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ラーフプージャでエネルギーを注入されたシュナは電柱に登る。
ここ数日シュナは学校を休んでて、まあ、喘息が出てるからというのもあるんですけど、
わたしも子供とずっと一緒にいると、キーっ!となりますよねー。

喘息が治まりにくかったので、今朝はジェネラルホスピタルに連れて行って改めて薬を出してもらいました。
そしたらやっぱりましになったので、シュナは調子に乗って走りまくっていました。

しかし最近はジェネラルホスピタルでも当りの先生が多いです。
前は行くたびに心底傷ついてさめざめ泣くことが多かったんですけど、(行ったことがある人はなんとなく想像つくと思います)
最近は満点といってもいいような人格者っぽいお医者さんばかりに当ります。

わたしの、ジェネラルホスピタルの、というか、病院に対するカルマが終わったんでしょうか。

そうかもしれない。。。

ラーフっ子主名(ラーフの時生まれでいまだにラーフの期間中)に関して、けっこう反響があって、ラーフの時期にいる人には参考になったみたいです。
ほんと、どこに行っても、ぶたれやすいんですよね。なぜか。
昨日もインド人のおばちゃんに激怒されてぶたれていました。
走り回るのが気に障ったみたいです。
わたしがその人に謝ったら、その人は私の顔は見ず、何もいいませんでしたけど。

今日、サッティヤンマのプージャ(ドゥルガー、ラーフ)にもシュナの名前を加えてもらいましたが、
そしたら元気がついたのか、主名は電柱に登っていました。
「黒焦げになって一瞬で死ぬで」と、言ったら「ええ」と言って降りて、降りる途中にどこかぶつけて痛がってましたけど。

昨日だったか、主名の、細かい時期のチャートを出してもらいました。
普通、鑑定を受けたらだしてくれるのですが、シュナの時はなぜか時期がずれて出てきて、肝心の今現在の状況が分からなかったので、占星術師に再度出してくれるように頼んだのですが、
その時は「なんで?いらないじゃない」みたいに言われたのでそのままになってたのですが、
やっぱきついので、昨日また頼んだら今度は出してくれました。

そしたら短期の惑星がヴィーナスになってて、シュナの場合、バースチャートでヴィーナスとラーフが一緒にいるからだと思いますが、ヴィーナスの時期はラーフの時期みたいになるみたいで、
つまり今は長い時期から言うとラーフ、土星、ラーフの手下と化してるヴィーナス(金星)ということで、
ダブルラーフみたいな時期のようです。

確かそんなだったと思います。
違ってたらまたこっそり訂正しときます。

まー、ラーフの間はカルマ返しまくりな期間のようなので、いくらたくさんプージャをしてると言えども、ある程度は体で返さないとしょうがないんでしょ、と思います。

でもまあ、プージャをすると、同じ状況でも気分的になんか違うような気はします。
気分が違うと世界が違ってくるから、それが大事なんだろうなと思います。


今日はババは両手ブレスを男性側と女性側にしてました。
女性側の滞空時間は長かったです。

前に座ってた若い西洋人の女性は肩を震わせてないていました。

南アフリカの人たちのプログラムはいつやるんでしょう。
子供たちも歌の練習とかしてるみたいで、見逃さずに行けたらいいなと思います。
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テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2010/09/25 03:10】 | ジョーティッシュ | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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