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サイセンター雑考
そういえば今日、白人系のロシア人の親子としゃべりました。

昔から知ってる親子なんだけど、しゃべったことはなくて、
というのは向こうは男親だけだし、私は女親だけなのでなんとな~くお互い距離を置いてて。

その息子は一時期主名と同じ学校に通ってたこともあって、
芝生でもよく2人でフリスビーをしてるのを見てました。

だから真似して私もフリスビーを買って主名と遊んだりしてた。笑
向こうは2人ともすごくうまくてミスなしでやってたんだけど私らは基本がミスで、たまにできたら喜ぶレベルだったけど。

しばらく彼らを見なかったんだけど最近また見るようになって、
向こうがこっちを気にしてるのを感じてたんだけど放っておいたら今日も視線を感じて、
ちょうどお茶を買って近くに座ったのではじめて話しかけてみた。

そしたらなんと今は中国に住んでるという。

これはすごく意外でした。
でも考えてみるとロシアと中国って距離的にも近いし、気分的にも近いものがあるのかな?

子供は中国の学校に通ってて、今は中国語の読み書きもできるようになったと言ってました。
だから日本語もいくらか読めるようになったよ、と。

そっかーー。


初めてしゃべったけど、感じのいい人でした。
息子も賢そうな。


主名はどうしてるの?ときかれたので、
日本の学校に行ってるというとなるほどという表情でした。

おたがい、インドの学校には苦労してますから、多くを語らなくてもわかるという。笑

君はここに永住するの?ときかれたので、
かもしれない、今は日本に帰るアイデアはない、、、、、(将来的には)わからないけど。
と答えました。



部屋に帰って用事で実家に電話して、ついでに主名に電話に出るように言うと、
「宿題してるから」と、会話拒否。

それならそれでいいんだけど、
ヨガとか神様ごとから離れると主名はやばいことになるとよく言われるので、それが気になるところです。

主名という名前も、アイデアが浮かんだのを(というか、魂を感じたときに名前も同時に来る感じ)
いちおう姓名判断でもチェックしてみたら問題なかったので考えることなくそのままつけたのですが、

姓名判断によると、この名前の、各年齢ごとの運勢みたいなのもあって、
どれもいいんだけど、「ただし」と、但し書きがあって、

だいたいが、ただし、他の人のために働けば吉、とかいうかんじで奉仕の必要性を常に言われてて、

だから、たぶんいろんな能力があるんだろうけど、
それを自分のためだけに使うとやばいことになるし運も開けないんだろうと思います。
彼の場合は特に。

じゃないと、正しいことを絶対認めないようになる、とかすごいアドバイスをもらったことも。

他の人には主名は念力タイプだとか言われた。どういうことかいまいちわからないけど。
つまり、全体性を保持して自己完結してるのかな。

だから、「彼にはヨガが絶対必要」と言われてるんだろうと思います。
ヨガって、神との合一のことですから、

単に自己完結してたらある意味悪魔的ですから。
包括的な全体とのギャップがある場合は。
神の意思から分断されている。

常に神の干渉を受け入れる余地が必要。

すべてを包括する全体としての神に個人性を溶け込ませた後は、もしそのまま肉体を離れて逝っちゃわなければ、その人は何らかの形で社会全体の安寧のために働かされるようになると思います。

昔サイセンターに来てたインド人の女性聖者が、サイセンターで責任を請け負って働いているような人は解脱の進んだ段階にいると言っていました。

彼女の分類では解脱の段階は4段階あるそうで、
これはサイババの分類とも矛盾しません。
たぶん昔からインドにある分類方法のひとつなんだろうと思います。

その、サイセンターのハードワーカーは解脱の進んだ段階にあると女聖者がいうのを聞いて、そのとき私は納得がいかなかったのですが。笑

今はなんとなくわかるような気もします。

つまり、彼らは解脱した後に起こる状態を体現してるので。
神の直接の意思を体現して実行するという。

で、そのときそれは解脱してるのと差がないし、
単に解脱というか、覚醒しただけの人だったら他から切り離された状態で自我が肥大しておかしなことになる場合もすごく多いと思うのですが、

センターの場合はシビアなとこがあるのですごいたたかれますし。爆
まあ、たたくのはどうかと思うので、たたかれないにしても、サイババという超自我をみんな自分の基盤にしてるので、
それ以外の自己完結した自我の小ささが相対化されやすいし、滞りとみなされてあっというまに解消され(質が同じなら、ババの超自我に溶け込んで)、無力化・無害化されやすい。

