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ラーメーシュワラム脱出
明日22日はラーメーシュワラム脱出の日です。

250px-India_Tamil_Nadu_location_map.svg[1]

ちなみにラーメーシュワラムはここ。
スリランカとつながりそうなところ。
インドの右下です。


200px-East_Gopura_of_Rameswaram_Temple[1]

ラーメーシュワラムのメインのお寺の海側の入り口。



なんか、日記が全然現実に追いついてなくてどこから書いたらいいかわからないですが、

とりあえず、明日ばたばたしてもしお寺にもう行けなかった時のために、
今日の夕食後に夜のラーメーシュワラムのお寺に行きました。

夜のお寺もいいですね。
インドのお寺の暗黒な感じと夜の闇がうまく溶け合って妙に落ち着きます。

夜8時くらいに行ったのですが、そしたら楽団の音楽が聞こえてにぎやかでした。

なにかな?

と思ったら、

たぶんシヴァが自分のとこからパールバティのとこに帰る儀式をやってたんじゃないかな。
今日も一日お疲れ!みたいなかんじで。


シヴァのいるとこの建物とパールバティのいるとこの建物は隣り合ってて。

シヴァの神像?はなんかすでに寝てて!?
神輿に乗せられて寺の中の所定のルートを練り歩いてたみたいな。

たぶん、パールバティのとこに帰るんじゃないのかな。


マドゥライのミーナクシテンプルでも毎晩そんな感じだったから。


とにかくなんか盛り上がってたのでラッキーとか思って、
そのシヴァにささげられたアルティの火をいただいて寺を後にしました。



今日は実は朝からこの町のメインのお寺以外のお寺を回ってました。

オートリキシャで1時間半で200ルピーだった。


町中に散在するお寺ってラーマ関係のお寺が多そうだったので、
ラーマにお参りするんだったら水曜日がいいかな?と思って、
(ほんとにいいかどうかわからないけど)
今日までお参りするのをあえて残しておいたんです。

この町の名前のラーメーシュワラムというのもたぶんラーマから来てるんでしょうね???
ラーメーシュワラムということで、ラーマの主、みたいなかんじになって、
結局シヴァのことをそういう呼び名で表現してるのかなと思ったりしますが。


ここはラーマのためにハヌマーンがランカ(スリランカ)に橋をかけたので有名な町ですが、後日談もあって、
ラーマが死闘の末、悪鬼ラーヴァナを殺したわけですが、
ラーヴァナはブラーミンだったので、クシャトリアのラーマが自分よりカーストが上のブラーミンを殺すという重罪を犯したということで、
(カーストが下だったらいいのか?というのはこの際おいといて)

そういうカルマを解消するために、シヴァに祈ろうとして、
シヴァリンガムを所望したらしいです。

んで、ハヌマーンが「おまかせあれ!」みたいなかんじで
はりきってヒマラヤから2つのシヴァリンガムを空を飛んで運んできたんだけど、

おそいわ!ちゅーことで?
ハヌマーンがラーメーシュワラムに戻ってくる前にシータが砂でシヴァリンガムを作って、
ラーマはそれに礼拝してさっさとカルマ解消(ドーシャムニヴリティ)を済ませてたらしい。

Rameshwaram Shiva[1]



しかしせっかくはるばるヒマラヤから2つもシヴァリンガム運んできたのに、
「なんでやね~~~~~ん!」
とハヌマーンが言ったかどうかは知りませんけど、
面白くない様子のハヌマーンに、ラーマは
「ごめんごめん」
と言ったかどうかは知りませんが、

おわびのしるしに?

