スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 |
大晦日ダルシャン。
今日は大掃除完了ならず~。笑

夜は7時前にアシュラムに行ったらババは来てました。

で、サイクルワントホールだけじゃなくてプールナチャンドラホールにも人が入って、前の巨大スクリーンでダルシャンの様子を見ていました。

サイクルワントホールはすでにいっぱいだったので、外からチラッとババを拝んで、
あとはがらがらのプールナチャンドラホールで快適に座ってわたしたちもスクリーンを見てました。

今日はどこかの団体が劇をしてて、
アメリカと聞いてたのですが、そのわりにはなんか英語がインドっぽいし、
ババの学生かな?
と思ったのですが、
あとで配られたプラサードはサウジアラビアのものだったので、そこらへんの団体だったみたいです。
ちなみにプラサードはアーモンドがミックスされたデーツ(ナツメヤシの実)でした。

ドラマ(劇)はえらく長く感じましたが、
背景にスクリーンが使われてて、そこに背景が映し出されてたのでスマートにスムーズに進行していました。
なので、なるほどなあ、こういう手があるのかと思いました。

今日聞いた話では、2日ほど前にアシュラムの某超重要人物が単独で車の事故を起こしたらしく、
(100キロ以上のスピードで走りながら携帯でしゃべってて事故ったとかいう話でしたが)
だから昨日はババは病院に行ってたみたいでした。

なぜか、ババが病院からアシュラムに戻ってくるときに頭のおかしい日本人かロシア人(つまり、モンゴロイドの顔立ちの外人で、インド人や西洋人などには区別がつかない)がババの車に石を投げたとかで、逮捕されたとかいううわさも聞きましたが、ほんとかどうかはしりません。

ババは疲れてか、昨日は夕食をとらなかったとか、そういう話も聞いて、
まあ、どれもほんとかどうかは知らないのですが、

そういう大変なことが起こった(身近な人が事故で入院)なので、実務的な大変さはもちろんのこと、
事故った人の周囲の人たちの驚きとか動揺、悲しみ?みたいなものをババが感じないわけはないし、
なんとなく今日のダルシャンはないかな?とか思ってたところもあったのですが、

行ったらババは前に座ってプログラムが行われていて、
老体のババがいろんな人の精神的な動揺とか負担を全部引き受けてなお、そこに座って自分を与え続けている、その与えっぷりは見事だと思いました。

みんなはババに気もちを預けて安らぎを得れるけど、ババはババだけなので、
それらの動揺とか悲しみとかを全部一人で引き受けなければいけないと思うと、
なんだかえらく胸が痛みました。

多くの人は「ちょうだいちょうだい」で、
ババは今日みたいにたぶん大変な、多分ババの心身にいつも以上に負担もかかってる時にも自分を与えていて、痛いしつらいなあ、と思いました。

まあ、勝手な私の想像かもしれないですが、
その締め付けられるような胸の痛みはかなりのものでした。

そういえば、今年も今日でおわりかー、ということで、
この一年、プッタパルティに置いてもらえて本当にありがたかったと思いました。
普段けっこう、だって他に道がないんだもん、しょうがないんだもん。みたいに、
自分がここにいることを成り行きだし私は知らんと考える気持ちが強いのですが、

今日のババはなんだかすごくその与えっぷりが痛々しく感じたので、
ここにおいておくというある種、尋常ではないことをこの母子に行っている彼の意思に、ああ、と思って、胸の痛みとともに感謝を捧げずにはいられませんでした。

ここに居れていなかったらどんなにひどい状況になっていたか、
ちょと考えただけで「壊滅的だったでしょー」と思います。
日本にいたら主名と私も一緒にいなかったんじゃないか?たぶん。私が発狂するし。
もしも、という別の道はそもそもないんだろうと思いますが。

全ては神の意思が行われている。

この一年は本当に守られた一年だったと思います。
いつもそうなんでしょうけれど、インドに来て住み出してから4年半のうち、一番穏やかに安心して過ごすことができた、
試練も与えられなかった、甘やかされて守られた一年という感じがします。

それまでが毎年少しずつラクになっていっていたとはいえ、
あまりにも必死で、幸福感とともにいつもつらさを感じていた、そして
突然数時間後にインド国外に出ないといけなくなったりとかも何回かあり、
とにかくいつも必死にむき出しで生きざるを得ない感じだったので、

この一年の穏やかさが振り返ってみるとどんなに恩寵だったか身にしみます。
今年は丸々一年ずっとインドの中にいた初めての年でした。

なので、今日のババの姿は強い胸の痛みと感謝の気持ちとがない交ぜになった、わけが分からないけどとにかく強烈な甘さを感じさせるダルシャンでした。

この胸の痛みはババの胸の痛みなのか、私の胸の痛みなのか、
わからないけど
とにかく胸が締め付けられるダルシャンでした。


でもそのあとウエスタンキャンティーンでお金を払ってないとセバダルに疑われたので
彼女を会計のとこに連れて行って
「私がもう払ったって彼女に言ってやって!」
とかやってたら感傷的な気持ちは消えました。


へこたれ愚痴ブログを楽しんで読んでくださってありがとうございます。
2011年もよろしくお願いいたします。
関連記事
スポンサーサイト

テーマ:海外生活 - ジャンル:海外情報

【2011/01/01 02:54】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
<<サイババ体験談を載せるにあたって。 | ホーム | 大掃除&片付けの日>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://furunosawako.blog59.fc2.com/tb.php/1553-a102568e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

  

               ↑ブログランキング。ここらへんをクリックしてランキングサイトに移動したり、向こうからこちらのサイトに出てくることで順位が上がる仕組みになっています。どこクリックしても似たようなもんです。                                                      

                                    
サイババおっかけブログテーマソング
We shall follow you !

Tweet

free counters
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。