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ブッダプールニマのプログラム2日目。劇。
今日の午後にはブッダプールニマの2日目のプログラムが行われました。

ヴェーダチャンティング、スリランカかどこか???のおじさんのスピーチ、そして日本のサイセンターの青年部男子による劇でした。

ババがなくなってから、バジャンのリードは女性もやるようになったけど、劇はやっぱり男女いっしょにはしないのね。


女性はなるべく人目にさらさないインド?



劇は、2011年3月の震災がテーマで、
震災でどういうことが起こったか、その後、サイセンターとしてどういうボランティア活動が行われて、どんな出来事があったか、みたいなないようでした。


正面の巨大スクリーンのモニターは前半調子が悪くてもったいなかったんですが、
それでも地震の瞬間の様子とかは映像とあいまってリアルに感じました。

私は震災のときはインドにいたから直接体験してないんですが、体験してるみたいに胸が苦しくなりました。

その後の津波の様子も、津波に飲み込まれる人々の様子の劇と、スクリーンに映し出された映像でやってて、
映像は私が見た津波の映像の数ってたぶんすごく少ないんですが、劇で使われてたのはよりすぐりだったのかすごい迫力のばかりで、見たことない映像だったんでやっぱりこわかった。

その時点ですでに周りに座ってた日本人女性たちは涙をぬぐってる人が多かったです。
みんないろいろ思うこと、感じることがあったんでしょうね。


劇を観客として見てたインド人や西洋人とかも劇と映像を見て涙が出たらしい。



その後、原発の爆発の様子が日を追って順に紹介されてて、

こうしてみてみると日本は本当に大変なとんでもないことがあったんだなと改めて思いました。



放射能は全然過去形じゃないんですが、
それでものほほんとしてるかんじの日本人てほんとすごい。笑


そして震災後にサイセンターとしてどういう救援・援助活動が行われたのかをやはり劇と映像で紹介していました。

思うに、こういう大変なことが起こったときに、
やるべきことが与えられてるってすばらしい。

私はインドにいたから少ししか聞いてないですが、センターの人たち、ものすごいがんばったって聞いてます。

SSOJの奉仕団体としての底力でしょうか。


間違ってたらごめんなさいですけど、陸路で救援物資が運べない段階で、ヘリコプターとか、海路でどんどん運び込んでたらしいです。

センターの人たちは普段からボランティアしなれてるだろうし、どういう風に心をこめたらいいかとかもきっと心得てるんではなかろうか?

普段から慰問で歌ったり物をくばったり、ご飯を配ったりしてますもんね。

普段はセンターの組織としてのいやさを感じることもあるかもしれないけど、
こういう非常時にはこういう組織は水を得た魚状態ですごく強力だと思います。


サイセンターの機関紙(サイラムニューズ)で、去年そういう支援の様子を読んだけど、感動しました。


阪神の震災のときも自分たちも被災者でも、炊き出しとかどんどんやってたと思います。


東北ではそういうご飯とか物資のほかにも歌を歌ったり、元気を出すための盆踊りを企画したり(おみこしを担いでる映像も出てました)、死者への弔いのヴェーダを唱えたりもしてたみたいです。


あとでスピーチしたインド人のおじさんも言ってたけど、
この災害がなんというよいセバの機会になったことか、と、ホントそう思います。

未曾有の災害に対してサイセンターがそういう反応を世界に対して示せたというのは、サイババの持つ勝利の性質の発露のひとつだと思います。


でもそのスピーチを聞いて、災害によって人々の役に立つような活動をするという素晴らしい機会が与えられた、というのは真実だと思いましたが、

そしてそういう人々の様子は本当に美しかったし、
被災した場所のセンターの人たちも全国のセンターの人たちとともに地元のためにものすごくがんばったみたいで、
こういうときに信じるものがあるっていうのは本当に強いと思いました。



しかしそのスピーチを聞いて、よい機会が与えられてすばらしかったという真実のほかにも、わたしとしては更なる災害を予防する必要性にもっと触れて欲しいと思いました。


世界平和のためのアティルッドラマハヤグニャが世界中の国で行われることを望むと何度もサイババがスピーチで言っていたこと、

そういうのって、日本には伝わってないのでしょうか。



そういうのをみんながちゃんと知ったら、アティルッドラマハヤグニャをセンターもしたいとすぐに思うだろうに、と、先日ほかの人に言われましたが、

そうかもしれないけど私はセンターは期待してないです。


でも先日センターの上の役職の人に話したら、やりたいと思ってる人は半数くらいいるから話を聞かせてくださいといわれました。
何度か評議会にかけて意見交換してくださったんですね。ありがとうございます。

期待すると怖いので、あくまで自分たちが単独でやる覚悟と姿勢を崩さないようにします。


劇の最後はババの美しいいろんな映像が流れました。
ナレーションとかなに言ってるのかよくわからなかったんですが、

ババの愛の臨在とその影響力の強さは今もみんなを満たし、われわれを突き動かして世界に対して働きかけているということはよく伝わってきました。


これは本当にすごいことだと思います。


そして今後はもっとみんなそのように神の手足として、世界として現れている神に奉仕し、働きかけて
世界がその本質である神を表すことができるようにこの世界と愛し合っていくのだと思います。


そしてその基礎となる、世界の中に探してもめったにめぐり合わない純粋な愛で私たちを満たし、感化してくれたのはサイババで、私たちはそれを一生、いや、いく生も永遠に忘れることができないんだと思います。


ラドゥーのプラサードと、カレンダーが配られました。

今年は1月にスタジアムで配られたカレンダーをもらい損ねていたので一瞬、
よりによって2012年の今年に、、、
と、微妙に不安だったのと(なんか年のはじめにカレンダーをもらうとその1年が祝福のうちに守られているように思えていた)

単純に「もらい損ねてくやし~~~!」
というのがあったので、
たぶんあまってたんだと思いますが、5月の今頃になって思いがけずもらえてすごく嬉しい。笑


眠いのでとりあえず記事閉めます。

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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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