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名古屋センターでの降誕祭
ばたばたした中で日記を書く時間をうまく取れないでいましたが、降誕祭は縁あって名古屋にお邪魔しました。
実は降誕祭のプログラムのヴェーダチャンティングの助っ人ということで声がかかったので行こうかなと思って行ったのですが、
当日は私は風邪も治りきってなくて助っ人どころか足を引っ張ったような気がしないでもなく、申し訳なかったです。

名古屋センターに集まった方たちは静かで抑制が効いてるような印象を受けました。
そういう嫌味なく謙虚な雰囲気の中で、わたしといえば手ぶらでいってあまり役にも立たず、というか、むしろ好意に甘えつつ調和を崩してはいないだろうか!?
となんとなく反省モードで岐路につきました。

名古屋センターでの降誕祭プログラムでは全員参加の5分間スピーチというのがあって、
それがあるためにみんな恐れをなしてあまり来なかったという説もあるみたいですが。笑

そのときその場にいた20名弱?が、くじで引いた順番に沿ってそれぞれスピーチをしました。

みなさん「何も考えてないです」といいつつも大変印象深いスピーチをされていました。
「私にとってサイババとは」みたいな題だったと思います。

最初にスピーチをした人はババの夢のことを話されていて、
たぶん覚え違いがあると思うのですみませんが、
その人は夢でババにご飯を作ってあげようとしてて、でもできなくってシュンとしてたそうで、
そしたらふと見ると布がかぶさったお皿があって、
布を取るとババがその人のために用意された料理が布の下にあって、
その人はそれをおいしいおいしいと食べたそうです。
そんでそのスピーチがどういう風に終わったのか忘れましたが、
なんかそれを聞いて、いかにもババが夢でやりそうなことだなあと思って、
まじめでおとなしそうなその人が顔を輝かせながらその夢の話をしている様子と、
ババからのその人への愛情みたいなものが鮮やかに伝わってきて
やばい、1人目から、、、泣けて来そうになりました。
というか泣けました。

みんなそれぞれにその人だけのババとの珠玉の深いつながりがあるんだなあとすごく感じさせられた全員参加の5分間スピーチでした。

そういうのが自分にはないと思ってる人でも、やっぱりあると思いました。
ババはその人自身なので、
自覚のあるなしに関わらず、全員が自分の一番深くて大事な部分にババを抱いていると思いました。
ババとのかかわりの中でそれを見出してこのようなかたちで自覚できたことはわたしたちの大きな喜びだし、
そうでない人も真我は見出されるのを辛抱強く待っているんだと思います。

それはババの形をとっている場合もあればそうでない場合もあるでしょうけれど、
すべての人の中にこのようなババ的なものが内在しているのは誰も疑うことができないものだと思います。

わたしたちには幸い真我にババという美しい姿が与えられてそれをこの世界でも楽しむことができて、本当に幸運だったと思います。
それがわたしたちの真我をこのように分かち合うことも可能にさせてくれているわけですし。

私はというと、しゃべるのホントに苦手で。
でもしょうがないからとにかくしゃべってたら逆にしゃべりすぎてたみたいで「あの、、、そろそろ、、」と止められました。笑

自分のババの思い出で人前でしゃべっても害がなさそうなことで印象的だった、
子供がらみのエピソードを2つしゃべったのですが、
1つは、子供がまだ1歳未満のときにプッタパルティを必死の思いで単独で訪れて、
でもダルシャンで赤ちゃん連れはどんなにがんばっても後ろにしか座れなくて、
フラストレーションがたまりまくって、
ババに、前に行かせてくれないんだったらあなたが来て下さい、みたいに祈ったというかむかつき混じりの思念を送ったら、
翌日の午後のダルシャンのときに、私は知人と一緒にダルシャンに行かずにアシュラムの中の公衆電話のとこでしゃべってたら、
ババがホールからゴルフカートで抜け出して走ってきて、いったん向こうのほうを速いスピードでぐるっとまわって、走ってババを追いかけてた人たちを振り切ったあとに
完全に単独で私と知人のほうに遠くから回りこんでやってきて、
1~2メートルの至近距離の目の前を通り過ぎていったことがあって、
私と知人は単独でババがゴルフカートで(笑)走って近づいてきたのでうっわ~~~、と思いつつ直立不動で合掌して
沿道で迎え、見送ったのですが、
二人とも特別な祝福を受けたと感じて、大喜びでほくほくでした。
わたしは、前日にババに対して自分がなんと祈ったか忘れるわけもないので、
叶うと思って祈ったわけではなかったけどすぐにわかりやすい形で実際にかなえられたので、とても印象的でした。

