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朝ヴェーダ
昨日の夜にウエスタンキャンティーンでご飯を食べたとき、レジでセバ(ボランティア)募集の小さいチラシが配られてたので、

今朝の5時から8時半の部に起きれたらいこうと思って寝ました。

そしたらなぜか2時半に起きてしまったので、
そのまま起きとくのもなんなので、また寝て、今度起きたら6時半とかだったので、セバ。途中から行こうかどうしようか~?と、少し思案した後に、

今朝はセバはやめて、8時からのいつものサイクルワントホールでのヴェーダチャンティングに行くことにしました。

そういえば今朝2時半に起きたときに見てたゆめは、
なんでかラマナマハリシのアシュラムに行く途中で、半分外みたいな倉庫にたくさん大きな資材みたいなのがあって、
その資材の上をアスレチックみたいに渡っていかないといけなくて、
私はひょいひょいと渡ってその場所を通り過ぎたのですが、
主名(子供)が5歳くらいの姿で、その上を通ってきたんだけど怖かったみたいで、
びえ~~~っと泣きながらその場所から出てきたのを「ほら」と言って出口の下で受け止めていた夢でした。


サウスインディアンキャンティーンで朝食を食べました。
いつもちょっと多いなと思いながら食べてるので、今日はいつもの半分の量にしようと思ってたのですが、
目の前で見るとやっぱり思わずウプマをおたまに2すくい分購入してしまいました。

でも今日のウプマはとてもおいしかったので、上にかけるサンバルもおいしくて。
つるりと全部食べたのですが、
食べ終わって立ち上がるとやっぱり「ちょっと食べすぎだ」と思いました。
ちょっと苦しかった。

インドに戻ってからはやはりまためきめきと丸くなってきています。(こういう表現ただしいのか?)
2の腕なんかもぐんぐん膨らんでいっている気がします。
たぶん気のせいじゃないはず。



食後にサイクルワントホールに行って、
座ってヴェーダチャンティングに合わせて自分も一緒に唱えていました。

考えてみればヴェーダナラヤナンさんと毎日のように一緒に唱えられるんだから(一方的だけど)贅沢だよなと思いました。


今日はルッドラムのあとのプルシャスークタム、そしてその後はブルグワリーでした。
ブルグワリーは毎回新鮮に感動します。素晴らしいヴェーダだ。
途中は食べ物のことばっかり言ってるけど。(笑)

ブルグワリーの最初半分は、
神とは何かを探求していく物語で、チャンティングがすすむにつれて核心に迫っていくんです。
最初のうちは、神って食べ物じゃないかな?とか、
こころ?とか、プラーナ?
いや、英知だ、みたいになってきて、
最終的に神とは至福だというところに行き着き、物語は終了してたぶん世界がシフトするんですよねきっと。

時系列に沿って順番に展開していた物語が、出演者?が神は至福だと悟ったとたん、突如様子が変わってきてシフトし、
それからは直感によってもたらされた考察というか真理が延々と述べられます。

そこで、食べ物に関する考察というか啓示ばっかりになるんだけど。笑
でも食べ物ってきっとすごく大事なんでしょうね。
直接取り入れるんだし。

そんでそういうのが終わった後、
真理を悟ったものたちはこのように人生を、神を歌い上げる、みたいな前置きがあって、

またがらっと雰囲気が変化して、

すべてに神を見て神のみを感じて自らも神とひとつである者たちが、自分たちが体感しているものの素晴らしさと不滅をもろそのままのバイブレーションで歌い上げるのです。


ここに至るまで長い前振りなんですけど、いつもここに来るまで我慢して唱えてます。笑
内容を全部意識して唱えてるわけじゃないですが、
そのバイブレーションが至福のそれに変調するこの瞬間がありえないくらい素晴らしいです。

これを書いてても一人で感動してだだ泣きです。


これがわたしのベストヴェーダだなーと思うゆえんなわけです。




あ、でもわたしの勝手な解釈なので、こういう説明が一般に通用するかどうかは不明。





でも書いてて思ったと言うか、思い出したんですけど、
食前のフードマントラ。

ブラムマ~ルパナム ブラムマハヴィル

ってやつ。

あれもこのブルグワリーのエッセンスと同じなんですよね。



手元にある日本語のテキスト(昔のだから今は改定とかされてるかも?)を見ると、その意味は、


捧げる行為はブラフマン。捧げものはブラフマン。
それはブラフマンである祭火(お腹の中の消化の火?)に、ブラフマンによって捧げられる。
まさにブラフマンに到達する。
ブラフマンに捧げる行為に専心する者は。

と、人が食べ物を食べるときに、その食べる行為は神で、食べ物は神で、消化の火という神に、神(食べる人)によって捧げられる

という、祈りと言うか一種のマントラの力による瞑想で食べることにまつわるすべてを聖化します。
食べるということにまつわるすべての質がここで昇華され、純化されます。

そしてこのフードマントラも面白いんですけど、
後半で視点が人から神のそれ、神からの働きかけに変わるんですよね。
これも荘厳でぞくぞくする。

以下、日本語テキストより日本語訳を抜粋。


わたしはヴァイシュワーナラ(すべての人の中に存在する食物を消化する火)となって、
生命あるものすべての体に宿り、
プラーナ(吸気/吸う・摂取する作用)・アパーナ(呼気/吐く・排泄する作用)と結合して、
四種の食物(噛むもの、飲み込むもの、吸うもの、なめるもの)を消化する。


前半では食べ物が取り込まれて、神にささげられる様子が表現されているのですが、
後半では神自身が出かけていって多となり、いろいろなものと結合して交わる様子が描かれています。

神の神による神に向けてのアセンション、いわゆる一般的なイメージの神との合一、ヨガ
それに対して神の神による神に対するディセンション、神がさまざまなものに自分を分けて表現し、その中に自らを宿らせる神による独特のヨガ。



そしてその本質においてはいつも神以外何も存在せず、何も変わることがない。


そういう世界ですか。



フードマントラは単なるご飯の前のお祈りではなくて、いつでもどこでも唱えられる普遍的な祈りだと以前パンディット?の知人に言われましたが、

この深遠な真理のマントラをご飯の前のいただきますのお祈りにしとけば、
毎日何回かはこのマントラを絶対唱えますもんね。なるほど~!



至福の食事の時間がさらに至福の神聖な瞬間になるってわけ。
自動的に神への礼拝にもなるしすばらしい。


一日何回も!





ちなみに今朝も手紙をサマディーのとこにおいてきました。

今日は、みんながあなたの愛でちょーハッピーになりますように、
みたいに書いて出してきました。


なんかだんだん例の占星術師みたいなノリに、、、、、。苦笑





ここしばらく、気温が高くてわりと暑いです。
日本から戻ってきてから結構涼しくて、
薄手の掛け布団を3~4枚かけて寝てたんですが、昨日は1枚いるかいらないかといったところでした。

プッタパルティの冬はもう終わったのかな?




Annambrahma from Sairamark on Vimeo.




ご飯を食べるサイババ

食事を作った人とかを喜ばせるために少量、食べるんだそう。
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テーマ:ヴェーダ的生活 - ジャンル:心と身体

【2012/01/03 14:34】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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