ラーマのシヴァリンガムを礼拝する前に人々がハヌマーンが運んできたシヴァリンガムを礼拝するということにしよう
と決めたみたいです。

なので、ラーメーシュワラムテンプルの入り口の近くになんか昔の吉田戦車のシュールなキャラのようなハヌマーンが祀ってあるんですが、
そのよこに、ハヌマーンがヒマラヤからもってきたシヴァリンガムが祀ってあって、
ラーメーシュワラムテンプルに来た人はまずそこのリンガムを礼拝することになってるみたいです。


しっかし、ハヌマーンの像ってむっちゃくちゃシュールなのが多すぎて、、、、
インド全国のハヌマーンの写真集でも刊行したいくらいです。

まさに吉田戦車の世界ですよ。(実はかなり好きだった)

すでにサルの形すらしてないのも多いし。
なのに小さな目の視線がやたら鋭いという。


どーでもいいけど、ラーマがラーヴァナを殺したカルマを解消した、というシヴァリンガム多すぎますよね。
タミルナドゥのあちこちにそういうリンガムがあることに気がついた。

日本全国にある、弘法大師によって湧き出てきた泉、みたいなものですか。(ちょっと違うか)

とにかく、ラーマはカルマ解消のためにシヴァに祈ったということがこの場合の主題なんでしょう。
(シヴァがブラーミン殺しのカルマ解消のためにヴィシュヌの化身スダルシャナに祈った逆パターンもあります)


だから、ラーメーシュワラム(ラーマの主=シヴァ)ってことなのかなあ?
適当な推測です。



でもこのハヌマーンの運んできたリンガム、私が寺に来た初日は寺の関係者の案内で回ったので
その場所を知ったけど、その後一人で何度行ってもその場所を見つけられない。。。
ごめんハヌマーン。

ちなみに、私はてっきり、チェンナイサイユースの人がこの、寺の関係者を手配してくれたと思ってたんだけど、そうじゃなくてどうも勝手に来たらしい。
だって、ホテルに夜に到着してすぐに部屋に直接尋ねてきたのがその寺の関係者だったもんで(「明日8時に来ます」と決定事項のように言った)、サイユースが送り込んだプージャの関係者だろうと勘違いしました。
サイユースの人らは忙しくて来れないのかもしれない、とか。思って。

翌日のプージャのことも彼は心得てるそぶりだったし。(ホテルから聞いたんだと思います)

占星術師とプージャに回ってたときはいつもプージャ前かプージャ後、もしくはプージャ中にお坊さんが寺の案内や説明をしてくれてたのでそれが普通と思ってたこともあり。

私がチェックインしたホテルはサイユースの彼らが予約してくれたんだけど、私は彼らがどこにいるのか知らないし、ホテルにチェックインしたときは自分ひとりで、その後もサイユースの人らとは全然顔合わせられないし。

一人で行動するのには慣れてるからそれはそれで平気で快適に過ごしてはいたんだけど、

わたしは状況わかってなくて、
サイユースにそういう人が寺から来てるとか報告して言っても無反応で、私が、はまった状況を向こうは少なくとも私よりかは把握してるはずなのに
(だってそんな人彼らは送ってないから)

半放置で、とにかく今から行くわと電話で言われてホテルで待ってても来なかったり、(ほんの徒歩数分のとこに彼らはいた)
いろいろタイミングも悪く、話もなんか通じず、響かず、いろいろ行き違いの連続になって混乱して、しまいに「どうしたらいいんだ」と聞かれ、わたしは一人は全然平気だけど、この関係性に置かれたことにおいてはまずは会いに来るべきでしょうと思って(私は向こうの居場所知らないので)半カーリー化したというわけ。

いくら来賓を迎えるわけじゃないにしてもよ、
いちおう右も左もわからない初めての場所にプージャのために飛行機を乗り継いでやってきた女子なんですが。。。
持ち上げる必要はないけどせめてあと少し、人間的に気を回して欲しかった。。。
そーゆーのも自己中の悪魔的な考えとみなされそうな。

もしやサイババの教えに従って、異性とは極力接触しないようにしてるんかといぶかしく思いました。
(とはいっても、わたしの世話役押し付けられの2人は役員系なのでユースというもたぶん50代。。。)

で、結局こちらから電話して、向こうもとにかく直接顔を合わしたほうがよさそうだとようやく思ったらしく、ようやくようやくようやく翌日の夜遅くに男2人で連れ立ってホテルに来ました。

そのころには寺の関係者はサイユースのプージャとは何の関係もないことがわかっていました。
色々案内料とかのお金を普通に請求されたから。笑

お金は別によかったんだけど、寺関係者のノリについていけなくなって途中でつまらなくなって、無表情になってたら
寺関係者は私がお金のことでカンカンに怒ってると思ったらしく、
「お金は問題じゃないんだよ!お金は来ては去るんだから!」
と、必死で説いてたのが笑えました。

