スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 |
サイババ降誕祭2日前は満月でした。
夕方また寝て、6時半くらいにアシュラムに行きました。

今日は降誕祭2日前でしたが、例年の降誕祭当日の微妙に少ないくらいの混みようでした。

ガネーシャゲート付近はすでにロープが張られて人の動きを誘導する措置がとられていて、
男性側の通路を見るとぎちぎちにすし詰め状態ですでに通行できない感じだったので、
そこには行かずババの家をぐるっと回って反対側からサイクルワントホールの一般入り口へと向かってみました。

プールナチャンドラホールにも人が入れられていて、みんな前のモニターでサイクルワントホールの様子を見てるみたいでした。

どうせだったら、見れるなら生で見たいので、ホールの中に入るのは無理にしても、シーターラーマの像の前から見れるかもと思って行ってみました。

そしたらロープが張られてて、そのあたりから出ることは出来ても入ることは出来ないようにしてありました。

なので、どうしようか?と思ってると、女性側のホールに入るラインが動いて、トークンスペースに入れるみたいだったので、私たちも並んで入りました。

トークンスペースからババの姿を見ることが出来ました。
しかし、こんなにしてまで見なきゃいけないもんかなという気も起こってきますが、
やっぱり見ると何かいいみたいです。
ババも言ってますが、ババのローブのすそがチラリと見えただけでも見た人は浄化されるとか何とか。

肉眼で見て(しかし、肉眼でもモニターを通してでも、そこに何の違いがあるんだろうかという気も起こってきますが)後は座ってモニターに写るのを見てました。

今日は学生が劇をしてたみたいです。
あれは男子学生だと思うんですが、女性役もみんな男がするわけなので、
やっぱりあんまりごつくないような、サリーが似合うような男の子をみんなで選ぶんだろうか?と思いました。

劇の内容は途中から見たのであれですが、わりと無難な感じでした。
「神の奇跡に感動」もの、というかんじで。
フィナーレのダンスシーンは豪華でした。

モニターで見ると、正面から劇が見れるので、「ああ、正面から見るとこういう風なのか」と思います。
肉眼だと劇の大道具のセットの背後から演じてる人たちを覗き見する程度にしか見えないことが多いので。

劇はババに向けて行われるので、ホールの群衆に見せることはまったく考えられてないのです。
なんせここはサイババを中心にまわっているサイババ王国ですから。

モニターで見るとババの表情とか、肉眼で見るよりもむしろ細かいところがばっちり見えてしまうのですが、
私の目から見るとババはちょっとお疲れに見えました。
降誕祭へ向けての連日のプログラムやたくさんの訪問者への対応で疲れてるのでしょうか?

今年は5年に一度の大規模な降誕祭(ババは85歳になります)ですが、ババも年だし、
5年後の90歳の時の大規模降誕祭は、もうないかもなーとか思いました。

しかしババは何度も両手ブレスをしていました。低い位置ででしたが。

劇の出演者と写真撮影などをしたあと、アルティになったんだっけ?
アルティの後もババは学生にバジャンや「ハムコトゥムセー ピャーレキトゥナー」の歌を歌わせたりしていました。

ババは手拍子らしきものをしていましたが、音は出てなかったと思います。
体の自由も、ずいぶん利かなくなってるんだなーと思いました。

アナウンスがあって、明日の午前は11時から何かやるみたいでした。


そのあと、ババはインタビュールームというか、バジャンホールの建物の中に引っ込んだので、私たちも群集より一足先にホールから出てウエスタンキャンティーンに行きました。

今日はわたしも主名も玄米とダルと野菜のトマト煮みたいなやつにしました。
主名はアイスを、私はサラダをさらに食べました。

最近ウエスタンキャンティーンの玄米はふわふわしてておいしいです。

先日病気して一時的にかなりやせましたが、いつの間にかほとんど元に戻った気がします。


そういえば先日知人の家に遊びに行ったときに、知人の親戚のインド人の家族とその友達親子も来たのですが、
その友達親子、子供が1歳未満のときに大人と同じ辛さのカレーを食べさせたら、その赤ちゃんは顔を真っ赤にして泣いたので、1歳を越えてから食べさせるようにしたそうです。

で、確か今1歳3ヶ月だったと思いますが、今はその赤ちゃんは大人とまったく同じ辛いご飯を食べてるそうです。
子供用の特別食などないそうです。

こうして、インド人の肝臓は幼少のころからやられていくんだなあという、生きた実例を見た気がしました。
幼少のころに辛いものがおいしいご飯、という刷り込みが行われるのですね。

少し大きくなってからじゃあ、子供なんてもう、なかなか辛いものは食べないですもんね。

しかしいまだに、そもそもインド人が何でみんなそんなに辛いものばかり食べてるのか不思議です。


そういえば、タイトルは満月でした。

今日の満月は、低い位置にあるときはやわらかい光輪に厚く包まれて幻想的な美しさでした。
空高く上がったときには取り囲んでいた光輪はとれて、スッキリとした輝きを放っていました。

主名が
「ちきゅうが早く動いてるんだったら、1分とかで昼になったり夜になったりしないの?」
などと聞くので
「わからん」
と答えました。

あと、むかしの恐竜と鳥の大きさの変遷についてとか。
多分ドラえもんの影響だと思います。
関連記事
スポンサーサイト

テーマ:海外旅行記 - ジャンル:旅行

【2010/11/22 03:50】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
<<プライムミニスターが来たらしい。 | ホーム | サイババ降誕祭2日前>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://furunosawako.blog59.fc2.com/tb.php/1508-d0661b34
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

  

               ↑ブログランキング。ここらへんをクリックしてランキングサイトに移動したり、向こうからこちらのサイトに出てくることで順位が上がる仕組みになっています。どこクリックしても似たようなもんです。                                                      

                                    
サイババおっかけブログテーマソング
We shall follow you !

Tweet

free counters
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。