スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 |
今日はすごく涼しいです。
昨日の夜はすごく涼しくて寒いくらいでした。

今朝も水シャワーだとちょっと寒かったです。


主名は今はどこの学校も行ってないので朝寝してましたが
わたしはサウスでご飯が食べたかったので出かけて食べて、芝生のところでチャイを飲んでからバジャンに行きました。

バジャンの後はいつものようにバジャンホール(神殿)の中におまいりして、
それから主名の朝ごはんをウエスタンキャンティーンに買いに行きがてら散歩しました。

今日も曇ってて涼しくて、
ぶらぶら歩いてると妙な幸福感がやってくるかんじで。

面白い表情のあかんぼがいて、
私は子供は好きじゃないけど、赤ん坊や小さい子供はそれ自体生真面目なだけに笑えるなあとか思いながら歩いていました。

アシュラムの外に出てATMに行ったらひとつめは現金が出てこないらしく、
別のところに行ったらカードがつっかえて入らず、3つ目でようやく現金を引き出せました。

今日はババの学校の新入学の学生選抜のためのくじ引きが行われてるはずなんですけど、
今年は願書は出したもののババが亡くなったので来るのをやめた人も相当いるんでしょうね。
今年の倍率はさてどのくらいになったんだろう。

今まではたぶん何十倍ですよね。

それだけじゃなく、すでに入学していた子供たちも親が別の学校に転校させるケースも相次いでるらしく、
たぶんプライマリースクール(日本で言う小学校)がそういうケースが多いんじゃないかと推測しますが、
子供がババの学校に行ってる知人たちの話を聞くと、数日前の話で各学年の10パーセントくらいは辞めたみたいで、プライマリースクールだけでも数十人はやめたんじゃないかと思います。

いや~、インド人はなんというかしたたかというか現実主義というか臨機応変というか。
感心しますよね。

でもそうでなくちゃ生きてけないですよね。

今まではババのダルシャンがあったりいろいろ他にもババがいることでいいことがあったから我慢して子供を預けてたんでしょうか。厳しいみたいだもんね、相当。特にババの学校のプライマリースクールは。

こないだ子供をババの学校に預けてる知人が言ってたけど、学校の先生が間違ったことを言っても
「そうです!その通りです!サー!」
と言わなくちゃいけないらしく、

先生に
「きみは馬鹿だ!」といわれたら
「そうです。わたしは馬鹿です。(へらへら)」
と答えるべきとか。

深い。。。笑


こうして幼少期から反射的な絶対服従の態度を訓練されるわけですね。
しかし内面はともかく、そういう態度はきっと生きていくうえで非常に有用なんでしょう。
というわけで特にプライマリースクールはそんなんらしいです。

とにかくいろいろ考えさせられる学校ではあるわけです。

余計なことを考えないように形成されて。

だから、こないだ、ババの学校が休みの学校の中でも優等生の少年とお母さんと一緒にノースインディアンキャンティーンに行ったら
その少年に「いり口はあっちだよ」と、すご~く遠回りの正規のルートを行くように指導されたんだけど、
目の前の近道をみんな自由に行き来してたので
そっちを行こうとしたらまた「あっちだよ」と遠いほうを教えられて、

でもどう考えても行きたくなかったので
「いいのよ」
と、近道を行ったら少年は、はははと力なく笑ってました。


こういう学校で先生をやるには個人尊重の精神を持ってたら先生としてもやってられないんでしょうね。



これからババの学校もどう変わっていくのでしょうか、変わっていかないのでしょうか。


主名のコーチングスクールの子達もババの学校希望で、
今年は今までのむちゃくちゃ難しい入試から一転してくじびき選考ということで、
主名もみんなと同じように勉強してたけどくじ引きも受けられないということでやっぱり気の毒に思って
いろいろアドバイスしてくれる人もいて、

もう校長に会って話して、ババの許可がないと外人の子供は入れないと言われたといっても、(しかしババが亡くなってからもその条件て。。)

もういっぺん校長に会うべきだ!
そして子供に校長先生にパダナマスカールをまずさせて、
子供自身に切々と訴えさせなさい。
何度でも会いに行って、しまいに校長が疲れて「わかりました」と言うまで行き続けるのよ!
とか、主名の友達のお母さん(上の子はババの学生でだんなはアシュラムスタッフ)にアドバイスされたりしましたが、(校長を疲労させろ指令)

そこまでやっても入学後にもきっと校長先生や先生たちに上からの圧倒的なグル目線でいじめられるんだろうよとか思ったら
なんかもういいよとか思えてきて。

わたしらは充分もう厳しいこといわれたし。2回にわたって。これがインド文化なんだろうなー。
人格否定は洗脳の前処置だし。。。
先生や校長先生の発言にあきれた私は失格だったんだな。

洗脳にもいい洗脳とそうでないのがあるんだろうし、人はみんな何らかの洗脳を受けてるんだろうけど。

学校にとりあえず一般人は表面上はこういうインド人的な絶対服従以上の親子しか入れないみたいなんですけど、
ババが亡くなってこんなにみんな学校から去っていくとは。

インド人の精神の強靭なことよ。私はそのしたたかさがある意味うらやましいよ。

でもこういう状況、当然と言えば当然なような気もしないでもないですが。



そして空きができたところに、やっぱり子供を預けたいと言う人もいて、
そういう人にとってはすごくよかったなというとこなんだろうと思います。

主名の友達の女の子もきっと途中の学年に編入できるんだろうと思います。

一応うちらもまだババの学校に入学希望ではあるんですけど、
もう充分がんばったからこれ以上がんばる気は枯渇しました。

その、主名の友達のお母さんにも校長のとこに行って訴え続けて疲れさせて編入の入学許可をもらえと言われたけど、
インドはなんで何するにも疲れるのがセットなんだろうか。
余計なエネルギーが余りすぎてるのだろうか。
そんな、普段から疲れてる校長先生をさらに疲れ果てさせなくても。。。気の毒じゃないの?


主名は昨日中古の自転車を手に入れたので、暇さえあれば乗り回してどこかに行っています。

今は昨日友達がおいていったキーボードをむちゃくちゃに演奏して遊んでいます。


なんにしろ、今日は涼しくていいです。
関連記事
スポンサーサイト

テーマ:海外生活 - ジャンル:海外情報

【2011/06/03 16:45】 | サイババの学校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
<<ベリービッグジョーク! | ホーム | 寄稿文「私とサイババとの出会い」を読んで。>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://furunosawako.blog59.fc2.com/tb.php/1744-3d8d120d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

  

               ↑ブログランキング。ここらへんをクリックしてランキングサイトに移動したり、向こうからこちらのサイトに出てくることで順位が上がる仕組みになっています。どこクリックしても似たようなもんです。                                                      

                                    
サイババおっかけブログテーマソング
We shall follow you !

Tweet

free counters
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。