが、
とにかくしゃべりたかったみたいで、
自分の子供はこんなんになんてこんなんになって、こんなんになっちゃったんだよ、、、。
みたいなことをショックで呆然としたような表情で、身振り手振りでかまわず話してきました。

ヒンディーは全然わからなかったけど、うんとかああとかおおとか答えときました。

その奥さんが主名はどうしたんだというので、私も身振りで、喘息で息が苦しくて、みたいなことを伝えたら、病院の中に入ってドクターに診せろといわれたので、
吸入が終わって、20分外で待たなければいけないことを言いました。(どこまで通じてたかは謎ですが)

で、そうしてるうちに20分たったので、その奥さんにそう言って病院に入ったら奥さんもついて一緒に入りました。

見ると、一番重症っぽい状態の子供のところにその奥さんは行きました。
ちょっと外に出て気分転換したかったのでしょうか。

私たちは何かあったときだけ病院に行けばいいですが、病院のスタッフは仕事とはいえ、毎日大変ですよね。

吸入が全部終わり、飲み薬の説明をドクターに受けて終わったのですが、
薬、どこでもらえばいいんだろう?
と思い、看護婦さんに聞いたら、
「どこでも外の薬局で買え」
みたいな事で、
それって、明日になってからってこと?
と聞いたらそうだというので、

そうか、と思い、
「ありがとうございました」
と言って去ろうとしました。

が、支払いは?
と思って、
「支払いなし?」
と看護婦さんに聞いたら
「支払いなし」
と看護婦さんは答え、
それまでぶっきらぼうだった彼女は最後にそこで初めてにやりと微笑み、
わたしもそうか、と思って微笑んで、改めてお礼を言って去りました。



ゲストハウスに電話してタクシーを回してもらい、来たタクシーに乗って宿に戻り、
往復で400ルピー払いました。

昼間ならオートで片道せいぜい20ルピーくらいの距離ですが、
夜中に病院にいって、予想外に時間がかかって私も主名も眠かったけど、よかったなと思いました。

昼間だったらもっと込み合ってて疲れきってたかもしれないと思うので。

主名もその後よく眠れたし。

朝になって、というか、昼近くに起きましたけど、

ゲストハウスのルーフトップレストランでご飯を食べて、
外の薬局で病院で処方された薬を買ってきたのでそれを飲ませたら、

さすが西洋医学の薬。
即効いて、症状も治まり、ひとしきり暴れまわってはしゃいだ後、今も主名は食後に熟睡しています。



今、隣のスイス人女性がインド人にデリーはどうだった?聞かれ
「う~ん、わたしの場所ではないわね、汚いし、うるさいし、混雑してるし」
みたいにすごく正直に答えていました(笑)

ここにきて、自分がどういう場所が好きかわかった、とか。

スイスはいいとこなんでしょうねー。
いや、皮肉じゃなく。


前回半年前にデリーに来たときにも、日本食レストランで日本人旅行者がインド人の旅行会社の人に

「デリーは泊まりたくなかった(けど、日程の関係で泊まらざるを得なかったのでしょうがないから泊まった)」
と、本気でいやそうに言ってて、
デリー在住のインド人は

「そんなこと言わないでよ~」
と笑ってて、聞いてた私も思わず笑いましたが、

どこでも住んでる人はいるから、
デリー、たしかに、主名も昨日の時点ですでにプッタパルティに帰りたいとか言ってましたが、
(車が多すぎて空気がわるいとかもっともなことを言っていた)

住んでみてわかるよさというのもあるでしょうね。

プッタパルティの、昔デリーに住んでたインド人のおばちゃんも、

デリーは物が何でも集まってきてなんでも安いし好きだと言っていました。

私も半年前に来たときはデリー、いやだなー、みんなだまそうとするし。と思ったりもしたのですが、今回はなんだか落ち着く感じすらあります。
前回と同じゲストハウスに泊まってるということもあるかもしれないですが。

ちなみに今泊まってるところはメインバザールの奥のほうのアヌープゲストハウスです。(ANOOPもしくはANOUP)
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【2010/07/17 22:21】 | デリー | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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