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雨の降ったプッタパルティ
先日チェンナイの記事を書き終わったので少し肩の荷が下りた気が。

あいかわらずものすごい疲労感。
何もしてないんですが。
というか気力が起こらないというか。

なんか脳の感じも普通じゃないと言うか。

例年、今頃は気温がどんどん上昇していく季節なので、だいたい脳が沸騰しておかしくなる人がちょくちょく出てくるんですが、(裸で歩いたり、一人で悪態つき続けたり)

そういう脳のおかしくなり方と、蓄積したストレス性疲労とがあいまって脳として機能するのをやめて脱力に変わってる感じ。


あんまりいい状態ではないんですが、全然無理はしてないのでそんなに悪くもないと。


私もインド長期滞在最初の年のこの季節はものすごいストレスで、人間関係もきつくって、(当時、でかくてきつくて恐ろしいロシア女性が敵だった。笑)常に脳がぎりぎり圧力がかかっててしかも暑くて膨張してて(←どっちだ?)
子供の世話と当時半不法滞在状態だった圧倒的な不安もあり、(ビザを頼んでた人が逃げた)

なんか毎日軽く精神が切れてめそめそしっ放しでした。


今もあまり変わってないのかもしれないですが。笑

今は疲弊しきってる感じが強くて個人性喪失状態かも。


個人性喪失したらエゴに悩む霊性修行者としてはいいようなもんですが、
個人性喪失してより統合方向に上げていく力に引っ張られてたらいいんですけど、

どっちかというと逆?爆

そうとうきついもんがあります。

ああでもなんとかアゲていけるように整えていこうと思います。


この状態っていったいなんなん?
どこに行き着くの?

と混乱した頭で思ったりもします。



別に普通なんだけど、脳の状態としては自失、もしくは虚脱?


こんだけいっぱいずらずら書いてて自失もないでしょと自分でも思いますが、
こういうのはたいして考えて書いてるもんでもないので。

指先のレクリエーションと言うか。笑



でもこういうのを書いてるときは少なくとも自分がまとまってる感じはします。


作業にいろんな感覚が使われて協力し合ってるからでしょうね。



今みたいに、別に普通なんだけど、自失、というんではなくて、
10年位前の、全然普通じゃなくて、自失、という状態のときはやっぱり自分をまとめておくために
ずっと絵を描いていました。

じゃないとどうしようもなかったので。


作業に従事してる間は混乱がおさまってて、丸ごとひとつの自分として機能してるんですよね。



今こういう日記とか書くのもそれに近いような。
絵も、絵自体は考えなくてもそのころはいくらでも描けたので、
最初に来たアイデアを画面に表していく単純作業、もしくは手が瞬間ごとに自動的に考えて描いてて自分は考えてない感じとか。
そのだいたい2つのパターンだったんですが、

こういう日記とか書くのもたぶん自分の状態としては同じようなものですねきっと。

こういうキーボードを打っていくのは後者の、瞬間瞬間、手が考えて書くほうのタイプかな。



タイトルは「雨」でした。

そう、今はいわゆる酷暑期のはじめなんですが、
私がチェンナイにいるころは結構暑くなってたそうですが、(暑さでやられた人も裸で歩いてたらしい)
プッタに戻ってきた晩に雨が降って涼しくなりました。

今日も何度かざあっと降って、雨量としてはさほどでもなかったのですが、気温が下がっていきものに優しい空気となりました。


ほんと、プッタパルティは気候の面から言えば年々過ごしやすくなってきてると思います。
慣れてなかったせいもあるでしょうけど、
昔はホント暴力的に暑かったですもん。一歩外に出たら暑さに殴りつけられる感じで。

今は過ごしやすい。



しかしサイババがこんなに巨大なアシュラムを残しておいてくれて本当に助かります。

でなければ、私なんか何をよりどころにして生きたらいいのかたぶんわからなかったと思う。

今も虚脱でいろんなものにむやみに同調してだーだー涙が出たりと、まったく自制心のない私ですが、

アシュラムがあればそこにすべてが集まってくるし、すべてが保存されてるし、
私にとってすべてのいいものがそこにある感じです。


アシュラムも物質として存在しているからには永遠ではないかもしれないけど、
少なくとも今はこれがあるのでまだ私の精神も安らぎを見出せるというか。
生きていくための精神のスペースが確保できてると思います。


私はおそらく自分で自分のこととか、この個人としての自分のことはかなりわかってないと思いますが、
自覚できてるようなできてないような。。。たぶん自覚できてないけど、

全体にとって自分がどのような立場かとか、どういう性質を持たされてるかとか、
そういうのはわりと認識できてるような気はしないでもないです。

そういう、常に全体の中で自分がどのようか、どういう機能を持たされようとしてるのかとかいう感覚は計ってると思いますが、
じゃあ個人としての自分はどうかと聞かれると個人はやはりないんだろうなと思います。


ないんだけど、この私というポイントを全体の中で以下に効率よく機能させるべきかというのはいつも考えてるような気はします。

もちろん、いろんな感情を持ち合わせていて、むか~っとしたり、ふふん、と上から目線になったり、
悲しくなったり混乱したり、いろいろ雑音とかブレは相変わらず多くていつまでも安定しないんですけど、

不思議だなと思います。
この個人性が何度も壊れていくつもの自失を通ってきた自分がまだ個人性を持っているかのような話の流れの中にいるというのが。


インド前のわたしはというと、
非常に安定してかわらない清浄な性質を保っていて、でも全体とは常に軽く触れてるだけで、交わってはいなかったんだろうと思います。

今はたぶん全体と自分とは分かちがたくひとつで、だからこそ純粋に個人としてえげつなく。笑 存在してるように時には見えるのかなと思いました。

個人が個人的なことを自分のやりたいようにやってるように見えてるんじゃないかなとか思います。

まあそれはそうなんですけど、
自分の感覚としては個人で動いてる感覚は実はなくて、
今は特に常に満たされた水の中にいるような(部屋には他に人がいないですから特に)境界線としての自分の表面、その内側と外側が同じ圧力で常にせめぎあって拮抗を保っているかのようです。

で、私はその内側にも外側にも等しく満ちて存在しているかのような。


このように人に与える印象とは違って、分離は私はないと思うんですが、世界がいろいろ動き回り、それに伴って自分も上がったり下がったり変化せざるをえないような、

プージャの影響を体感するのはそういう、自分の中の感覚と外側のありようがリンクしているその性質によるものなのではないかと思います。

雑音が入らず純粋に直接的に体感できる。



眠くなって眠さ10倍といった感じなのでとりあえず寝ます。




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【2012/04/07 04:49】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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