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しかし、、、ホーマム
しかし、カレシュワールのホーマムの様子とか、今日会ったチェンナイの人らの様子とかみてると、
日本のカルマ解消プージャや世界のカルマ解消プージャのホーマムがいかに猛烈に行われてきたかというのが分かりました。

明日11人のお坊さんでルッドラホーマムが行われるわけですが、
インド各地からそれに参加するために300人くらい来てるとか。聞き違いでしょうか??

カレシュワールのとこの動画でも、小さな護摩壇を大勢が囲んでやってました。
普通はそんな感じなのでしょうか。

私は先入観とそういうのに関する一般常識がないので分からないんだけど、

ああゆうのが普通だとすると
去年や今年、カルマの解消として行われてきたプージャのなんと常軌を逸した猛烈なやり方だったこと。

占星術師はプージャが終わった後でも(いつもだけど)興奮してて、
私はそういうの疲れるしどうでもいいからものすごくシラ~として冷たくしてるんですけど、
終わった瞬間忘れるし。(やることは残ってるんだけど)

今日みたカレシュワールの動画や、今日会って話を聞いたチェンナイの人らのやり方をみると、
占星術師がわたしになんというかどういうことをやってるか自覚させようとうるさく言うのもしょうがない気がしました。

わたしなんでも大ごとと思うのが好きじゃなくて。
大ごとと思った瞬間できなくなることってたくさんあるので。
だからいつも何でもそれより大きいことの比較で小さく見るようにしてます。

チェンナイの人らはジョーティーリンガムだったかな?
12のそういうリンガムがインド各地にあるらしいんですけど、
それにルッドラホーマム(11人のお坊さんで行われるルッドラのホーマム)をして回ってるらしく、今回で3つ目だそうです。

1ヶ月とか2ヶ月に1回の頻度で回ってるらしい。

今回私の世話役を押し付けられた人が、クアラルンプールやタイのチェンライでのアティルッドラマハヤグニャのアレンジをした人らしいです。

今日も夜まで行き違いの連続で「どうしたらいいんだ」といわれ、「しるか」と思ってわたしは半分くらいカーリーになりかけてたんですが、
夜になってようやく会えて、
さっきみんなの宿泊場所でのバジャンに参加してきました。

未だに半分カーリーなんですけど、
なにかわたしが他の人たちにうかつに混じってしまってはいけない、分離していないとうまく機能できなくなるような理由があるのかもなとも思ったり。

今回情報を私に流して、紹介してくれた人はクアラルンプールとかでは彼らは11人のお坊さんでしかしてないといってたんで、
そんなんだったらやる意味あるんだろうか?
と思って、今回来るのもあまり乗り気じゃなかったんですが、
実際は140人のブラーミンを、クアラルンプールとチェンライ(タイ)に連れて行ったそうです。

タイとかはビザ問題ないみたいだけど、
日本だったら難しいかもというと、日本からの招聘の手紙があったら政府は止められないよとのことでした。

わたしが8月に考えてるというと、
9月もいいよと、その責任者じゃないけどチェンライに行って参加した人が言うんだけど、
私は日本の状況からしたらできるだけ早くやったほうがいいと思うし、
夏がいいと思うという旨を話したりしました。(9月も気候的にはOK だけど)

準備にはどれくらいの期間必要か聞いたら2ヶ月あればOKとのことでした。
ただし、本番前に数名が現地の様子をチェックしに行かないといけないとのことで、
最初は3名、次は5名がチェックしに行くかんじらしいです。

ちなみに予算は招聘する国持ちです。

日本がやるなら日本が出さないといけない。

そういうかんじらしい。


でも、予算さえあれば実行にはまったく問題なさそうな雰囲気です。

占星術師に聞いてたとおり、食事とかも彼らがインドから食材と料理人を全部持っていって自分たちで全部やるから
べつに日本人がどうやって彼らを世話したらいいのか悩むこともないみたいです。

8月に日本でアティルッドラマハヤグニャはきっと行われるんだろうという流れな気がします。

たぶんそれはババの意思で、ぜんぶババが面倒見てるんだろうと思います。


しかし、この流れだと、占星術師は主催側としては関わらなくなりますね。
日本でのアティルッドラマハヤグニャには。

わたし思うに、彼(バラティさん)はインドで先日行われたサハッスラチャンディホーマムのさらに巨大な規模の、なんて名前か忘れましたけど、
1008人のお坊さんでやる女神のホーマムをインドでやることになるんじゃないのかな。

そういう気がします。

ルッドラム、シヴァのホーマムだけでなく、バランスとして女神の大規模ホーマムも上では予定されているような気がします。

先日のサハッスラチャンディホーマム、あれは確かに大ごとだったらしく、
多い日には6台のテレビカメラが撮影してました。

少なくとも新聞に写真入りで記事がのってるのを一つは見ました。

毎日有力政治家とか、霊性の世界の有名人とかゲストで来てたみたい。

ホントどうでもいいと思うんだけど、
そんなかんじでした。

最終日にはインタビューをうけて、
バラティさんはわたしに、日本語でしゃべれ、そしたら自分がタミル語で通訳するからとあほなことをいうので、
(つまり、わたしがいった内容と関係なくバラティさんが適当なことを通訳してるふうにカメラに向かっていうという提案)

誰も理解しない受け手のいない日本語でしゃべる気も起きなかったので、(あまりにもばかばかしい)
たいしたこといえなくても英語でしゃべったんですが、
そしたら少しはいいたいことが直接汲んでもらえるだろうと思って。

バラティさんはそれに付け加えて10倍くらいしゃべってたから、楽といえば楽。

何がどうなるのかはよくわかんないですが、
誰かがそういうこれらのアイデアを保持する役目だろうし、
とりあえずそういうアイデアを保持しておいて、どういう形でかはわからないけど、物質化するのを見たいと思います。

なんかきっと行われるっぽい気が。

途中でわたしはエゴイスト認定されて用なしになるだろうけど。笑


とにかく、行われるでしょうね。

日本には本当に今こういうものが必要だと思います。
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テーマ:ヴェーダ的生活 - ジャンル:心と身体

【2012/03/18 03:28】 | プージャ | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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