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クムバコーナムでのナヴァグラハスペシャルプージャ1日目
昨日の晩はカメラの初期設定をしてて(新しく日本から送ってもらいました。デジカメ、今はいいのが安いですね!びっくり)

でも、結局中途半端のままで、
2時前くらいに寝て、
朝は5時半くらいに起きて風呂に入ってからプージャに行きました。

去年のチダムバラムのプージャは特殊な寺だったということもあって、坊さんたちもやたら気合入ってる感じでしたが、今回のナヴァグラハプージャはわりとのどかな印象です。

最初のプラーナイーシュワラルテンプルであちこちの神様に灯りを捧げた後、ホーマムをして、そのあとは巨大なシヴァリンガムやアムビカ(ドゥルガーみたいな女神)にアビシェーカムをしてました。

新しいカメラは絶好調で、カメラがいいときれいに撮れるという当たり前のことを実感しました。

しかし調子に乗って写真やビデオをとりまくってたら1つ目の寺ですでにバッテリーがなくなりました。

なので2つ目の寺では占星術師のカメラで撮影しました。

1つ目の寺では木星の寺で当初予定していたグルプージャ(グルドーシャム・グルシャーバムがある方が行うプージャ)を今日は木曜日でグルの日だからということで、こっちの寺に変更して行いました。

代理で私がその人の名前を持ってそのプージャをしてもらったのですが、
プッタパルティでするときみたいに一人ひとりに祝福してもらうのではなく、7人の坊さんに囲まれていっきに黄色い米を四方八方からふりかけられれたので、なんか一瞬袋叩きに合っているような気分が、、、、いえいえ。

でもみんなそんな様子に笑ってました。笑


終わった後はプラサードをたくさんもらったので食べきれなくて、次の太陽の寺にも持って行きました。




太陽の寺(スーリャナルテンプル)では中央に太陽の神様が祀ってあって、その周囲には各惑星の神様がちゃんとそれぞれ小さな祠に祀られていました。

なので、先にそれらの惑星の神様にお坊さんたちと一緒に一つ一つお参りして、それからホーマムが行われました。

こちらもどことなくフランクな感じで。笑


ここのホーマムはすごかったです。

何がすごかったかというと、

火にくべるまきを束ねてるひもを坊さんがほどくと、推定70匹ほどのゴキブリがあわててその薪の束の中から逃げ出してきました。

これにはさすがのインド人たちも驚いてました。


坊さんは落ち着き払って
「ラクシュミーだからラッキーだ」と言っていました。

このゴキラクシュミーもいくらかは火の中で昇天したんじゃないかと思われます。

途中、火が消えかけてものすごい煙になって、
坊さんはうちわを所望して、うちわで扇いだらまた火が燃え盛って煙も少なくなったので一安心でした。

ホーマムではすごくたくさんの種類の穀物や豆や木の皮みたいなのやとにかくいろいろなものを火に投じていました。

これらはナヴァグラハ(9つの惑星)を示しているそうで、

今回、各惑星の寺でホーマムをするわけですが、
太陽の寺では太陽のホーマムのみ、というわけではなく、
それぞれの寺でナヴァグラハのホーマムをするそうです。

だから、1日遅れで明日から参加される方もいるのですが、それでも太陽のプージャを逃したということにはならないそうです。


ホーマムのあとは太陽の神様へのアビシェーカムや本道の周りをグルグル9回まわったり(日向が熱くて足の裏が痛くなった)、寺の敷地内で食事の配給をしました。

ミールス。(南インドの定食)

なかなかおいしそうで、私たちもここで食べるのかと思ったらそうではなくて、給仕がおわると車で去りました。

早朝からここまでノンストップで、みんなのどが渇いてたので途中で車を止めて飲み物が売ってる売店で何か買って車の中で飲みながら昼食の場所に行きました。

昼食は町の食堂でみんなミールスを食べました。


やっぱ、今回のメンバーは地元民なのでおいしくて安い食堂にみんなしていって、はずれがないです。

それともここらへんの食堂はみんなおいしいのかな?


2時ごろにホテルの部屋に戻り、
シャワーを浴びたあと、わたしはパソコンをしてて主名は寝てました。


ほかのメンバーはどこかの有名な大きい寺に夜に行こうと言ってきましたが、
私はやることいっぱいあるし、眠いし、休みたかったのでまたこんどにしてもらいました。

明日は4時半に起床で5時半出発の予定です。


そういえば、今日の最初の寺でのシヴァリンガムアビシェーカムを見ていたら、バンガロールからこっちに来るときに見た夢?だかイメージだかを思い出しました。

あれはあとから思うとシヴァだったかもしれないのですが、
なんか踊るようにいろんなポーズをしてる人?がいて、
髪の毛の一部が長くて、
その髪の毛をにおいてある器に入ったミルクに浸し、
勢いよく振り上げてその人は自分自身にミルクをかけていました。

そしてその後はうつわごとミルクを自分自身にかけて、楽しきもちいい様子でした。

そんな夢だかビジョンだかがきてました。
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テーマ:ヴェーダ的生活 - ジャンル:心と身体

【2011/03/25 02:14】 | インド文化 | トラックバック(0) | コメント(3) |
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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2011/03/26 00:58】 | #[ 編集]
Om Sri Sai Ram

コメントありがとうございます。

小さいお子さん連れでの滞在に適した、きれいでキッチンつきのホテルは?とのことですが、

サイニヴァスはきれいでキッチンもついてて値段も安いので最高ですが、アシュラムからは徒歩10分くらいあるので何度かプッタパルティに来て滞在したことがある人だったらいいと思いますが、初めての方にはどうかなと思います。

近くだとサイタワーが近くてきれいですがキッチンはないと思います。

むしろそれより、アシュラムの中の部屋に泊まったほうがいいと思います。

今の時期はすいてるので子供さんと2人連れだったら2人で一部屋もらえるんじゃないかと思います。
(もしもらえなかったらすみません。)

ご飯も、ウエスタンキャンティーンが通常でしたら朝昼晩とあいてるので、スパゲティとかスープとかの洋食中心なので、子供さんが食べれるものもいろいろあるし、OKだと思います。

ウエスタンキャンティーンで食べるならやっぱりアシュラムの中にとまったほうがだんぜん近くて食べに行きやすいのでいいです。

雰囲気もシャンティだし。

アシュラムの中はけっこう広くて移動が大変なので、ベビーカーはあったほうがいいんじゃないかと思います。

ベビーカーには日差しよけもあったほうがいいと思います。

こんなとこでしょうか。

不安もあるかと思いますが、きっと素晴らしい滞在になると思います。

サイラム
【2011/03/27 03:14】 URL | 古野SAWAKO #-[ 編集]
ありがとうございます。
こっちから持って行けるもので、何か食べたいものとかあったら教えてください。
お礼に持って行きますので。
小さい子を連れたおばちゃんなので、すぐにわかると思います。
声かけてくださいね。
私もわかったら声をかけさせていただきます。
【2011/03/28 02:57】 URL | パール #eOrI9/V2[ 編集]
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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