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歯医者
主名は虫歯がたくさんあるんですが、なんとなくやりすごしてます。

でも昨日からそのうちの1本がずっと痛み出したので、抜歯覚悟で本人の希望で今日は朝からジェネラルホスピタルに行きました。

9時から行ったんですが、12時前になってようやく順番がまわってきて観てもらったんですが、
プッタパルティに住んでるという理由で、削って詰めるだけの主名の治療も後回しにすることにしたらしく、
2日分の痛み止めの薬だけくれて、次回の予約を取って帰ってといわれたので、
2時間半待って、予約だけとって帰るのか、、、まあ、しょうがないか、と待ってたら、

歯医者と患者の間のこまごましたことをする男性が、次回の予約日時を持ってきて、

「じゃあ、来月来て」
と言ったので、わたしは心底驚いて

「来月~~!??ほんとに????え~~~~~~????」

と、心底驚いた気分そのままに大声で発言したら、

その男性は
「ちょっと待って、、、」
と、また治療室の中に入っていって、出てきて、

「今日の午後2時とか2時半とかに来て」

と言ったので、
ずいぶん早くなったなと思ってジェネラルホスピタルを後にしました。


で、ウエスタンキャンティーンで昼食を食べて子供に歯を磨かせて、
またすぐに2時ごろにジェネラルホスピタルに行きました。


やっぱり午前も来てた女性が1番に来て待ってて、わたしたちは2番目でした。

もう、眠くて、うとうとしながら待ってたんですが
全然順番がまわってこない。

係りの男性は後から来た人達をどんどん先に案内して、
「みんなが終わってからだからちょっと遅くなるからね」というんだけど、
次々患者が来るので全然終わらずに、
わたしたちは1番目のポジションで待合のイスに座りつつひたすら待たされてました。

先に来てた女性は1番に治療を受けてさっさと帰って行きました。


開閉するドアの向こうで、案内する係りの男性がこっちを見てるものの、
一向に案内されない。

そのうち、今日勤務していた歯医者の一人の男性はジェネラルホスピタルに歯医者に採用される前から奥さんともども個人的な知り合いだったのですが、彼が何かの用事で待合場所に出てきたときに、
わたしたちを見て、自分ももう終わるし、彼女(別の歯科医)が主名を観るからね、と、声をかけてくれました。
時すでに午後3時。
わたしはなんか本気で具合が悪くなってきてました。
病院苦手なので。

彼が中に入って何か言ってくれたみたいで、係りの男性が呼んでるのか呼んでないのか分からない感じでわたしたちを呼んで、ようやく順番がまわってきました。

入ってからも歯科医の彼はリラックスさせるような言葉を色々かけてくれました。

うーん、彼が気を使ってくれてる様子や状況からしてやはり理不尽に待たされてたような気もしないでもない。
朝に後回しにされた時点で多分なんか巧妙に理不尽だったんだろうとおもう。


歯科医のこの彼の、人物なことよ。
やっぱり歯科医の奥さんも超美人だし歌やたらうまいし。


主名の治療は、
麻酔なしでチュイ~~~ンと、削って、詰めて、所要時間は10分~15分といった所でしょうか。


これを、なんで朝にやってもらえなかったか、とちょっと思いましたけど、
とにかく終わったんで、お礼を言って帰りました。


いろいろあるんですよね。

インドではまだ医者は権威者そのものだから、
治療方針に従わない=エゴイストとみなされるという。

わたしは基本的に医者を医者というだけでは丸ごと信用できないので、
というか、盲目的に信用して泣きを見るのは自分なので、
そこらへんはみんなそうだと思いますけど、信用したり、しなかったり。

私も歯は弱くって、歯医者がよいばかりですが、
ジェネラルホスピタルの歯医者とはどうも相性が合わないというか、
ジェネラルは基本的に緊急の患者を治療というかんじがあるから、
細やかなものはあまり求めるほうがおかしいんですが、

以前、差し歯がぐらついたので再接着してもらおうと思って行ったら、
成功率20パーセントの骨を削る手術をして、それが失敗したらインプラントをしましょう、
と、恐ろしく無表情な月1回ジェネラルに来るスペシャリストに言われ、
他のそのときそこに居た歯医者たちは「なんてラッキーなこと!!」みたいに浮かれてたんですが、

わたしの口の中を直接見もしないそんな恐ろしいスペシャリストに失敗手術をされるのはイヤだ怖いと
拒否ったこと、

主名の虫歯を1本抜いてもらおうと行ったらまず隣の歯を抜かれたので、
驚いて、違いますよ!と言ったら、
歯医者は隣近所あわせて4本抜くつもりだったみたいなので、
本来抜くつもりで来た歯だけを抜いてもらって終わりにしたこと、

そんなこんなで
わたしを超エゴイストな、なんかひっかかる患者と思ってる関係者が数名いるかもしれない。
わたしの被害妄想かもしれないけど。笑。

で、微妙に関係者サイドに近かったり変に対等な感じでつながりがあったり、
でも私たち自身は何も権威も栄光もなかったり、なんとなく貧乏くさかったり?みたいに直接友好関係にない関係者からするとなんかとっても微妙な存在形態。




別にだれになんと思われようといいけれど、
無料じゃなくていいから、プッタパルティにももっとたくさん個人開業のいい歯医者がいればいいなとつくづくおもいました。



バンガロールやアナンタプールに歯の治療に通う人も多いし。


わたしも差し歯を作り変えたいけど、プッタパルティではできない。
けど、バンガロールに通うのもたいへんなので、
いい歯医者がプッタに来て開業するのを待ってます。


おかげで主名の歯の痛みは治まったようです。

歯の痛みはほんと悪魔の仕業としか思えないからね。


歯の痛いのがおさまったのはほんとによかったです。

しかし今日はこんな風に朝から丸一日病院で、心身ともにぐったり疲れました。



夕方からは雷鳴とともに雨がしとしと降り続いていました。

この酷暑なはずのこの時期にこんなに涼しいなんて、というかんじです。
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【2011/04/20 04:29】 | 子供の病気時 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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