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夢雑談
昔から夢の内容は異常に覚えてるほうで、


中学生のころ毎日一緒に登下校していた友達に、片道20分ほどの学校までの道のりの間中、その日見た夢をずっと話して聞いてもらっていたこともあった記憶があります。

映画のようにストーリー性があるまとまった夢が多く、
夢の中で多くの場所を移動して、いろんなものに出会い、きちんと話が収束して目が覚めることも多かったように思います。

あるときの夢は、現在の自分とはまったく関係なく、
ロールプレイングゲームが半写実化されたような世界で、
お姫様とその一行のキャラバンがいろいろなところ、緑のある場所や砂漠など起伏のある大地をすすんでいき、最後には映画のように出演者とか出演者とかの名前が下から上に流れていくように、

黒い画面の中を文字が下から上に流れていって終了しました。


同じシチュエーションの夢を何度も繰り返し見ることも多く、
ビルの最上階の牢屋の並ぶ場所からはじまってビルの下へ降りていくのですが、
エレベーターを待ってる間に牢屋から出てきた黒い影につかまり、1度目の夢は終了し、

2度目はエレベーターで下に降りてビルの外に出たところで植え込みの陰から出てきたその黒い影につかまって終了し、

3回目はそのまま別の場所にいけて、その先のいろんな話が展開していきました。
壁にいろんなきれいな生きてる蝶ちょがある部屋に行ったり。

その最上階の牢屋からスタートする夢はそれきり見ませんでした。



20代に精神がいったん崩壊させられて再構築していっているころには
夢は自分の状態を示す精神分析の材料として豊かにその内容をみせました。

よく考えれば子供のころに見る夢には動物は出てきたとしてもみんなかごに入っていたり、奇形でしたが、

そのころはものすごい数の動物が力強く夢に出てくるようになりました。

海の中にはおびただしい数の生き物が生息し、
時々は私自身も海の中に入ってそれらとともにいました。

すでにそのころはなかった実家の家もよく夢に出てきて、
いってみると取り残されていた犬やねこがいたりしました。

たくさんの子供の集団や赤ちゃんも夢によく現れるようになりました。


たぶんそれまで封印されていた生命力のようなものが出てきたころだったんだろうと思います。


何万人もの大群衆のものすごいエネルギーの祭りを上空から俯瞰している夢とか、そういうかんじのもありました。

とにかくエネルギーのうねりや盛り上がりを感じさせる夢が多かったです。

そのころもやたら内容を覚えていて、
毎日レポート用紙にびっしり3枚くらいは書いていました。


そのころは津波の夢もよく見ていて、100メートル級の津波によく飲み込まれました。

これは自分ではエネルギーの盛り上がりに自分の顕在意識が浸されて、眠り、潜在意識が顕在意識と統合されそのまま直接機能していくような印象を受けていました。


夢でやたらめったら雷にも打たれていました。
ものすごい衝撃と電撃に貫かれ、呆然として目を覚ますことが多かったです。

UFOや宇宙人の夢も多くて、

いろんなタイプのUFOや宇宙人があって、

中を見て回ったり、中で何かしてたり、
金星人の愚痴を聞かされて地球のできていく様子をビジョンで見せられたり、そんなだいたいは面白い夢だったのですが、

ときどきは超巨大な黒いUFOが空に浮かんでいるのをただ感じるような夢のときは恐怖を感じました。


半年の引きこもりの時期は毎日のようにサイババの夢を見ていて、
一日数回というときもありました。

大体がたわいもない、一緒に村の小道を歩き回ったり、
植木に水をやったり、
荘厳なダルシャンの夢や奇妙なシチュエーションの夢、
いろいろありましたが基本、とてもフランクな感じで接していました。

アマチも時々夢で会いました。
アマチは実際的なアドバイスをしてくれる、祈りに満ちてきまじめな印象です。

サイババはいつもだいたい超ふざけてました。


そのころはそういう変性意識のほうを探求する傾向が強かったので、

というか精神が壊れっぱなしだったので自然とそうなったのですが、

寝てなくてもいつも夢見の状態で、
あらゆるものはそれぞれ情報を発していて、
自分を守るすべがなかったのでいろんな情報に振り回されて個人に留まるのが極端に困難で、キチガイ状態に苦しんでいましたが、
だから半年こもって、五感からの情報を遮断してコントロールしやすくして、
内面を整理していってたのでした。


