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サイババ追悼ホーマム、でしょうか?
今朝は朝6時半くらいからサイクルワントホールでホーマムが行なわれていました。

護摩壇は1つで、お坊さんは11人(+1人?)くらい来てました。

マイクの音も大きくて、ちょっと耳が痛かったですが、久しぶりに聞くホーマムタイプというか、坊さんのだみ声?チャンティングはパワフルでした。

サイクルワントホールでいつも行なわれてるチャンティングは坊さんのチャンティングというより、学問チャンティングみたいなムードもあるので。

習う分にはきれいで分かりやすくていいのですが。


昨日の晩は主名は一晩中うなされていて、3~4回となりのベッドから転げ落ちていました。
不思議なことに、ベッドから落ちる瞬間にわたしもぱっと目を覚まして、その瞬間を目撃するんですよね。

助けることはできないんだけど。笑

私も不穏な夢を見ました。

何か、入ってくるべきじゃない種類の人々が入ってきているような。


きのう、ウサマ(オサマ?)・ビンラディンが米攻撃で死亡というニュースを知って、それでそんな不穏な夢を見たのかなとも思いましたが、

ホーマムが行なわれるからそんな夢を見たのかもなと思いました。

ホーマムとか大きいヤグニャの前とかにはいつも怖い夢を見ることが多いので。


それとは別に、なんかむしゃくしゃして朝から怒鳴りまくってました。

子供が部屋に石ころを持ち込んだりして部屋がぐちゃぐちゃになってるのがたまらなく頭にきたりとかで。


だからか、ホーマムの炎を見たとき、自分の中で燃える火と呼応するからか、
気分がスッと落ち着きました。


今朝のホーマムはやはりババの親族の男性が中心になって行われていました。
何ヶ月かまえに交通事故で大怪我をした人で、さすがに前より少しスリムになったように思います。

ホーマムには朝の7時過ぎに主名と一緒に、サウスで朝食を食べた後に行きました。

主名は学校があるというので、結局宿題をせずに8時半ごろに学校にやりました。

そのあと引き続きホーマムに参加してたら、
色々な感情とか記憶がわいてきて二回ほどのその感情の浄化みたいなかんじで涙が出ました。

シクシャヴァリとか、ブルグワリーのヴェーダもチャンティングされてて、
こういう追悼式?みたいな場で、こういう1元や哲学っぽいヴェーダのチャンティングがされるのはなんか心地よかったです。

アナンダヴァリ?も唱えられてたのかもしれないけど、わたしができないので唱えられてるかどうか判別できませんでした。

ヴェーダももっとたくさん、習って、もっと極めたかったなあと思ったりもしました。
もし来世があるなら来世ですかね。来世なくていいけど。


最後に、ホーマムでできた聖水をお坊さんがみんなに振り掛けてくれたんですが、
振りかけてもらったらまた今度はなんかうれしいかんじで涙が出てきました。

ババが生きてるときは前のほうの人しかかけてもらえなかったでしょうけど、
今日はわりと人も少なかったし、
人々もそれほど殺気立ってないし、
お坊さんたちは女性のエリアの中に分け入ってきて、すみずみの人にまでその聖水をかけてくれて、
これは、ババが存命中には考えられないことだなあと思いました。

そのあと、ババのサマディーに行列を作ってみんなお参りしました。


昨日の午後のサマディー前は花びらでシヴァリンガムの絵が描かれてあったのですが、
今朝はサルバダルマストゥーパになっていました。


お参りをし終わったのはほとんど11時で、水とか買って部屋に戻ったら、木の下で主名がセバダルと遊んでたので、
「学校なかったんやったら、なんでホーマムにいかへんかったん!」
と、また頭にきて、自らシャンティーな気分を損なってしまいました。

まだやってるかもと思ってサマディー参りに行かせましたけど、もうゲートは閉められててお参りできなかったと帰ってきました。



午後は5時からプログラムがあるとのことですが、
ホーマムはもうないのかな?どうなんでしょう。


ババの生身のダルシャンがなくなって、プラシャンティニラヤム(プッタパルティ)では1年に380だったかのお祭りがあるとか何とかいわれる状態もなくなるでしょうけど、

アシュラムで坊さん集団をキープして、毎日でも自前のお坊さんたちでホーマムすればいいのにとか思いました。
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テーマ:ヴェーダ的生活 - ジャンル:心と身体

【2011/05/04 15:41】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(4) |
<<サイババの追悼式典? | ホーム | ああ、雷と雨の夜。>>
コメント
 今インターネットを繋いでいないので、モバイルから書きますので、文字化けするかもしれませんが悪しからず

 これにあったように、
毎日、サイクルワント・ホールと、
PUTTAPARTHYの寺院、
世界中のサイセンター、寺院、神社で、
毎日毎日毎日、
LORD BABAの
{{御幸福と御健康}}、
そして《御復活》のYAGNYAM、POOJAを
してくださいますように、
いろいろな方に、
口頭や文章で、要請してください!!!!
またブログでもみんなに書いてください。
私も努力します!
【2011/05/06 04:59】 URL | M.M. #-[ 編集]
Om Sri Sai Ram

復活祭(イースター)の日に逝かれたババ。
なんとも意味深ですよね。

あるいはババにとっては不自由な肉体を脱ぎ捨てて自由になって完全復活した日だったのかもしれないなあと。

【2011/05/09 22:30】 URL | 古野SAWAKO #-[ 編集]
http://www.youtube.com/watch?v=wweBDrqAGmY&feature=relmfu ババのゴシップやビンラディンもとっくに死んでるし操作されてます。何でもテレビを信じないようにしてますSATHYA=TRUTH 一人ひとりが形亡き後もこれからババを生きるのです。修行入らない。ただ愛さえあれば(^^)。。は
【2011/05/14 07:49】 URL | チョッパ #RtKd2RwA[ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2011/05/14 07:50】 | #[ 編集]
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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