2つ目は、その翌年、1歳になった子供をつれてまた渡印して、
というのはやっぱり日本での育児が個人的な状況的にもきつかったし、子供もアトピーとか喘息とかでしょっちゅう大変で、わたしもどうにもこうにもじっと我慢していられる限界を越えてたので魂の解放感が得られるインドに行かずにはおれなかったのですが、
でもやっぱり子供はダルシャンで前のほうにはいけず、
それはもうわかってたのでOKだったのですが、
ぐずりだした子供に授乳しようとしたらセバダルに嫌そうに端に行けといわれ、
(乳丸出しにしたわけじゃなくてちゃんと隠しながらだったのですが不浄扱い)
言われたように端に行ったらそこにいたセバダルにも後ろに行けといわれ、
いわれたように後ろやホールの外に行ってもどこにいってもそこにいるセバダルにあっちでやれといわれて、あちこちうろうろたらいまわしに小突きまわされる感じで、
しまいにわたしもキレて、
ババは私が呼ばなければ誰も私のもとには来れないというけれど、
自分が呼んでおいてこの仕打ちはなんだ!!いいかげんにしろーー!!
と、この猛烈な怒りをババに向けました。笑
自分でも猛烈でした。

そしたらやっぱりその次の日、
ダルシャンが終わってバジャンになったときにホールの中がざわざわして動きがあって、
なんだなんだ?と、最初はなにが起こっているのはわからなかったのですが、
どうもババが、子供は全員前に来て座るようにという指示を出したらしく、
それで、ホール中の子供たちが立ち上がって前に移動しようとしている状況でした。

わたしも1歳の子供を抱っこしてたので、
一人で座ってられない小さい子は親も一緒に前に行って座っていいとのことだったので、
状況がうまく飲み込めないまま急いで立ち上がって前に行って座りました。

座ってみるとそこはババから5~10メートルくらいの真正面の位置で、
それまでずっと子供連れで一番後ろくらいにしか座ってなくて、芥子粒サイズだったババが
いきなりでっかいサイズで視界の中にあったので
もう歓喜歓喜で、わけがわからない状態になってました。
どこにいてもババのエネルギーはレーザーのように貫いてきたり、中から感じられたりして距離は関係ないといえども、
やっぱり近くでババが意図的に感じさせる神の様相というのはすさまじいものがあるので、
一瞬で意識が飛んでどこかにいっちゃうようなものがありますよね。
意識はあるんだけど、ここにいるんだけど、ここではないどこかにいってしまっているような。
そんな状態で、子供もババの近くに座らせてもらえて自分としてもそういう嬉しさもあり、
というのは日本でもいろいろ常に厳しい状態でもあったから、子供が恩寵を得ていると感じられる状況というのは単純にうれしいわけです。
実際はそう単純なものではないんでしょうけど、やっぱり子供にはできるだけ理想的な環境であらゆる豊かさを享受させたいと思うのは自然なことなのではないでしょうか。
それぞれの子供はいろんな育てられ方をしてるけど、親は時には理想と現実のギャップのなかで苦しみつつも、それぞれが自分がいいと思う精一杯のことをしてると私は断言できます。
はたからみて、うまいやり方であったり、まずいやり方であったりはしても。

できるなら、そういう理想と現実のギャップが少しずつでも埋まりますように。

すべての存在が神の光に満たされて安らいでいられますように。


話はそれましたが、
そういうふうに子供と親が前に呼ばれて座らされたときも前日の自分の怒りの祈りとの関連性は自分とっては明らかだったので、
ババはまっすぐな思いに対して、こんなにも直接すぐに反応してくれるんだというのが自分にとってすごく深く感じられたわけです。

そしてそのとき子供たちに配られたプラサードとカード。
カードは故ラタンさんが撮った写真で、ババが戸外で物質化したクリシュナ像を持って微笑んでる写真でした。
ラタンさんは神実現した人として、アシュラムの中でババの指示のもと、サットサンを定期的に行っていましたが、
そのサットサンに参加したとき、わたしはやはり子供連れだったので子供が少し声を上げるとやわらかく「遠慮してくれ」と手振りでされたので、
まあ、すぐにその場を去ったのですが、
別の場所でラタンさんのサットサンが文章になったものを読むと、
ラタンさんがそのクリシュナ像をもったババの写真を参加者に配ってたけど、子供には「これは子供におもちゃとして与えるものではない」とかいって、あげなかったという記述があって、
それが、ぐちゃぐちゃにするんだったら良くないかもしれないけど、むしろなんでも受容する子供にこそそういう神聖なものを与えたいと思う私の気分にはちょっとひっかかってました。

