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暑くて一日が足りないです。起きたらすぐに夜。
暑くって食欲も出ないけど、食べれることは食べれるので、食べてます。
食欲がないときでもフルーツはするすると食べれるのが不思議ですよね。

去年具合が悪くなったときもフルーツだけは食べれたし、フルーツは体への負担が少ないんでしょうね。

今はスイカやメロン、マンゴー、ブドウ、それにいつでもあるパパイヤやりんご、バナナなど、果物の種類も豊富です。

今日はマンゴーとチッコーを買いました。

チッコーはサポタとも言われますが、一見小ぶりのじゃがいもみたいな外観ですが、
中は熟したらとても甘くてやわらかいです。

なんとなく庶民的な食感で(どんなだ。笑。ざらざらしてます)ちょっと柿みたいな味です。

今は大きくておいしいチッコーが売ってるので、1キロ買って、さっき部屋で4つほどむいて子供と食べました。



しかし、、、暑いです。

別の長期滞在の女性は、着てる服を直接ビシャビシャに濡らして涼んでるらしいですが、すぐに乾いてしまうそうです。

わたしはそれをするとなんか具合が悪くなりそうなのでそこまではしませんが。

インドの部屋は床がタイルなので、床に水を撒いて寝てる人とかも少なくないんでしょうね。


わたしたちは幸い寝るのには苦労してないです。

天井にくっついてる扇風機を回して寝たらすぐに寝れる。


日中の暑いときにあまり出歩かないようにすればそんなにばてたりもしないんでしょうけど。
そういうわけにもいかず。

まあでも暑さのしのぎ方も分かってきて、数年前にくらべれば全然余裕です。

数年前は暑さと育児ストレスで常に軽く精神錯乱でしたから。


今年は日本も節電ムードですね。

わたしはもともとクーラーが苦手と言うか、(なんか具合悪くなりそうとかいう思い込みがあって)警戒してるので、クーラーのある住居に住んだことはないのですが、

インドの家はたいがい天井に大きな扇風機がついてるのでとりあえずこれで十分です。
これだと部屋中涼しいからいいですよね。

最初はこの大きな羽根が外れて飛んできやしないかとちょっとビビってましたが、
(扇風機カバーとかないし)
使ってるうちに気にならなくなりました。


まあ、この暑さもしばらくしたらマシになるんだろうと思います。(そう願いたい)


暑くて体も省エネなのか、何かをするには1日が短すぎるかんじで、朝起きたらすぐ寝る時間になります。


(↓以下、食事中の方注意)


いまさっき、子供は肛門がかゆいと言って見せてくるのでいったん怒鳴って追いやりましたが
また「見てくれる?」とかいうのでしょうがないから見ました。

しばらく見てましたがべつに虫は出てこなかった。


数年前ネパールにビザを取りに行ったとき、あちこち寄りながら行って、カルカッタ(コルカタ)に泊まってたときにやっぱり子供がお尻の穴がかゆいかゆいとヒーヒー言うので、
見てやれば落ち着くだろうと見てやったら、穴から白くて細長い小さな虫が出てきて、
穴の周りを一周散歩してまた穴の中に帰って行ったことがありました。

どうしていいものやら動転して分からなかったので穴の中に戻っていくのを見届けてしまったのですが、
翌日ネットカフェであれがどういう虫なのか(ギョウチュウでした)、どういう治療をするのか調べて、
薬局で虫下しを買って飲ませました。

一応わたしも飲んだけど、虫殺しの薬!とか思うと、なんかそれこそ具合悪くなりそうでした。


ギョウチュウは2億個の卵を肛門周辺に産むのでそれがギョウチュウ保持者によって部屋中にばら撒かれます、みたいな記述を読んで、、ぎょえ~~~!!!と思って、子供と一緒のベッドに寝るのにも戦々恐々としたものでした。

