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なんですぐに夜になるのか?
何ですぐに夜になるのか?

それは最近朝起きるのが遅いから、という話もありますが、

なんだか一日24時間だと短いなーと最近思います。

年取ったからでしょうか?

1日1秒くらいなので、

あっという間に一生が終わりそうな気がします。



チダムバラムテンプルに行くなら2~3日主名
(クリスマスの子供合唱団に参加予定なので毎日練習がある。去年は途中で首になったので今年リベンジなるかならないか。)
をあずかってもいいよという、近々プッタパルティに来る予定の知人から申し出があったので、

そのためのホテルをいくつか回ったのですが、そこそこいいホテル(バックパッカーとかじゃない、普通の西洋人のおばちゃんが宿泊してもそんなに不快にならない程度のクオリティ)はクリスマス前ということで、
サイタワー周辺の3~4件のホテルはすでにほとんど満室です。

安いゲストハウスクラスだといつもどこかは空いてるんだけど、
そこそこのホテルはシーズンにはすぐに満室になるみたいです。

今日は主名と、2~3日主名を預かってくれる予定の彼女がアシュラムの中に泊まれるよう、動いてみて、うまく段取りがついた、と思ったのですが、
N8の個室に他の人たちと一緒に泊まる予定にしたら、
主名は7歳だからN8は女性棟だからだめということで、白紙に。(男の子が泊まれるのは5歳までだそうです)

なので、とりあえずまだ部屋があるうちにホテルを予約して抑えておきました。
一ヶ月前の降誕祭の時期に合わせてオープンしたばかりの新しくてきれいなホテルを。

でも人の流れがあまりない場所なので、まだ部屋が空いてて(ACつきのみ)、料金も他の同クラスのに比べて安めでした。
(ACなし900ルピー、ACつき1200ルピー)
今は夜は肌寒いときもあるくらいで、エアコンなんか全然いらないのですが、しょうがないです。

ちなみにそのホテルはジェネラルホスピタルの2件向こうに立ってるホテル「サイマー」です。
アシュラムからは徒歩5分くらい。

対応も親切でした。
レストランもついてます。

ほんとは私のお勧めは、アシュラムから徒歩10分くらいのとこの、なんて名前だったかなー。
わすれちゃったんですが、ドイツ人がオーナーの、ゆったりしたつくりのきれいで快適で安めのホテルだったんですが、
できればできるだけアシュラムに近いほうがいいという要望だったので今回はパス。

そんなこんなで、
夕方は6時半くらいにダルシャンに行きました。

ババは来てて、音楽プログラムをやってました。
今日のは割れるほどの大音量でもなく、まったりとしてとてもよかったです。
ほろりときました。

すごく素晴らしいことが、ここで起こっているなーと感じました。
祝福と吉兆と恩寵とがごたまぜになって輝いてるような。

ババは思わず出しちゃった!といったかんじで、唐突にネックレスを物質化してました。

面白いですよね。
こういう人って、すごい喜んだりしたらほんとに天から花びらが降ってきたりするんでしょうか。

そしてそのネックレスを出演者の一人の首にかけてました。
ライトに反射して、チェーンがきらりと光っていました。

そして出演者みんなになにか大きなものをあげて(額に入ったババの絵かなんかか?)、一人ひとりと記念撮影をしていました。


プラサードは揚げドーナツみたいなやつでした。
なんか今日はすばらしさをプラサードにも感じて、その場ですぐに全部食べちゃいました。


主名は今日は生まれたばかりの子犬が何匹かアシュラムにいるのを発見して、なんとか飼おうとあれやこれや言ってきます。

物思いにふけってご飯を食べてるときも動きが止まってるので、
今でさえそんなんやのに、もし飼ったら、気になってなんも出来なくなるで。と注意しました。

飼いたい気持ちは分かるけど、無理。


夕食の後も犬を見に行ったのですが、
みんな団子になってすやすやと寝ていました。

主名は自分のプラサードを少し犬のご飯皿にわけておいていました。


「もったいないからあげんときよ」
と言ったのですが、

「ババの光を犬にも分けてあげたほうがいいから」
とかなんとかうまいこといって。


他の人に言われたこともあるのですが、
どうも主名は感情がいちいち深いところがあるようです。
すでに子犬にメロメロ。
「かまれた~。でも痛くない~。」
とかいって喜んでるので、
「病気がうつって(主名が)死ぬかもしれんから、ぜったい傷つくったらあかんで」
と忠告。
狂犬病大国インドなので。


感情が深い、、、子供はみんなそういうところがありますが。



実家にいる犬や猫(猫はみんな年老いたりして死にましたが)たちは、私が拾ってきたりもらってきたりしてつれて帰ったのが多いのを主名は知ってるので、

「ぼくもそんなのしたい~。さわこ猫つれて帰ったやん。。ずるい~。。。。。。。」

とか言うのですが、

「私は世話せえへんで。あれはつれて帰ったけど私は世話せんと、全部ばあちゃんがしたの。私はぜんぜん世話しなかったし、、絶対世話しないからね。」
と、念押し。

野良猫、野良犬はたくさんいるんだから、それ見てたら十分でしょうよ。
勝手に自分でご飯調達するから手間いらずだし。
と言うか、ご飯を上げてる人たち、すでにたくさんいるから。

「ナナに会いたい~」
などと実家の犬を恋しがる主名でした。
ナナは迷惑だよっ!
(一方的にからかって遊ぶだけだから)


しかし、そんなこんなで泥縄的にそんなことをしてるうちに時の砂は速やかにこぼれ落ち、この年末もあっという間に過ぎ去りそうです。

目を閉じて、開けたら2013年くらいになってて、次に目を閉じて開けたら80歳くらいになってそうです。

油断ならないけど、さりとてどうしていいのかも分からない。



今日は新月でした。
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【2010/12/06 03:50】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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