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ちょい?情緒不安定。
今朝はサマディーダルシャンのあとに、ショッピングセンターに行って、頼まれ物やら自分のものやらいろいろ買い込みました。

昼はアパートで用事をしてたらキャンティーンに行きそこなったので、サイスーリャでバターオニオンドーサを食べました。

とてもおいしゅうございました。笑

今まではドーサをちぎってチャツネやサンバルにつけて食べてたんですが、
今日は最後のほうはドーサにサンバルをドバドバかけてぐちゃぐちゃ状態でたべました。

これ、くせになりそう。
おいしかった。


12月にインドに戻ってからずっと、アシュラムの中にしばらく泊まりたいなと思っていたのですが、機会を逃していて、
今日はもう、このタイミングしかないだろうという感じで今日から9日間アシュラムの中に滞在することにしました。


やっぱり、アシュラムの中は最高です。
プッタパルティはなんか、行き詰ったときに帰る実家みたいなものになってるんですが、
アシュラムの中はさらに実家の中の実家みたいなかんじで、さらに切羽詰ったときとか、笑
あと、単に気分転換したいときとかにわざわざ泊まるんですが、
(前回はババが亡くなった時に、外がざわつきすぎてたのと、自分の気分も静寂の中にバランスをとろうと思って、しばらく泊まってました。)

なんともいえない安心感があります。


やっぱ、外に滞在するのとは気分が全然違う。


こうやってアシュラムの中の人になると、昔のような新鮮な楽しい気持ちもよみがえってくるし、
プッタパルティに着いて浮き浮きとしっぱなしの開きっぱなしの
ミラクルな日々。


今到着した人たちやこれからそれぞれの場所に帰る人たちの様子が自分のこととして感じられて、
たまにプッタパルティにくることのどんなに楽しく、奇跡的な気分だったかというのがよく思い出されました。

なんでわたし、住んじゃってるんだろう?とか思いますけど。

間違いなく楽しい高揚した場所だと思いますここは。
常にプージャを100個くらい自分に対してし続けているかのような。
そんな高揚感。


最近どうも感じ易すぎる状態になってるのかもしれないなと思うんですけど、

しかしキャンティーンに入るまでに、あることをきっかけにものすごい孤独と寂しさを感じ、
夕食を食べつつウエスタンキャンティーンで涙をぬぐっていました。(ここではそういう人よくいます。笑)

最近いつも呆然とした感じではあるんですけど、(昔からかもしれないけど)
食べ終わってなんとも形容しがたい、解放と集中が同時に行われているような状態で、
キッチンを通って外に出ようとしたら、

洗った食器を拭く仕事がまだまだ終わらなさそうだったので、
ふらふらと誘い込まれるかのように、その拭く人たちに混じってしばらく洗いあがった食器を拭いてました。

拭きながら、人生があまりにもむなしいみたいな気分になって、
(プッタパルティで好きなことしててこれなので、日本にいたら常に自分という存在が消滅するのを希望の心理状態かも??というか実際そうだったかも)

確かにこうやってセバしてたら悪いことはしてない感じだけど、誰とも交わっていないかのような猛烈な孤独感に襲われるときがあります。
たぶん、それが人間本来の自由で解放された状態の一形態なのかもしれないんですけど、微妙。



しばらくして拭く作業が終わったので帰ろうとしたら、
横で拭いてた、ほかの人たちにあれこれ指図して怖い感じの黒いサリーの老年のインド人の女性が思いがけず、

サンキュー、ディアーー、、、、、(ありがとう、親愛なる人よ、みたいな?)
といい、感謝のまなざしでまるで感謝の祈りの表情でわたしに対してまっすぐに入ってきて、、

チュッ、と、投げキッスをされました。笑


この人、以前から見てていつも、すごく険しい顔をしてる、実際口調とかきついし、
見るからに自分に対してもきつそうで、あんまり近寄りたくない感じだったんで、

今日の優しい言葉と投げキッスはかなりのインパクトがありました。

そんでまた、それはわたしよりも孤独な人がわたしに対して働きかけてくれたみたいな感じがして、
正直すごく感動したのですが、胸の中を揺さぶられてかき回された感じになっちゃって、
動揺してどうしようもないかんじでめそめそしつつ部屋に歩いて戻る途中に、

あ、しまった、水がないや、と思って、
でも食後にセバしてたのでお店ももうみんな閉まってて、
まあいいや、コップに外の浄水装置の水を汲んできて使おう、と思いつつ帰りました。

そしたら閉まってた売店のひとつのドアの隙間から明かりが漏れていたので、
ドアを開けて、

すみません、お水買ってもいいですか?

と聞いたら中にいたおじさんがペットボトルの水を出してくれました。


実はこのおじさんはパパ友で。爆

主名がイーシュワランマスクールの受験で書類を取りに行ったりなんやかんやで通ってたときに
このおじさんも息子のことで来てて、それからよく教育の状況についてなど、顔を合わせるたびにしゃべるようになりました。

そのおじさんとひとしきり主名のことをしゃべって、
その場を去り、

ああ、私は孤独だと思っていたけど、アシュラムのスタッフこそ孤独な人たちばかりで、
そういうような人たちとばかりバイブレーションがつながってしまうのは、
わたしも孤独なアシュラム永遠ボランティア組か!?

