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包囲する日本、干渉するインド。疲労しきるのが先か、広がりきるのが先か。
今日は夜7時10分前にアシュラムに行きました。

主名は夕方4時前から行きました。

私が行ったとき、今日も通行止めだったのでぐるっとまわってホールに入りました。

人がいっぱいで座るところがないくらいだったので、すきまを見つけて周りの人に言ってそこにちっちゃく座りました。

そのうちババがくる気配になったのでみんな立って前に詰めてスペースがあきました。

よかったと思ったのもつかの間、インド人は無理なスペースに全然ちっちゃくならずに座ってくるので、足の甲の上とかに普通に座ってきます。



体表感覚とか、体の幅の感覚とかのスイッチを切ってるのだろうか。



そのうちにババが車で来ました。



しかし横のインド人もまっすぐだと見えないらしく、体を斜めにしてこっちに迫ってくるので鼻息が耳元に。。。

は~~~~。と、心の中でため息です。



ここにいると繊細な神経がみんなやられてダメになっていくような気がします。

奥ゆかしさとか、上品さとかそういうのも。みんなすぐに使い物にならなくなってダメになって壊れてしまう。



気分的にちょっとくたびれつつ、今日はあんまり歌う気にもならなかったのでぼ~っとババを見ていました。

ババはいったんバジャンホールの建物の中に入っていって、しばらく出てきませんでした。



そのうちでて来て、出てきたらすぐにアルティになりました。


ババは小さく正面に両手ブレスをしたように見えました。


ババは車で家に帰って行きました。



前のほうに押し寄せる群集を後ろのほうから見て、
インド人が全部いなくなって外国人だけのダルシャンだったらどんなにいいだろうかとか思いました。


でも、それはそれで別のえげつなさがあるかもしれません。


ババを見ると特にインド人は我を忘れますが、
エゴを超越しておだやかな至福の境地に、、、、というのではなく、
我を失って周りが見えなくなってしかもちょっとパニック状態であわあわするのでした。

だから座ってるだけで、前に座ってる人達のすきまを通して見えるババ見たさにぐらぐら体をゆするインド人(幅広)が右からも左からも前からもぶつかってきて、
しかも1ミリも気にしてないという状況。


かくなるうえは、私も我を忘れて!!

となったら苦にならないのかもしれないのですが、あいにく今日はそうはならず、薄く疲労しました。



なんて最悪な世界だ。。。



階段を下りて外にでると主名がいて、
今日は持参の手紙は、ババの乗る車の横を歩いて手紙を集め回る白い服のおじさんに直接渡したとのこと。

今日はトークンも間に合って、前から3列目に座ったらしいです。



夕食をウエスタンキャンティーンで食べて帰ってきました。




帰る道すがら、何で私はここにいるんだろうかと改めて考えてみて、考えてもよく分からないのですが、
思ったのは、私は日本にいたら自分で自分がいてもいなくてもいいような感覚になるけど、
ここでは少なくともここに居るという存在感を自分で感じることができる、ということはいえると思いました。



それはすごく疲れたり、いやな気分になったり、そういうことなんかも含まれるんですが、
自分で自分の感覚を濃厚に100パーセント味わってそれそのものになっている感覚みたいなんかなと思います。

自分自身を味わっているというか。


それが日本ではわたしは何かそうなれなくて、
積極的に丸ごとで生きようという姿勢がたぶん取りにくいです。

不完全燃焼な感じ、親密さのないものに取り囲まれて閉じ込められているような感覚になります。


と言ってもインドの親密さ以上の常に干渉してきてそういう形でダメにされそうな感じも疲れるのですが、
ここでは自分の輪郭のようなものははっきりみることができるような気はします。



しかし疲れますよね。

日本で不完全燃焼でくすぶってダメになっていくか、
インドで干渉を受けて疲労してダメになっていくか、


願わくばこのインドの干渉波が私のつまらないものを取り去ってくれますように。
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テーマ:海外生活 - ジャンル:海外情報

【2011/02/05 01:46】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(1) |
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コメント
>体表感覚とか、体の幅の感覚とかのスイッチを切ってるのだろうか。


コンフォートゾーンと言うみたいですが…

日本人は特に意識しますよね

なんだか描写がリアルで(汗



>鼻息が耳元に。。。


わざとじゃないんですねぇ…(苦笑)



>ここにいると繊細な神経がみんなやられてダメになっていくような気がします。


おおらかでないと
生きていけそうにないですね


>奥ゆかしさとか、上品さとかそういうのも。みんなすぐに使い物にならなくなってダメになって壊れてしまう。


日本人の繊細さとか
侘びさびは通用しませんね…


>前のほうに押し寄せる群集を後ろのほうから見て、
インド人が全部いなくなって外国人だけのダルシャンだったらどんなにいいだろうかとか思いました。


なんだかわかります…
インド人の国民性が(汗


>でも、それはそれで別のえげつなさがあるかもしれません。


日本人にしか繊細さはないかもしれませんね…



>自分で自分の感覚を濃厚に100パーセント味わってそれそのものになっている感覚みたいなんかなと思います。

自分自身を味わっているというか。



生きてますね!!


>それが日本ではわたしは何かそうなれなくて、
積極的に丸ごとで生きようという姿勢がたぶん取りにくいです。


生命力とか原始的な欲求とかなくても日本は過ごせるのかもしれませんね…


>日本で不完全燃焼でくすぶってダメになっていくか、
インドで干渉を受けて疲労してダメになっていくか、


>願わくばこのインドの干渉波が私のつまらないものを取り去ってくれますように。


並みの神経ではインドには居られないのは想像に難くありませんね(苦笑


インドやタイ暮らしの長い方々を知っていますが…

日本じゃ全部OKな感じです。

胆が据わってると言うか(笑

何でも許してくれそうな…でも、ある意味図々しいところがあるから日本人離れしてるかな。

今回の記事はガツンと来ました。

日本において不完全燃焼という感覚を持てる感受性。

そしてインドでは自分の輪郭を自覚。

果たして自分は
自分を精一杯生きてるだろうか…
【2014/07/06 17:01】 URL | kefco. #-[ 編集]
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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