スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 |
最近(含:ガネーシャチャトゥルティ)
更新滞り気味ですみません。

思考がまとまらなくて集中できなくて。

いけるときは朝にサマーディー参りをしているのですが、
その都度自分の中から湧いてくる祈りの言葉が自動的に変わります。

最近は「あなたの意志を私の意志にできますように」だったんですけど
(これが適切な祈りかどうかは分からないですが、勝手に出てくるんだからしょうがない)

今日は何も出てきませんでした。

昨日はガネーシャチャトゥルティの最終日というか、町中のガネーシャが練り歩く日だったのですが、
わたしたちは土曜だったので早朝から出かけてバンガロール郊外の日本語補習校に行って、
わたしは主名を見てくれるという方たちに主名を託して途中でバンガロール市内の歯医者に行きました。

このときは1時間半くらいで治療は終わりました。
前回の6時間て、ホントに長かった。。。

でも4本差し歯を作り直してて、1本は根元もないのでブリッジなのですが、
3本は根元から作り直したので、かなりいじりたおして、
前回の治療のあと結構腫れて痛みをもってました。

今までのは根っこが浅かったらしく、しかも折れてたらしく、
今回のは今までのの2倍以上長い根っこにしたみたいなので、
歯の根っこも3箇所、2倍深くほじくったので、やっぱ私の口の中もてんやわんやなかんじになったというか。

で、今回はそういう状態だったので4種類の薬がでました。

前回出してほしかった気がしますがまあいいとして、
なんか抗生物質ぽいのが2種類と、口の中の消毒液と塗り薬です。

抗生物質は去年、抗生物質でアレルギー性肝炎になったからびびってることを言ったら、
少量ずつをわけて服用して様子を自分で見れるようにしてくれました。

今のところ問題ないです。

口の中の消毒液はまあまずいとして、

口の中の塗り薬は激まずです。
しかもしばらくしたら口がしびれてくるんですけどなんですかねこれ。
麻酔というか痛み止めみたいなもんなんだろうか。。。

しかしさすが西洋の薬は恐ろしくガツンと効くのですでに腫れは収まってきてます。

まあたいした腫れでもないのですが。



このときも歯医者はサイババのこととかいろいろ話をして、
担当してくれた歯医者はどうもその10数名のスタッフが所属する歯医者の院長だったみたいで、
「普段は自分は治療しない」だの「(君のは)すごく難しいケースだった」とか、
また言ってました。

この歯医者は何回かダルシャンをむかーしに受けにいったらしく、
ババの親族に知り合いがいたかなんかでプライベートルームで3時間くらい、ほかの人とともにババと一緒にすごしたこともあるらしかったです。

別に信奉者というわけではないみたいでしたが、
そのプライベートルームでのダルシャンを「素晴らしいバイブレーションだった」と言っていました。

バンガロールの人は大体そんな経験をしているのだろうか。
それともやっぱうまくそういう歯医者が担当してくれたのか、
それとも私がプッタパルティからはるばる治療を受けに来てるということで、そういう人がでてきたんだろうか。

またもやなんやかんや色々聞かれ、相手が期待するような内容の答えだったかどうかは分からないですが、
まあとにかくそんなかんじでした。


4種類の薬は自分でどっカの薬局に買いに行かないといけなかったので、
その歯医者に近所の薬局を紹介してもらって買いに行ったらそこにもサティアサイババやシルディサイババの絵や写真があちこち飾ってありました。(歯医者に飾ってあったわけではないですが)

この薬局のおじさんは「またしてごめんねごめんね」と何度も謝ってきて
実際混んでたので少しだけ待ったのですが、
インド人にそんなに謝られることってほとんどないので、バンガロールは都会だなと思いました。笑

都会の人間関係の適度な距離感のよさと田舎の環境のよさがどっちもあればいいのになあ。


主名を預かってくれてた人たちに連絡を取って、マクドナルドの前で主名を拾ってプッタパルティに帰りました。

帰る道すがら道のあちこちでガネーシャが出動していました。


途中でパーキングエリアみたいなこぎれいな感じのレストランでお茶だけ飲みました。
小さな公園も併設してあって、こんなとこあったの知らなかったなーと思いました。


途中、先日訪れたサッティヤサイアーナンダムの建造物が山のふもと、遠くのほうに見えました。


帰る道の風景は、前回も思ったのですがとても美しくて、
この道ってこんなにきれいな景色だったかなあ???と不思議に思いました。

10数年前なんかはもっと荒涼として埃っぽかったイメージがあるのですが、
今は遠くまで広々と緑が広がっていて、実に美しい風景になっています。

雨もよく降るようになって、気候もわりとすずしいし、植物が昔よりも生き生きしてるんだろうなと思います。


とてつもなく大きい岩でできた山、まるでオーストラリアのエアーズロック(でしたっけ)みたいな光景も途中で見ることができます。

大自然がまだまだそのままのダイナミックな姿で残っています。



プッタパルティについたらまだガネーシャたちが練り歩いていて、群衆も騒いでて通れなかったのでバスステーションのところでタクシーを止めてしばらく待ち、裏からまわってアパートの近くまで行きました。


ちょうどサマディロードのガネーシャが出動してるのも見ることができました。
今年のサマディロードのガネーシャは生々しくてきれいでした。


今日も午後たぶん学生によるプログラムが行われていました。
音楽と語り、みたいな。
ババのビデオをスクリーンに映しつつ。

そういうのを見ると、まだババが生きてるかのような錯覚を自分に与えることができるので、
その感覚を楽しみました。


プラサードにチョコレートのお菓子も配られました。


アナウンスによると確か明日から5日間またプログラムがあるみたいなことを言っていました。
オーナムに向けてやってきたケララの人たちの出し物っぽいです。

ケララはいつも出し物のクオリティが高いですよね。

しかしババが亡くなったあともみんな気合はいってますよね。

関連記事
スポンサーサイト

テーマ:美容と健康 - ジャンル:心と身体

【2011/09/05 07:52】 | バンガロール | トラックバック(0) | コメント(0) |
<<インドネシア・バリニーズサイバジャン! | ホーム | ううあ(子供向けTV番組からの動画)>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://furunosawako.blog59.fc2.com/tb.php/1794-79c79e3c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

  

               ↑ブログランキング。ここらへんをクリックしてランキングサイトに移動したり、向こうからこちらのサイトに出てくることで順位が上がる仕組みになっています。どこクリックしても似たようなもんです。                                                      

                                    
サイババおっかけブログテーマソング
We shall follow you !

Tweet

free counters
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。