などと思いました。

孤独というか、なにか孤高のものをみんな携えているような気はします。

問題や喪失があったりする人も多いと思う。



ちなみに売店のおじさんは知的障害というんでしょうか?言葉がおかしかったらすみませんが、
イーシュワランマスクールを受験した息子のほかに、いつもウオーとかすごい大声で叫んでる息子もいます。

ウエスタンでいつもセバしてる、今日わたしに衝撃の投げキッスをしてきた
いかにも厳しい精神状態にありそうな自分を罰しているかのような年配の女性も
普通に楽しく暮らしてて、ああはならないだろうと、勝手ながら思います。

ほかにもウエスタンの主要スタッフでは、やはり障害を持つ娘がいて、プッタパルティに娘とともに居たんだけど、その娘が亡くなった後に、ずっと献身的にスタッフの仕事をしてるらしいよと聞いた年配の西洋人もあります。
その人もツンツンして結構きつめな感じですが。

しかし、ずっとこんなとこでスタッフをするくらいだから、特に外国人はまあ、普通じゃないし、
こんなとこのスタッフというなんともいえない立場に自分をなじませることができるくらい、
何もかも失ったような気分になったことがある人が多いのかもしれません。

わたしが前住んでたアパートの部屋の隣の部屋のおばあちゃんも、
サウスのスタッフで、充分おばあさんなのにすごい長時間働いてましたが、
だんなさんは別の聖者のアシュラムにいるとか言っていたかな。
彼女とはなんだかんだとよく立ち話をしまくったものでした。

インド人女性で、しかも年配で、だんなさんとすすむ方向を別にするというのはほとんど死を意味するくらいのものなのかも。

インド人の奥さんは、だんなさんからの独立を、このようにアシュラムの生活に支えられつつ実現していっている人が意外にもたくさんいる印象です。

どんなに不安定で孤独で、でも自由にあふれて冒険気分なことだろう、と思います。

ヴェーダを一緒に習ってたおばちゃんたちの中にもそういう人が数名いました。
その代償は小さくはないし、ものすごくきつい思いをしたり、恐ろしい孤独感や不安定な気持ちを感じたこともあっただろうと思います。

でも、そうして手に入れる、自分が自分である感じというのは孤独や不安定さを痛みとともにではあるかもしれないけど、
優しく抱き取れる強さを彼女たちに与えてくれていると思います。


自分が自分である感じというのはババを愛するときに同時にもたらされる喜びで、
一度それを味わってしまうと、どんなに女性としてのルールだとか世間の枠組みだとか、

そういうものに身動きが取れなくなって有無を言わさず服従させられている場合も多いインドの女性たちにも
なにが自分にとっての真実かを疑いの余地なく示してしまうのでしょう。

その光の歓喜を知ってしまった後では残念ながらもう自分をだますことができません。


だまされて、自分をだましていたほうがよっぽど幸せだったと弱音をいいたくなるときもあるかもしれません。


守るものが何もなくなってしまうのだから。自分からその共同想像の幻想を後にしてきてしまったのだから。

なにが彼女たちをそうさせたのか、と考えると、やはりババに会い、彼を見たときに感じた比類のない愛のすさまじさのリアリティ。
そしてそれを胸に保持する彼女たちの純粋さという強さ。信頼するという強さ。


男性たちもそうなんでしょうけど、
女性たちも数々のドラマをくぐり抜けて、この真実の場所に来ました。


彼女たちを守るものは何もなく、純粋な孤独がそこにあるとき、ババが直接彼女たちを守ります。

そういう、研ぎ澄まされた剣の先のようなきらりと、あるいは不気味にぬらりと光る個人個人の至高の孤独が、
この場所では基礎となってもいます。

あまりにもそれが美しくも怖いので、
ときどきつらいです。


でもそれらの恐ろしい孤独をババとの結びつきに変えて、
ババにずぶずぶと馴染みつつ入り込んでいき、

いつかは彼自身の至高の孤独を共有するときが来るのでしょう。



わたしはその孤独がほんとにいやで。笑



でも今日はそのような恐ろしくも美しい孤独ばかりを感じる夜だったので、
その孤独は孤高の性質だと知りながらも泣くしかできない感じでした。


ウエスタンキャンティーンに行く前はああ、やっぱりアシュラムの中って最高に素敵、みんなが楽しそうで幸せの中にいる。と思って、
ついうっかり、いろんなものを解除してリラックスしたらとんでもないものに切り替わった感じ。困惑するくらいによく泣けた。

なんかほんとにいろんなことが一気に来すぎて、私自身まだ混乱の中にいるのかもしれないなと思います。


この混乱の地平線から朝日は昇るのだろうか?



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【2012/01/07 04:26】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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