その、まさにその写真が、そのとき前に集まって座った子供たちにババ自らの指示で配られたのも、私にとってはだからとても愛情深い細やかな印象を与えて、すみずみまで感動でした。

と、こういうことを自分でなにしゃべってるのかわからないままに降誕祭でしゃべってたのですが、ここで時間切れというかオーバーだったみたいなのでしゃべるのをやめました。

それに加えてもうひとつ話したいことがあるとしたら、ほかの人にとっては何てことないことなのかもしれないけど、
ずっとわたしにとってはババは一段高いところで高みの見物をしてるにくいやつみたいな偏った認識のときがあったんですけど、プルシャ、男性原理そのものみたいな。

去年、やっぱり人生がいつもいつも、ある面ではきつい私としては、
ゆだねきれない自分の中途半端さもあるのは事実だと思ったので、
ババに「あなたに全託させてください」みたいな内容の手紙を書いていつもダルシャンにもって行っていたのですが
なかなかババに渡せるチャンスがなくて
でもあるとき、
ダルシャンに現れたババがすごくお母さんだという印象が強いときがあって、
うまいことに流れるバジャンも

サッティアスワルーピニマ~
サイ プレマスワル~ピニマ~~、、、みたいな。
でもう、最初っからやたら感動してたんですけど手紙は受け取ってもらえず、
しかしホールを回るババにずっと「ああ、お母さんだ」「お母さん」と呼びかける自分を抑えることができず
そしてホールを回ったババがそのまま中央の壇上に行くかと思いきや、
突然もう一周して前を通りがかってくれたので、
腕を伸ばして手紙を差し出して、
でもやっぱり取ってもらえなさそうだったのですが、
思わず、ちょっと待ってよ!みたいな意味もこめつつ「お母さん!」と心の中で強く呼びかけたら
ババが「うん」とはっきりうなづいて、手紙をとってくれたことがありました。

で、全託を自分の努力で完成させるのは無理だということはわかってたので、
「全託させてください」という依頼の文面になってたのですが、
それを受け取ってもらって私が全託できるように私を調整することも含めて、全部の責任をババが請け負ってくれたという思いで安堵と感謝の感動に襲われました。

そしてその手紙がわたしがババのことを「お母さん」と呼んだときに受け入れられたということは、自分にとって少なくない意味がありました。

孤高の神が、高みの見物で自分の地位を保ったまま私たちが苦しむのを見ているといった感覚に、
あらゆるニーズを満たすためにいつでもどこでもわたしたちを抱きかかえる準備がある、常に忙しい、常に自分を与え続けているお母さんのイメージが加わったことで
神は誰も触れることができない高所に鎮座し、まつりあげられていて到達すべき目標であるイメージから、
いつもすべてをあらゆる角度から支えていて、それでいてめったにそのことには気づかれず、感謝もされない無私の愛と奉仕の働き続けの報われない苦労人のイメージが加わり、

私がババを思うとき、そこにはいつもどうしようもない孤高ゆえの寂しさがあったのですが、
ババの中に母のイメージを見たとき、その境界が消失してわたしたちすべての中に神が浸透して支えてくれている深い安堵感を感じました。
離れることはありえない、というような。

ここ数年というもの、立場として私自身が子供に対して母親役に置かれ、まあそれははっきりいって向いてないようにも思うんですが。笑
でもそういう子供との関わり、子供をつれてのダルシャン参加、そしてそれらの状況で起こってくるババの持つ母性への感受性、
そういうものがここ数年のじぶんの課題といえば課題、体験すべきこと、もしくは体験したいとどこかで自分が望んでいたことだったのかな~?と、思います。

神の父性の側面、神の母性の側面、
その両方の一見対立するような2面性は
この2元世界においてそれぞれの役割を演じ、機能し、
補い合ってついにはこの世界を巻き上げて、
統合された神そのものを見せてくれるのだろうと思います。


名古屋センターの方々、ありがとうございました。
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テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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