ああたぶん、西洋人とか同じように案内して激怒されたりした経験がたくさんあるんだろうなあ、と思いました。


怒ってたわけじゃなくて、つまらなくて無表情になってただけ。笑


それはともかく、彼ら(サイユース関係者)は徒歩数分のとこにいたのでした。。私は街のことも着いたばかりでわからんし、彼らがどこにいるかもなぞだった。

彼らは私をこのプージャに送り込んで「彼女の世話をしてくれ」と言ったチェンナイの人とは「30年来の知り合いなんですよ」と笑顔で言ったので

「わあ」と喜んで見せる気も特に起こらなかったので、
「そうですか」
と、無表情に答えました。

なんで夕方のバジャンにこなかったの?といわれ、「だって知らなかったもの」と言ったら
「昼間にメールおくったのに」と言われ、
メール一本だけかい!そんなのたぶんトイレとか行ってて気がついてないよ、連絡つくまで電話してよ。と思ってそう言ったんですが、
「素晴らしいバジャンでごはんもあったのに(←残念そう)。ご飯食べた?」と聞かれたので
「食べました」と答えたという。(←無表情に)

だってすでに夜8時。
夕食はなんか一緒に食べるみたいなことを朝聞いた気がしたので
夕方からホテルで待機して連絡を待っててこなかったから気分切り替えて出かけて、町の食堂で適当に食べたあとだった。
これ、私だからいいようなものの、、、と思いつつ。
(逆に、放置されてもっと不安になって向こうに依存して
もっとこっちから電話とかしまくってたら、向こうにあわせたペースで物事がすすんでうまくいってたのかも?無理。。。)


で、翌日の本番プージャはどこに行けばいいのかさすがに教えてもらわないとと思って電話したらそんなかんじ。

でたよ、これがセンターだよ、善良だけど心がないよ。。。
と正直思ったんですが、(センター関係者すみません)


翌日のホーマムの場所も、顔を合わして話すものの、建物の名前を言うだけで、私を迎えに誰か来るのかこないのかわからんし決めるそぶりもなさそうだったので、

「もし歩いて数分なんだったら、今からそこに行って確認しておきたいんですけど。そしたらもし明日誰も来なくてもわたし一人で直接行けるし。」
と言ったら
「おおそれがいい」
ということになって、その2人と一緒にその場所まで歩いていきました。

その後もう一箇所でもバジャンやるけど行く?というので悔し紛れについていったら、
みんなが泊まってる場所っぽかったです。

しかし妙なローカルムードになんとなくなじめず違和感を感じながら一緒に座って時々歌ったりもしてたら、
途中で知ってるチダムバラムのお坊さんがにこやかに入ってきました。


今まで顔見知りになったお坊さんの中で一番印象悪いお坊さん。
たぶん向こうも。?
ちょっとしたことでここぞとばかりに頭ごなしに私に対して(誰に対してもなのかも知れないけど)威圧する。
そういう印象のお坊さん。




うわっ、と思って、しかもにこやかに入ってきたので、おげ、、と思って、
私もまだ微妙にカーリーだったし、

ほとんどバジャン楽しめなくて、そのあとまた別の人に「ごはんたべた?」とかいわれ(すでに夜11時)
無表情に「食べました」と答え、


私の世話を押し付けられた主要な2人はおそらくこの時のプージャの主要な2人でもあったので、
バジャン後そのお坊さんと私も加わって丸く4人で向かい合ってなんか話をしてて、
私とお坊さんは明らかにお互い知ってるんだけど
数十センチの距離で隣り合ってしゃべっててもお互いをいないものとみなしてました。笑

女性同士だとよくあるんだけど。笑。
男性相手だと今まで感じたことのないような緊張感のある空気がお互いの間に発生。。。


今までプージャで自動的に顔見知りになったお坊さんたちは、とくに責任ある高い立場や権威のある人は、
みんな最初は私に対して伝統に基づいた拒絶反応が出てるように見受けられたり辛らつな雰囲気の人も
実際少しはいて、(外人女が一人ででしゃばって違和感、みたいな??←被害妄想??)


