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大晦日~新年
今朝はウエスタンキャンティーンで朝食を食べたあと、バジャンの終わりのほうでホールに入って、サマディーダルシャンに行ってきました。

どんなんだったか忘れたけど、不思議と毎回違って新鮮です。



それから郵便局に荷物をいくつか出しにいったのですが、プリンターが壊れてて住所が印刷できなくて受け付けてもらえなかったので月曜にしました。


あとはなんだっけ。

あ、そうだ、昼食のあと、めがねを買いに行きました。
バイブレーションの違いに耐えられずに昇天するのか?

インドから日本に行ってすぐにデジカメが壊れ、(ほんの数ヶ月の太く短い人生だった)
日本からインドに来てすぐには、めがねの鼻に当たるところの部品がもげました。
しばらくそのまま使ってたのですがようやく新しいのを買いました。

レンズを流用するために同じような形のフレームを買いました。



夕方、アルティだけ見に行こうと思ったら誰かがスピーチしてたので、町にもちを焼くためのオーブントースターを買いに行きました。

でも4000ルピーとか5000ルピーとかのしか売ってなかったので、
100ルピーちょいの網にしました。

なんだか節約の今日。笑



アシュラムに戻ったらバジャンをやってたので、ホールの外で立って見ながら一緒に歌いました。

最後はサルバダルマのバジャンでした。

今日は大晦日で、ホールもすごく人が多かったです。

バジャンの最中に、サマディーの前でグループごとに次々記念写真を撮っていました。

なんか、バジャンも盛り上がっていたし、
グループが入れ替わり立ち代り写真撮影をしてて、
なんだかそのグループの中心にサイババが座っているかのような気分と雰囲気を感じました。

人がすごく多くて、それがなんとも暖かくていいかんじでした。


アルティになって、掲げられた火がまわってくるのを受けていて、
ああ今年最後のアルティだなと思い、
そういえば今年はやたらめったらいろんなことがあったなあと思いました。
サイババも死んじゃったし。

そして何がありがとうかわからないけどいろんな思いでいっぱいになって、サイババにありがとうという感無量な気持ちになりました。

あまりにもたくさんのことがありましたよねこの1年。


ホントは今日の午後は手紙を携えてきたので、サマディダルシャンのときにサマディに手紙を出そうと思ってたのですが、
さすがに人が多くて待ちきれないので、先にキャンティーンに行きました。

もう7時くらいでしたがやっとあいたところで、セバを募集してたので給仕係に行きました。

最近、タイミングが合えば給仕に回ることにしています。
今までは子供の世話が先だったので、しようにもできなかったから。

ほんの30分~1時間くらいですが、
なんかその30分は少なくとも人生が無駄にならなかった気がします。おおげさですかね?


でも、ただいるより、ちょびっとセバ(ボランティア)したり働いたほうが絶対楽しいと思います。
あんまり必死にならないといけないとしんどいけど。

大体今まで日本でもいろんなところに滞在して回っていましたが、その場所で働くか、何かを習うのがその場所と一体になるのに一番いいので、
いつもだいたい行った場所で働くか、何かを習っていたか、その両方をしていました。



今日は人が多かったのでいつもよりも給仕の時間が長くて、
結局午後のサマディーダルシャンは行けなかったけど、まあいいわと思って帰りました。


あけましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくおねがいいたします。
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テーマ:今日の出来事 - ジャンル:心と身体

【2012/01/01 03:11】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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