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虚脱の日。@プッタパルティ(サイババメンタルホスピタル)
今朝は主名は喘息がでてると言うので学校を休んで2度寝してました。

それはいいんですけど、私は今朝の夢のこともあり、他のこともあり、多少気分が沈んでて、
前、夢でババに、今後、ちゃんとまたヴェーダを習うことがあるか聞いたときに「ない」といわれて、
そっかー、と思ったときみたいに脱力でした。

ババは最終的にはババ自身以外のものを与える気はないんだなという気がして、
そういう風に言ったらかっこいいみたいですが、私はあくまでいろんなことを楽しみつついろんなことに夢中になりつつ、ふわふわと生きていたいので、なんだか虚脱です。

与えても、取り去るんだー、みたいな。
与えられた時があることを感謝すべきなのでしょうか。

夕方喘息も治まった主名はよその家に遊びに行ってて、わたしは色々用事をしたりしてて、
夜7時40分か8時前くらいに小雨の振る中、アシュラムに行きましたが、
ババはまだ来てなくて、来る気配もなかったので、先にウエスタンキャンティーンに行きました。

おなかがぺこぺこでダルシャンを受けてもしょうがないので。
それと、まだ来る気配がなかったので、食べてから行っても間に合いそう、と思って。


で、私は30分くらいで食べ終わったのですが、
主名は食べるのがものすごく遅くて、しかも一生懸命食べてるんじゃなくていろいろしゃべったり、
別のことをして全然食事が減らないのでだんだんわたしはイラついてきて、

「わたし先にダルシャンに行っていい?ゆっくり食べて後から来たらいいやん。サウスの前で待ち合わせね」
と、行ったのですが、
「待って、待って」
といわれ、

「待ってたら終わってまうから、先に行かして」
「え~~~、今終わる。」
焦る気持ちでそういうのを何回か繰り返してるうちにダルシャンが終わったみたいで、
ホールからの人がウエスタンにも流れてきました。

なんか、今日はへこんでたしダルシャンを受けたかったので、情けなくなって、
自分が行かないだけならまだしも、私までダルシャンにいけないようにするなんて、
と、もういやだ~~~、こんな子。

みたいになって泣けてきて、
「ごめんなさい」
という主名をにらみつけながら部屋に帰ってひとしきりおいおいと泣いて、今は部屋は微妙な静寂です。笑。

ご飯食べて寝てるだけだったら犬と一緒なんで。
なんのためにここに居るのか、という。

ここ2~3日、なんとなく主名が重たいというか、ちょっとおかしな感じで。
流れがずれてギャップがあると言うか。

今日の夜8時くらいまで惑星配置も良くなかったそうなので、
そういう影響がわたしらレベルではこういう風に現れていたのかもしれないですが。

「もう、いちいち言うのいややから、自分で何したらいいか考えて動いて」
と、私の頭が痛くなるくらい毎日やれやれと言ってやらしている、漢字なんかのやるべき勉強を自らしてくれることを期待して言ったのですが、
そしたら主名は爪を切り出しました。

ああ、時々真剣に視野に入れたくないときがあります。

用事で占星術師のところに行ったとき、ほんとに難しい時がある、と言ったら、
主名は今はラーフだから、ラーフのときはだいたい学校に行きたがらないんだとかいわれました。

今は私の顔色を見て機嫌を取るために「おやすみ」と、早く寝ようとしたみたいですが、
本人も気づかないうちにと思いますが、思いっきり漫画を読んでます。

もう今日はわたしは彼を見ないように心がけてます。心にふた。

主名のラーフはあと5年くらいあって、その間何かと不安定で、その後は安定してよくなるみたいですが、
あと5年、もうちょっとどうにかなってほしい感じです。
しかし、5年が過ぎて、主名が安定して輝かしいいい状態になってまもなくすると私から完全に離れると、
何人かのひとに言われたりもしました。
あくまでカルマ解消な関係ということですか。

占星術師いわく、ここに居るということは大丈夫ということで、ババが夢で言ったみたいに静かにしてればババが何かを示すだろう。
と、静観の姿勢でした。

ここ以外、日本とかにいたら、ほんとにひどいことになってたというのは自分でも予想がつきます。
わたしも気違いみたいになってたと思いますし、(もうなってたかもしれないけど)
主名もいろいろかぶってもっと神経質になってたと思います。

なので、いろんなことがずいぶんここに居ることで開かれて軽くなって、軽減されてるんだろうと思います。


しかし、時々、あ~~~、むずかしいなーーー、と思う心ふさぐときはあります。今日のように。
それが神の手(やりくち)なのかもしれませんが。

追い込み漁みたいに広いところからどんどん先細りのところに追い込んで、逃げ場をなくして神に向かわせる。

たしかに日本で何も問題がなくて、キーっとなることもなかったら、インドにわざわざ来て住むようなこともなかったはずです。


ある意味ここは実家みたいなものなので、色々なレベルで助けが得られます。

そう、助けが必要な人が、ここに住んで、必要な助けを得られるようになってるのかもしれません。

サイババメンタルホスピタル、、、。退院のめど立たず。



3回も4回も軽く促してもやめなかったので漫画を取り上げて捨てたら主名は泣いて、10秒後にようやく横になって寝ました。

泣かすのが一番手っ取り早い時があるのは事実。


すでに日本のやさしい褒めて育てるような教育法にはなじめなくなってるような気がするわたしたち。
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【2010/12/08 02:07】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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