だから起きていても自分の意思とは無関係に?いろんなものが眼前に展開していき、
意識があらゆる状態に広がったり縮んだり結びついたり忙しく、

多くの意識体の訪れを感じ、交流し、

それらと自分がひとつになり、

それら自身として世界を見、

あるときは地球の意識のひとつの小窓としてわたしは世界を見ていました。


過去生の自分らしきものが上がってきて入れ替わり立ち代り主導権を握り、

私の精神の浄化のためにサイババが3日ほど主導権を握って生活し、私は意識の隅のほうでその様子を見てたりしたこともありました。


意識の最奥では最奥に通行するすべを知っているもの同士であれば自由に行き来ができ、出会えることを知りました。

椅子に座って少し目を閉じるといつもすぐにそこへ到達することができました。

そのように朝から夕方まで座ってそこに安らいでいました。


体外離脱も頻繁でしたので、
離脱からさらに離脱を試みて、
すると離脱したからだの様子がその時々で違ったりして、
光の粒子でできたようなものすごいバイブレーションのときもあり、
そういうのもさらに離脱すると全体にただまったりと広がっていました。

これでこれ以上離脱する体はないのか、と思いましたがわかりません。


そこから意識的に意識を固めて現実意識に結び付けていき、個人として機能するようにしていきました。


わたしとしては離脱よりも夢の中で活動するほうが自由度が高くてむいていたので、

夢を意識的に探求していました。


夢の中で夢と自覚しながら活動していることもよくあり、
そういう時はもうじき夢から覚めるというのもわかるので、夢の中の人たちにもうすぐ行くねといって夢から覚めていました。

夢の中で瞑想すると(現実世界ではほとんどしないのですが)
夢の中にいる世界からさらに別の世界へと瞑想を通じて移動することができました。

現実に近い夢の世界から3回くらい瞑想して抜けていくと天界のようなかんじで、いわゆるたえなる音楽が流れて大きな天使に両脇を支えられて飛んでいたりしました。

あるときはパーティーをぬけだしてその世界から去るために瞑想すると、
いっきに世界から去って真っ白の意識だけになり、
どこまでもものすごいスピードで永遠に広がり続ける状態になりました。

その状態は圧倒的に覚醒だったので、
それまでのわたしの意識が結びついていた具体的な数々の形や名前、記憶が仮のもので実体が無かったといやでもわかり、私はそれらが大好きだったので、あっという間にそれらから離れて遠ざかるときには少し切ない気持ちでした。

その夢から現実に戻ってきたときも現実感の逆転した感覚は強烈にそこにあったので、
この世界のあらゆる姿と形、人間関係の役割などを心底奇妙に違和感を持って見ていましたが、じきにこっちの現実感覚にシフトしました。



最近は夢を全然覚えていません。

体外離脱もほとんどしません。

どっちもしてるのかもしれないけど興味が持てなくて覚えていないのかもしれないです。

なにかこの現実世界のほうにすごく比重を置いてるからだと思います。

私はこの現実世界で普通に楽しく暮らしたい、この世界でうまくやっていきたいという思いが昔から強くて、

ここで、すべてを現したいと思ってるんだろうと思います。


ここにすべてを持ってきたいというか。



しかしながら今朝は久しぶりに少し夢を覚えていました。

子供のころの一番下の弟か、それとも私自身の子供かをつれてアパートの物件を見に行って、
ビルの屋上に上ったのですが、

きれいな少しくすんだ青いいろの布のような大きな羽根を持った飛行機が飛んでいて、

子供がそれについて何かをいって、
私は、でもあれは落ちるよといって、

見ている間にその大きなやわらかい青い羽根を持った飛行機は低空旋回してビルのひとつに引っかかって落ちました。


胴体の部分は数十人が乗れるようになっていたのですが、最初は宙吊りだったけどそれもそのうちずるずると下がっていってガシャンと落ちました。

引っかかったビルも斜めに倒れていきました。

なぜかビルのように巨大な救急車もあって、それも倒れました。

もうひとつ、やはりくすんだ緑色のようなきれいな色の布のような羽根をもった飛行機が来て、それも落ちました。

それらから出火して、
あたり一面火の海になりました。


巨大な炎が私たちの立つビルの屋上の四方から熱風とともに押し寄せてきました。


炎と熱風から逃れながらしばらくすると誰かがそれを抑えてくれて炎は消えました。


そんな夢でした。


わりと平常な感じで物事は起こって、そのまま次の場面へとすすんでいきました。



ひさしぶりにちょっと夢を覚えていたので、書いてみました。






。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。




その後、ほかの人に、今日4月9日は60年前に「もく星号」という飛行機が三原山に墜落した日だと教えてもらいました。


今日、ちょうど木星のプージャの案内を出しました。
5月半ばに木星が移動し、力を失うので、それ以降の1年は世界的にも少し厳しい時になるかもしれません。
(あくまで木星の影響に限定した観点)

なので個人、世界、日本に対する、その悪影響緩和のためのスリランガムでの木星プージャです。


興味のある人はこちらまで↓

プレマサイジョ~ティ~ショップブログ
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【2012/04/10 01:28】 | 夢(サイババ以外) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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