覚醒後の肥大した、もしくは一体性のないこの世界とのギャップに苦しむ自我がなだめられて全体の中で安らげます。

聖者がサイババのもとで安らぎを得るのはそういうことだと思います。
すべてのものにとっての安らぎを得ることのできる避難所であるアバター。

ただし、帰依者の自我という無敵レベルの強烈なえげつないものもあるかもしれないけど、この場合それは置いといて。笑


アバターに帰依するときついけど超特急というのは、そういうジャンプが起こるからかなと思います。

言ってしまえばアバターに帰依した時点である種覚醒みたいな。裏技というか。

プッタパルティという場所もそういう性質を帯びてると思います。
ここに滞在することによって、自動的にある種の覚醒の状態がもたらされる。

それぞれの場所に戻れば元通りかもしれないけど、
一時期でも滞在すればその間にものすごく多くの滞りが解消され、それぞれの場所に戻ったときにそれに気がつく人も多いと思います。

滞在中に自動的にクリーンナップ、チューンナップされる。

それぞれの場所に戻った後も、魂が真実の状態を記憶したので、ここで見た魂の可能性がその後の人生でも魂自身を導くと思います。


話はそれましたが、もどすと、

わたしは、はっきりとした解脱の覚醒体験を基盤としてなかったら風通しの悪いおかしなことになりやすいと感じてて、
だからそれがすでに解脱を求めていない、サイセンターを通して奉仕生活を楽しむ?彼らに対する女聖者の高評価に納得がいかなかった理由のひとつだったのですが、

というのは、サイセンターはサイセンターでなにか閉じた感じがあるような気がしたりもしたので。

排他的なとこもあっただろうし。


でも、サイセンターに来てる人で強烈な覚醒体験を持つ人も少なくないと思いますが、
そういう人どうしでもやっぱし、いがみあいとか、つぶしあいじゃないけど、あるのが不思議だった。

お互いを否定しあうのは今の時代どこでも見られることで、表面的な付き合いなんだったらそういうことも起きないかもしれないけど、

サイセンターなんかは一番深いところでの付き合いだから、そういうのも苛烈。
それぞれが自分の全存在意義をかけてるから。

つらいこともいっぱいあって、そんな変な世界にいるくらいならと、去っていた人も少なくないと思います。

それはそれでなにかその人の道だったと思うし、
センターに関わらない人からババが離れることも不可能だと思います。

ババは、神は、いつもあらゆるものとともにあって、そもそも神以外は存在しないので。


私も、サイババ以外のかかわりは社会の中でするのが自分で難しいかんじで、
しかしセンターにも自分がいることでそれ以上のいい反応が自他に起きなさそうな閉塞感を感じ、
センターに関わらずに社会に関わるというのは自分にとっては自殺行為だったので、

どうなったかというとプッタパルティに行ったのかな。
ジャンプしたかんじ?

そうしてみると、外から見るとやはりサイセンターの存在意義というか、それが維持されてることのすばらしさや奇跡を改めて発見した気がします。



やはり、サイセンターはサイババの直接の手足となってる機関で、サイババのエネルギーが直接流れてる場所だと思います。

個人が寄り集まってるから、個人個人の思惑でいろんなブロックができあがったりとか、そういうこともあるかもしれないけど、
サイババのエネルギーが常に流れているので、
いつまでもなくならない滞りはないと思います。

みんなが自分の個人性を外からの力でではなく、自発的な内面の促しによって手放していき、
真の一体性、永遠の一体性がいつもそこに表れていますように。切に願います。



なんだかんだいって、サイセンターは神そのものが直接この世界に現れてる場所だと思うのです。



P1200348_convert_20120124200604.jpg

↑↑↑
こないだつかまえて元きたところに返したネズミ。

ネズミは深夜の11時から1時をカバーする動物らしく、(子の刻)
日付が変わるときで、陰陽を兼ね備えた動物なんだそうです。

それが体のつくりにも表れていて、
前足の指が4本(陰)で、後ろ足が5本(陽)指。

ね。
(ギャグじゃないです)
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テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2012/01/24 18:34】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(2) |
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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2012/10/27 08:30】 | #[ 編集]
コメントありがとうございます。

日本もいっぱい色んな人がいるし、今はどこにいてもネットで出会えてしまう時代でもあるから、ほんとに国境があまり意味を成さなくなってきてますよね。

いつでもどこでもすべての状態の人がいて、きっと自分が準備ができたときにそれらの人とはいつでもどこでも会えるし、

結局は自分の状態をいかに曇りのない状態にしてキャパを広げておくかかなと思ったりもします。

英知を与えたい人、伝える準備のある人はいっぱいいると思うんだけど、
それを喜んで受け入れたい人って、あまりいないと思うので。

みんなそれぞれ自分の思惑や判断で拒否したり、否定して見下げたりするので。

これは自分にも言えることなので、なんとかひねくれが解消されて、いいものがいっぱい流れ込めるようにと願います。
【2012/10/31 22:57】 URL | 古野SAWAKO #-[ 編集]
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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