まあでも命の危険もある回虫とちがってギョウチュウはかゆいとか、気色悪いとか、そんな程度みたいだったので一応安心しましたが、
2億個の卵を常にばら撒かれてるイメージはあまりにも恐ろしかったし、
次の場所のブッダガヤのクリニックで検便の検査をして調べてもらったりもしました。

いまとなってはいい思い出ですか。。。


子供は相変わらず地面に落としたものでも食べてますが。

今思えばあの時のかゆがり方に比べれば今日のはさほどでもないので、きっと暑くて肛門周辺が軽くかぶれたかなんかなんだろうと思います。


ついでにいうと、ん??子供の耳の上に虫が数匹乗って動いてる、、、と思って観察したら
頭髪の中から降りてきたシラミたちだったこともありました。

そのときはええ?まさか!?と思って髪の毛をかき分けて見てみると、ものすごくたくさん生息してました。
100匹以上のシラミたちが頭皮の上を縦横無尽に動き回っていました。
これも、ぎょえ~~~~~!!!!です。

すぐに髪の毛を短く切って、何回かシャンプーして、手で1匹ずつつぶしていきました。

そういうことは何回かありました。


虫がいるって、結構衝撃。


子供同士遊んでると、誰かが持ってたらすぐにうつるんですよね。

その頃はストリートチルドレンみたいな子供たちを住まわせて勉強させてる学校に出入りしてて、主名もその子達と遊ばせてたからそっからうつったみたいでした。

結局色々あってその学校と関わるのはやめたんですが、
インドはそういう社会福祉活動っぽいことをしようと思ったらいくらでも需要がある場所なので、
そういうことをしたい人にとってはある意味パラダイスなのかも。

しかしほんとに相手の役に立つような形で関わるとか援助していくというのは難しいものだなとも思います。


自分がよっぽとしっかりしてないとすぐにむちゃくちゃになりそう。


路上の物乞いもプッタパルティには常駐してますけど、
彼らの本当の状況なんかも知ってる人は少ないでしょうし。
彼らはある意味プロフェッショナルだから。

どういう風にそういうとこにかかわるかというのはほんと難しいなと思います。

わたしはあげようと思ったときだけ、気持ちが広がるかんじになって気持ちよくあげれるときだけなんかあげたりするようにしてますが、

物乞いも必死だから、こっちがそういう気分じゃないときも腕に触ってきて要求してきたり、
おっさんの物乞いなんかしつこく何十メートルも私と一緒に歩いてついてきたりするときもあるので、
そういうのはほんとやめて欲しい。
触られたり付きまとわれたりするのは普通にすごくいやなので。

物乞いの独特の口調も意識の中に入れてしまうとノイローゼになりかねないので、
向こうの速さよりも早く動くようにしてます。
なるべく立ち止まらないように。

あれみたいですよね、そういうコンピューターゲームみたい?

今日は、というかここ数日、おっさんの物乞いにあまりにもしつこく付きまとわれていて頭にきてるのでそういうことを思いました。

あんまりにもしつこいので「ちょっと!」と怒ると「じゃあ、あしたか!?」とか言うし。

こうなるともう意地でもいやになるし、
あんまりストレスだったらそこらにうろうろしてる警官に言ってちょっと脅かしてもらうのもいいかも。
いやなものはいやだという気持ちは大事にしたい。

単なる善人だったらインドでは何もかもむしりとられて人間不信になって気が狂ってわけわからなくなるし。


先日、口の聞けない手作りのかご売りのおばちゃんに食料品とか日用品とかまとめて店で買って渡したのを伝え聞いたか何かで、自分もわたしから何としてでも何かもらおうと決めてるのかもしれないです。

おばちゃんは自分ではっぱでかごを編んで売っていちおう努力しているもの。


インドの闇も深い。。。これはわたしの心の闇の反映か?


そういえば、タイでアティルッドラマハヤグニャするそうですね?
ほんとですか?

どうして日本でしないんだろう?

タイはサイババ帰依者に王室関係者?もいるし、強力なのかな。
しっかりしたサイスクールもあるみたいですしね。
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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