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マトリマンディールの中に入ったよ♪①
オーロビルではバラタニヴァスというエリア?コミュニティ?の、
アティティグリハというゲストハウスに泊まりました。

ビジターセンターから駐車場と反対側に歩いて5~10分くらいのところです。
しかし炎天下の下、この5分を荷物を持って歩くのはなかなかちょっと大変というか。


ビジターセンターの近くの建物の2階で、マトリマンディールの中に入る予約は受け付けられていて、
そこで宿泊の斡旋もしてくれるのでそこで頼みました。

P5262695_convert_20120531202720.jpg

<ビジターセンター周辺のようす>


西洋人で、いかにもスピリチュアル好きそうな線の細い感じの男性が受け付けてくれたんですが、
「コリア?」と聞かれたので「ジャパニーズ」と答えました。
そして割り当てられたこのアティティグリハ、1泊3800ルピーとのこと。

にっこり笑って「OK?」と聞かれたので「OK」と鷹揚に答えたものの、
高いな~~~?
と、思いました。

それで、歩いてすぐということだったので荷物を持って駐車場のほうに行ったら「反対方向だ」といわれたので、またもと来た道を戻って、
炎天下の中、スーツケースを引きずって歩き回るのはたとえ短時間でもきつい。。。
3800ルピーなんだったら荷物くらい部屋まで運んでくれよなと思いました。

でもどんなとこに泊まれるのか楽しみと期待で歩いていきました。

P5282746_convert_20120531203114.jpg

<宿泊したアティティグリハ。部屋の中はわりに地味で簡素。>


オーロビルの建築物はいちいち気が利いてて、ここの建物もいいかんじでした。
でも、建物の洗練された感じとはちょっとそぐわない感じで、そこで働いてるのはローカルインド人ばかりでした。
しかもほとんどタミル語しかしゃべらないという。。。

チェックインも掃除のおばちゃんみたいなワイルドな人がしてくれたので
というか、宿泊帳を突き出してきて、自分の部屋をその中から探させられたという。


微妙に不安になった瞬間でした。笑


まあでも結果的には全然問題なく、いつもはいないけど1人か2人は普通に英語を話すインド人もスタッフとして来てました。

ただ、ほかの場面でも、インド人スタッフと西洋人の様子や意識状態にかなり差があるのを感じることが時々ありました。

西洋人はここで宇宙を感じ、創造的なあり方を楽しんでいたけど、たぶん地元の村から働きに来てるんだと思いますが、そういうインド人スタッフはポジションによっては余裕がなくてストレスがたまってる様子も時々感じられました。
もともとのローカルノリと、世界が違いすぎて合わないのかもしれないです。

観光や、ここの理念に共鳴して自らやってくるようなインド人の場合はやはり西洋的な感覚を持ち合わせていて、楽しんでいるようでした。


部屋は神経が行き届いててシンプルでよかったです。
が、これが3800か~、観光客からはまっとうな収入として、高くとることにしてるんだろうなと思いました。


しかし、周りは木々が生えていて、窓から見える樹木には鳥が飛んできてはとまって、飛び去っていました。
人口密度が低いとこにいるとやっぱり自然に落ち着きます。

なんとなく突然1泊することにしたんですが、
レストランで夕刻から夜になる時間を過ごしていると、やっぱりその場所を知るにはある程度のまとまった時間をそこで過ごさないと、見え方や印象が全然違うなあと改めて思いました。

P5272739_convert_20120531203030.jpg

<ビジターセンター近くのカフェ&レストラン。ハイビスカスシロップの炭酸割りで休憩中>


一応夕食もゲストハウスで50ルピーのを頼んでいたのですが、
ビジターセンターの近くのレストランが雰囲気も味もよかったので、そこで食事を済ませてしまって、ゲストハウスの食事の時間には申し訳程度に食べようと思ってたんですが、
ビュッフェ形式だったので私が食べなくても直ちに廃棄ということではなかったのでよかったです。

ゲストハウスの食事はインド食でした。


携帯の充電器をどこかに忘れてきてしまって充電できなくて、
いつも携帯で目覚ましをかけてるので、明日起きれるかなと不安もあったので早めに寝ました。

そしたら3時くらいにおきたという。
早すぎだ。


なのでまた寝て、今度は7時くらいに起きたんだっけ。
6~7時にお茶が出るという張り紙を見たので、お茶が飲めるかと思って表に出たけど、8時からの朝食時に出るといわれたのでそれまで待ってました。

8時から食べて、9時からマトリマンディールの中に入りに行きました。

マトリマンディールに入るには初回は手順を踏まないといけなくて、
まずビジターセンターでビデオを見て、
そしたらビジターセンターでマトリマンディールを外から見ることができる券みたいなのをくれるので、
それを持って1キロ離れたマトリマンディールまで歩いて眺めに行き、
眺めたらその券には穴があけられて、

