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クリスマスイブのイルミネーション
昨日の朝はハヌマーンテンプルでのハヌマーンプージャとナバグラハプージャに参加しました。
そのあといったん部屋に戻ってからアシュラムでアルティを見て、そんでショッピングセンターに買い物に行って、
そんでからサマディーダルシャンにいきました。

なんだっけ。なにかすごく強い感じがあったんだけどそれがなんだったか忘れました。

昨日の夕方からは知人のとこに行ってでかい声でしゃべって笑ってました。

なので夕方のクリスマスプログラムは行かずに、
知人家族と一緒に直接ウエスタンキャンティーンにご飯を食べに行きました。

ウエスタンキャンティーンは今日は一律100ルピーのバイキング形式でした。

知人とその娘たちと一緒にご飯を食べてたらサンタクロースがDJ風に?なんだかんだわけのわからんことをしゃべりまくってて、

「あっはっはっはっは!!」

と不自然な笑いも交えつつにぎやかにしてたので

その無理やりの笑いの様子を聞きながらご飯を食べてて、
「これって、、、、どうなん?(苦笑)」
と、ちょっと微妙な気持ちでした。

笑うヨガをやってたらしいです。(そういうヨガが最近はあるらしいです)

あっはっはっはっはっ。



そのうちサンタクロースがそこいらじゅうにキャンディーを全力投球で投げてばらまきだしたので、知人の小さい娘はおびえていました。爆

だってキャンディー固いし当たったら怖いんだもん。笑

でもまあみんな幸福な気分で、とてもいいクリスマスでした。


何も不安がなく、何も足りないものがない。誰も傷つける人もいない。
お腹は満たされ寝る場所もある。美しい電飾を見ながら歩き、部屋に戻る前の一杯のミルクティーを飲みながら談笑し、お互いのいることを喜び合う。

お互いがおだやかな幸福を共有し、お互いの中に認め合うことを可能にするこの大気。

もちろんそれぞれの人たちが個々の自分に戻ればありとあらゆる幸福でないような要素に分かれるのですが、
この今だけはみんなが穏やかな幸福を共有するという神からのプレゼントをみんなで抱きしめているかのようでした。



今はほんとに少し先のことがどうなるかわからない人がたくさんいて、
私なんかいつもそんなだから、今に始まったことではないのですが、
今までなんらかの状態で非常に安定していた人たちでさえ、大きく揺さぶられ変化のときを迎えています。

でもみんな不思議と守られている。

まったく何もかも奪われるということはありえないです。
物質的なものが何もかも奪われたとしても、そこには神とだけともにいるという純粋性の特典がある。

だれもが決して奪われないし壊すことができないものとともにあります。


いまだかつて生まれもしなかったしこれからも死ぬことのないそれが私たちであり、わたしたちとともにあるもの。

すべてはすでに与えられていたし、これからも奪われることはない。

その中で繰り広げられるさまざまなドラマ。


時にはこのように個人個人の役柄から解放されて本来の幸福に戻りましょう。


そして明日からはまたそれぞれの役柄を演じにそれぞれの位置につく。



人生は美しく、愛に満ちています。


この美しい人生を歌いつづけていきたい。
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テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2011/12/25 14:49】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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