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ま~たあ~とで~~~。(サイババ学校への新たな外国人入学ケース?)
今日の午後はババはヴェーダの吟唱中に来たそうです。(主名:談)

そして、UK(イギリス)のグループが歌とか歌ったみたいです。

わたしが夕寝してたら主名が靴を盗られたといって裸足で帰ってきて起こされました。

でも、もう底がつるつるになって滑りやすくなってた靴だったので、OKです。

取られた靴と同じ種類で、サイズだけ少し大きい靴を買ってあったのでそれを履かせました。



6時くらいにアシュラムに行ったらアルティになったので、外からババとアルティの火を見ました。

そのあとババがなかなか動かなかったので、シータラーマの像のほうに回りこんで、そこからまたババを見てました。

そしたらそのうち、ババがリクエストしたんだと思いますが、たぶんUKによるバジャンがまた始まりました。

数曲歌って、またアルティになりました。

最近、2回アルティをすることが多いですよね。


そのまま芝生のところに向かって歩いていたら、ババの家の前で家に入っていくババを見るのに間に合いそうだったので、そこに行って、そこからも見ました。

3方向ダルシャン。


ちょうどノースインディアンキャンティーンの開く、6時半で、人もまだ少なかったので、今日の夕食はノースでさっさと済ませました。

そのあとわたしはカプチーノを買って飲んで、

主名は木になってる実を食べて、


食後の締めをしたあと、主名がウエスタンの前の芝生で遊ぶと言うので、行って、遊ばせました。


そしたら知り合いが来たのでずっとしゃべってました。

そしたら、こっちが楽しそうだと主名が気になるみたいで、遠くで好きなだけ遊べばいいのに、ずっとからんできました。


部屋に帰る途中、外国人の知人から、もうインドに住んで9年くらいになる知り合いのロシア人家族の姉妹が2人ともババの学校に最近入ったと聞きました。

ほんとかどうかまだ確認してないですが、ほんとだったらほんとによかったです。

この姉妹の妹の方は今回主名と同じくイーシュワランマスクールを受けて、テストはすごく簡単だったのに合格しなかった、と言っていましたが、そういうことだったんだね、という感じです。

この姉妹がもし入学したのならみんながともに喜ぶと思います。
すごくすごく地味に熱心にがんばり続けてきた家族で、それをみんなが知っていますから。
姉妹も、すごくいい子達です。
もしほんとなら、すばらしいことです。


神はいたんだな、って、かんじ。笑。



その情報を言ってきた知人にあなたもババにもっとアプローチしなさい、みたいなことを言われましたが、
ま、もうちょっと後でね~。と、答えました。

主名はその彼女に「OO(主名の友達で、先に入学した外国人の男の子)はあなたを待ってるわよ!」と言われ、
なぜかにやけてました。
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【2010/08/07 05:17】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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