その後ようやく、ビジターセンターの近くの建物の2階で、翌日以降に中に入れる券みたいなのを出してくれます。(午前10時~11時と、午後2~3時の間だけに発行)
最短で2日がかりです。


まあ、こんだけもったいぶったらありがたみが出ていいだろうなあと思います。

で、オーロビルにとまった翌日にわたしも中に入りに行くために9時にビジターセンターに集合したのですが、
なんか誰もどうしろとか言わないので、みんなうろうろしてました。笑

なんか、中に入る前にまた別の映画みたいなのを見せられると聞いていたので、
どこで見るのかな~と思ってうろうろしたらそれらしき上映場所があったので、みんなが集まったころに私もその中に入って見ました。

オーロビルの紹介ビデオみたいなやつで、映像を見てるといかにも素敵な夢の場所、オーロビル、というかんじでした。

映画を見たら終わりそうになったとたんみんな立ち上がってさっさと外に出て行ったので、
みんな、しょうがなく見てたのかなと思いました。

マトリマンディールの中に入るまでの手順がとにかくいくつもあって、
意図的なんでしょうけど、そうやってるうちに中に入る心身の準備をさせられるのかも?

バスに乗って、外から眺めるときとはまた別のゲートに連れて行かれました。

ちなみに小さい子は連れて行ってもらえませんでした。
8~10さいくらい以上ならOKみたいでした。


バスから降りたら荷物を全部預けさせられました。
水のボトルも持ち込み禁止。

私はポシェット式の財布を持ってたら、それも預けさせられました。
え、財布も?と言ったら、
係りのインド人女性は、
「これは私の問題で、あなたの問題じゃない、受け取ってから確かめなさい」
と、微動だにしない眼でいうので、目を見ないようにしながら預けました。笑


マトリマンディールのある敷地内に入るまでも結構待たされたんですが、
マトリマンディールの敷地内に入ってから、マンディールに入る前にもニームの木の下に集まって、年配の西洋人の男性から説明を受けました。

この人は20年だか30年だかオーロビルに住んでいて、マトリマンディールの建設にも関わったとのことでした。
廃棄されるオーディオテープで編んだ帽子をかぶっていました。

なんでこういう説明が必要かというと、ガイドブックとかにもオーロビルが載るようになって、それを見てくる人が増えたけど、そういうガイドブックの情報はしばしば間違ったものだからということでした。

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<金ぴかギャラクシーなマトリマンディールの全景>


いわく、あれは巨大なウォータータンクだとか、テンプルだとか書かれていたりするけど、
マトリマンディールはウォータータンクでもテンプルでもない、
マトリはインドの言葉だけど、マザーを意味し、マンディールは大きな建物という意味なので、
マンディールというとき、結婚式場にもなるし、テンプルにもなる。

マトリマンディールはマザーにささげられた大きな建物ということで、
ここは自分自身の宇宙意識をみつけ、出会う場所だとのことでした。

マザーはつまりはマザーアースも意味していて、人が地球の悲しみや苦しみを癒すにはまず自分自身の中の宇宙意識を見出す必要があり、このマトリマンディールで人々はその宇宙的な意識を自分自身の中に見出すでしょうとのことでした。

地球は今は本当にひどい危機に瀕していて、地球を癒すために私たちが自分自身を変革するのは急務だということも言っていました。

オーロビルは、そのような、新しい生き方へ自分たちを変化させるための場だといっていました。


なんかとてもいいことを言っていてので、覚えておこうと思っていたのですが、なにを話していたのか、ほとんど忘れてしまったのですが、、、その男性は事実として本当に心から話しているのが感じられたのでかなり感動しました。
話を聞いてるだけで、自分の中に光がともされ、その光ですべてが明確に見えてくるような気さえしました。

オーロビルは人々が新しい生き方ができるように、いろんな政治的なものや宗教的なものすべてから自由に独立して存在する場だとも言っていました。

ちなみにマトリマンディールの金ぴかは24金だそうです。
でも政府の資金援助とか受けずに全部自前で建設したそうです。

また、マンディールの周りに広がる公園など植物の部分もマンディールと同じように重要だそうで、それぞれの植物にはそれぞれ意味や性質があり、
たとえばプルメリアは心の平安を、(メンタルの保護だったかな?)
この、今私たちが下にいるニームの木を通ってくる風はスピリチュアルな大気を私たちにもたらすとのことでした。

説明は長かったけど、みんな静かに聞いていました。

P5262728_convert_20120531202931.jpg

<本文とは関係ないですが、オーロビル近くの海岸にいたら写真とって欲しくて寄ってきた子供たち。気合入りすぎ。>


(つづく)
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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