チダムバラムは誇り高き戦闘員みたいな雰囲気のお坊さん少なくないし、そういう人も少なくはないんですが。
でも回を重ねるとみんな認識&受容してニコニコと向こうから声をかけてくれるようになったけど、
このお坊さんだけは違った。

このお坊さんだけはもう接点ないし、共鳴しないし、全然あわないし、合わす気もないという男らしい?お坊さんでした。

よりによってこの人がメインプリーストとして来るとは。。。なんか、、、今回のプージャ、自分にはすごく合わないのかもと思った瞬間でした。


しかしそれは後にくつがえされる。。。





「ちなみに」がとてつもなく長くなりましたが、

とにかく今日の朝はラーマ系のスポットめぐりをしてました。

ラーマの足蹟??????のお寺とか(眺めよくてきもちよかった)
シータが沐浴した沐浴場とか(工事中の中みた)
クリシュナテンプル、ラーマテンプル、ハヌマーンテンプルなどなど。


ラーマテンプルの敷地のなんかヘビの(シャクティ?)お地蔵さんみたいなのがいっぱい設置されてるとこが
ビジュアル的によかったです。
お参りしたらでかいトカゲが出てきて、
トカゲもヘビみたいなもんだし、ウェルカムってことかね、と思いつつ堪能してたら
そこに生えてる(植えられてる?)ビルバムの木(シヴァの木)から固い実がごとっと目の前に落ちてきたので、

これはプレゼントですかい?
と思って、

一応自分の中でそこの神様たちに聞いてみてからもらって帰りました。
もらってもどうしたものかわからんけど。

お参りを終えて去ろうとしたらまたさっきの巨大なトカゲが出てきたので記念写真を撮っておきました。


ラーマポイントめぐりを終えて寺の前でオートに降ろしてもらってからはまた、町のメインの寺の
ラーメーシュワラムテンプルに入りました。


そんなにむちゃくちゃ寺が好きというわけでもないだろうに、
なんかいつのまにか染み込んだ行動パターンに突き動かされてる気もしないでもなく。

入り口で花輪を2つ買って、本尊のシヴァとパールバティお参りしてそれぞれにささげました。

この寺のパールバティは何か私は縁があるのか?
前回お参りしたときもシヴァリンガム以上に強い印象を受け、
今日もなぜかとてつもなく美しいものに感じてこみあげてくるものがありました。


過去生で何回か来てたりとかはしててもおかしくはなさそうですが。

というか来てるんでしょうけど。


その後、有名な1000本の柱の回廊が寺の外周だということに気づき、そこを歩いたり休んだりしました。

これ有名でよく写真見てて、一度行って見てみたいなと思ってたんですが、
イメージで、スリランカに伸びる半島(砂州?)の上を回廊もまっすぐどこまでも伸びていく、と思い込んでて、
実際は回廊だけに、口の字型の、寺の外周でした。
でもこれか~!と、確認できてよかったです。
有意義でした。

11DSC01915 (1)

寺の、1000本柱といわれる回廊。



ここは海辺なだけに、貝とその製品が多く、
一応今度いつ会うのか知らないけど(ろくにしゃべってもいない。向こうも興味なし)
子供にいろんな形と大きさの貝殻を買い、

ぶおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!!

と鳴らすほら貝もいくつか買いました。

ほら貝の半?重低音の音がすごく好きで。


私はうまく音を出せないんだけど。

いつか出せるようになるか、誰かが吹けるだろうと思って。


寺の中のあちこちの店で買ったんですが、面白いもの(興味深いもの)がいっぱいありました。



朝から活動量が大きかったので、さすがにお腹がすいて、昼食のミールス、たくさん食べました。




※画像はウィキやグーグルの画像集からもらいました。

ウィキ
http://en.wikipedia.org/wiki/Rameswaram

グーグル
https://www.google.co.in/search?q=Rameshwaram&hl=en&rls=com.microsoft:en-in:IE-Address&rlz=1I7PRFA_en&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=6ZpqT9yeMYPQrQfP_cyJAg&ved=0CEkQsAQ&biw=983&bih=486&sei=75pqT-yeIc7jrAfv2e2fAg
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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