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ラーメーシュワラムからマドゥライへ
昼2時過ぎにラーメーシュワラムを出てマドゥライに来ました。
やっぱミーナクシテンプル、いけるときには行っときたいなと思って。

タクシーで3~4時間の道のりでしたが、(2500ルピー払った←相場より安い)
やっぱ車は疲れるな~!

ずっと後部座席で横になって寝ててけど疲れました。

実は昨日の晩から少し下痢っぽいこともあり。
たぶんいろんなお寺で怪しいプラサードとか飲み食いしまくったからだと思いますが、

けだるいかんじ。
微妙に熱っぽく。

でもこれっていわゆる食中毒ですが、
平気みたいです。

学生のころ、新年会で集団食中毒になったこともあって、(新聞に載った)
やっぱああゆうのって、
やばいのを食べた量にもよるでしょうけど、
症状には個人差があるなとつくづく思いました。

そのとき私もなんとなく調子悪くて、
でも比叡山にスキーにいってて、滑って、滑り終わってギトギトラーメンを食べようとして、
なぜか食欲が湧かなくて、
「これは何かおかしい、、、食べれない。。。。」
と思って、当時住んでた学生寮に帰ったら集団食中毒の知らせが来たという。

食中毒だったんだ~。みたいな。

体力と回復力があることには定評があって、39度の熱でも普通にご飯食べてた私だったので、
ご飯が食べれないってすごくおかしい、、、と思った。


そのとき、やっぱひどい症状の人は相当ひどかったみたいで、
3日3晩上からも下からも出しまくりみたいな。
死にそうになっていたらしい。


今私も食中毒なはずですが、だるいけどまあ平気。


でもだるいので、ちょっとちゃんとしたとこに泊まりたかった。

ほら、ぼろかったり不潔なとこってそれだけで具合悪くなるし、
いいとこに泊まったらそれだけで疲労回復するし。



しかし、マドゥライのホテルは予約してませんでした。爆

あらかじめホテルチェックする余裕がなかった。



マドゥライの町についてからドライバーに「まだホテル予約してないからいいとこしってたら連れて行って」
と、適当なとこに連れて行ってもらったんだけど、
連れて行ってくれたのが以前泊まった事あるホテルで、値段の割りにいまいちだった記憶があるので、

パソコン開いてネットで調べて適当に電話してみました。

最初に電話したとこは満室で、

GRTのホテルチェーンは、前よかったので、味を占めて、
サイトではシングル2000ルピー代と書いてたので、それくらいならそこがいいなと思って
電話したけどでかい部屋もシングルも5000と言われたので
それはちょっと、と思って(直接行ったらぜんぜん安かったのかもしれないけど)

別のホテルに直接電話したつもりがインド系の旅行サイトの電話番号で、
(その名もTravelguru.com、、、トラベルグルだって。笑)

ネット予約とかだったら安いといわれたんだけど、(2500が1700に)
クレジットカードで支払わないといけなくて、持ってなかったので、
残念だけど無理だなーと思って、
部屋はありそうだったので直接そのホテルに行ってみました。

そしたら今はスイートルームしか開いてないといわれ、
でもすごいいい部屋だと勧められ、10パーセント割引するからといわれたんだけど
それでも3500だったので、(5~6千円)
明日の朝早く出発するし、泊まりたい気もするけどもったいないなと思って
そう言ったら
ACなしの1000ルピーくらい(2000円弱くらい)の部屋を「インド人仕様なんですが。。。」と出してきました。

えーなんだそんなのあるならいいやん、どうせ夜いるだけで暑くないし。と思って部屋を見せてもらったら
充分きれいで清潔で(もともとがいいホテルなので)備品も完璧だったので
喜んでそこにしました。
違いはバスルームがシャワーじゃなくてバケツ式というのと和式トイレのようなインド式トイレなだけ。
全然オッケー。
窓からの眺めもいいし。

そんなに節約する気もなかったんだけど、
まあいいかと思って。

安くていい部屋に当たってよかった。

朝食付きでWiFiもあるという。

従業員もみんな感じいいし。



部屋に案内してくれたマネージャーは屋上のレストランも案内して「あれがなんとかテンプルで」とか、景色の中の観光名所というかいいとこを教えてくれた。
(どこも行ったことあるけれど)


節約振りに好感をもたれたのか、なぜか
「きみはまるでインディアンガールのようだ」と密室のエレベーターの中で握手を求められたので
多少引きながら応じたら他の外人のお客さんが乗ってきたのでよかった。

あの様子からするとたぶん私のことを20代後半くらいに思ってるはず。



まあとにかく快適な部屋でよかった。

先日の世界のカルマ解消プージャで、下痢にはブラックティーとかレモンジュースというのがインド人の定番の治療法だと聞いたので、
あわせてレモンティーを頼んでのみました。

マドゥライは私はとても相性がいい町だと思います。

そういう場所ってあると思う。

会う人がみんななじみやすい。
会う人がみんな自分の心の中で感じられるというか。

きっといいカルマだけがこの町と私との間にあるんだと思う。


スリランカもだいたいそんなかんじでした。


マドゥライの町の制服を着てる小学生男子を見ると、
なんだか少年時代のラマナマハリシが時空を超えてそこにいるような気になります。

その後の彼の運命もまだ知らずに。

この町は何かそういう時空を越えた柔らかな羊水のようなもので大気が満たされている気がする。


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【2012/03/22 23:28】 | 小旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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