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ババのフェイント。運動不足のわたし。
今朝はシュナの友達二人が来たので、先に3人をウエスタンキャンティーンに行かせ、私も後から行きました。

ヤグニャは今年のダサラはないんじゃ?
と言う話も聞きましたが、
やってるみたいですよね?

坊さんたちの唱えるヴェーダの吟唱の声が何十にもスピーカーを通してアシュラムに響き渡っていて、
あー、やっぱヤグニャサイコー。と思いました。
ほとんど暴力的にエネルギーをかき回される感じがわくわくして心地いいです。

朝食を食べて、しばらく3人がキャンティーンの前で遊ぶのを見てましたが、シュナの友達2人のうちの1人、インド人の年長の少年が私らの部屋に行こうというので、
「私はいかないよ」
と言ったら
じゃあ、僕たちだけで行く、というので、
「私ぬきでは行かないで」
と言ったら
「じゃあ○○○の部屋に行こう」
と、いうので、
「なんで?ここで遊んだらいいやん。気持ちいいし。」
と言ったのですが、
もう一人の日本人の子供の家に、その子を連れて行ってしまいました。

主名はぼんやりしてるうちに取り残されて
「え~~~」とか言ってたのですが、

わたしはそのインド人の少年はなんか気持ち悪くてひっかかるので信用してないので、これ幸いとばかりに
「ほっとけほっとけ」
と言って、行かせて、
主名には「行きたかったら行ったら?」と言ったのですが、彼はそのままそこらへんで遊び続けてました。

そしたらもとサウスインディアンキャンティーンのスタッフのインド人のおばちゃんが通りがかって、
「ダルシャン行かないの?」
とかいうので、
「スワミ来てるの?」
と聞いたら
「来てるよ」
というので、私たちもホールのほうに向かいました。

そういえば朝からのヴェーダの声がしなくなってるので、ババが来てるのか、と思いました。

ホールに向かう途中で、急いで駆けつける何人にも追い抜かされました。
近づくとプールナチャンドラホールにババが来て、アルティを受けたようでした。

荷物も持ってたし、私と主名は外からババのダルシャンをうけ、
その後ホールから自宅にババが帰ると思ったので、それが見える場所に行きました。

そしたら出てきたババは家に入らず、サイクルワントホールに入っていきました。

サイクルワントホールにはすでに一般人はおらず、
少数の男子学生たちがババのダルシャンを享受していました。

私たちはサイクルワントホールの外に回りこんで、そこからまたダルシャンをうけました。

その後ババは車にのってホールから出て行こうとしたので、
「外か!」
と思って、ガネーシャゲートに主名とともにダッシュしました。
突然ババが車で外に行くときには近くでいいカーダルシャンが受けられるときが多いからです。

しかしすでにガネーシャゲートは閉じられていたので、
ムルガンテンプルの横を走り抜けて坂を駆け上がり、ジェネラルホスピタルに続く小さなゲートから外に出ました。

久しぶりに走ったら10秒くらいで太ももが痛くなり、運動不足を痛感しました。

そこのゲートも私が通った後に閉められそうになったので(ババが外に行くときはアシュラムと外をつなぐゲートは閉められる)まだアシュラムの中にいてのたのたと坂をあがってきている主名を呼んで急かせました。

無事主名もゲートを通過して、今度は下り坂をメインロードに向かって降りましたが、
しばらく待ってるとガネーシャゲートの出入りが再び自由になったみたいで、
ババは外には出てこなかったみたいでした。

なんだ、朝っぱらから運動しちゃったなとかおもいました。

あとで聞いたところによると、このときババはサイクルワントホールから出て、アシュラムの中をドライブしてたみたいです。
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【2010/10/12 22:35】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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