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チェンナイの神智学協会本部訪問
チェンナイで一泊した朝は、ホテルの宿泊料に込みの、特においしくもまずくもない朝食を食べました。
ひととおりの南インドのメニューと、トーストと、フルーツと、ホットミルクなどが用意してあって、そこから適当に選んで食べるんですが、
私は南インドメニューの中からワダ(甘くない揚げドーナツ)と、あと、ポンガル(固いおじやみたいなの)を取ったのかな?それに、サンバルとかチャツネを添えて食べました。

リンゴもあったので1つとって、ナイフでむいて食べました。

あと、ホットミルクにインスタントコーヒーを混ぜて飲みました。


それからしばらく、チェックアウト時間の昼の12時まで部屋でくつろいでいました。


チェックアウトになって荷物を持って下に行き、
前日まだ来てなかった列車のチケットがメールで来てたので、(知人が取って送ってくれた)
それをチケットとして有効にするためにプリントアウトしなくちゃいけないので、
ホテルのプリンターでできるか聞いてみたのですが、
壊れてたみたいで、いろいろやったあとに修理の人を呼んだみたいでした。

なのでホテルの宿泊の領収書なんかもどこか他から印刷して持ってきていました。

列車は夜の11時ごろ発で、すごく急ぐわけでもないので、ホテルの入り口に入ったところのソファーに座ってホテルのWiFiでネットにつなぎ、チェンナイの観光地とか見てました。
(前日くらいから自分のモデムでつながらなくなっていたので)

でもしばらく待っても一向に修理の人が来る様子がなかったので、

これは外のネットカフェに行ったほうが早そうだと思い、
タクシーを呼んでもらってホテルから出ることにしました。

先日知人とチェンナイの観光地の話をして、神智学協会本部の話が出てたので、
そんなに興味なかったけど、話にも出たし、いっぺん行ってみてもいいかなと思って行くことにしました。

ちなみに本部ではないですが、チェンナイにはラーマクリシュナ協会のお寺もあって、そこも敷地内に一歩入ると街なかとは思えない落ち着いた雰囲気でとても素敵です。

数年前、もっとヴェーダ学習に集中していたころ、ヴェーダのチャンティングの音源を求めて、チェンナイやバンガロールのラーマクリシュナのとこにいって、CDとかを買いあさっていました。

もちろん、聖者としてのラーマクリシュナも好きで、なんか、だめ男っぽいのが自分にフィットするのかもしれません。爆 なんかダメっぽいでしょ?ラーマクリシュナって。


でもタクシーもなかなか来なさそうだったので、ホテルから徒歩圏内のこぎれいなインド食堂に昼ごはんを食べに行きました。

ずっと1~2日ずつの滞在で服を洗濯する暇がなかったので、着るものがサリー数着しか残ってなかったので、この日はサリーを着てたんですが、
インド食堂はこぎれいなとこでしたが、少し興味深い感じで迎えられ、
というのは平たい顔なのにサリー着てたからだと思いますが、
なんかけっこう店の従業員たちの興味の的になってるような気がしないでもなかったです。

注文も3回くらい別の人が入れ替わり立ち代り取りに来て、
食べてるときもなんかあちこちから視線を感じ、

食べ終わって会計を済ませて、
近くにいた従業員にトイレに行って席に戻ってくるからと、荷物の一部を残していくことを告げて立ち上がったら
遠くから2人くらいの別の従業員がすかさず、荷物忘れてるよ~!と声をかけてきて、
私が告げた従業員が

「ばか!トイレに行ってから戻ってくるんだよ!」
みたいに大声で遠くの従業員に説明してました。苦笑

トイレから帰ってきて荷物を取って去ろうとするとまた別の従業員が呼ぶので、何かといぶかしく思って見ると
片手を挙げて「いいんだよ」という、満足げな表情をしてきてたので
しょうがないので「サンキュー」とか言って去りました。(順序が逆では?笑)

チェンナイは都会だし、外国人もたくさん住んでるはずなんですけど、
何だこの全員総出の反応は、と思いました。

なにかツボだったんでしょうか。


ホテルに戻って5分位したらタクシーが来たので、ガードマンみたいなおじさんがドライバーにどういう順序でどこを回りたいか説明してくれ、出発しました。

タクシーは8時間借りて、1100ルピーでした。


まず、アディヤールにある神智学協会の本部に行きました。
本部といっても別に人に会うとかそういうのではなくて、広い公園と、そこにクリシュナムルティが近くでよく人々に話をしていたという大きなバンヤンツリーがあるというので、
それを見に行こうと思いました。

出発したのはすでに3時を過ぎていて、
神智学協会本部に到着したのはちょうど4時ごろでした。

ネットで調べたときは5時までとなっていたのですが、入り口の看板を見ると訪問できるのは4時までとなっていたので、遅かったかな?と思いましたが、
門番みたいな人がバンヤンツリーへの行きかたとかを説明してくれて、ノートに名前とかを書いて、送り出してくれました。

中はタクシーは走れないことになっていたので、タクシーは門の近くに待っててもらい、私は徒歩で歩いていきました。

P5292778_convert_20120602190109.jpg


広い舗装された道と、いろんな種類の植物にかこまれて、すぐにクリシュナムルティがこの地を歩き、思索したり(してたかどうか知らないけど)散歩してる様子が自然にイメージできました。

まさに、散歩しながら思索にふけるのに最適な空気感がそこにありました。


P5292767_convert_20120602171233.jpg

(種類の多い木)



オーロビルも緑がたくさんあって、ピースフルで自由な空気に満ちていたけれど、それは何か創造的な若いエネルギーとして感じられました。

一方ここ神智学協会本部の広大な敷地内の空気はもっと成熟して落ち着いた、自然とももっと大人な友好関係の歴史のあるような場所として感じられました。

上品で落ち着いていて瞑想的な空気と、それのこの世界での表現のような美しく存在する木々。

神経を逆なでするものが何もない感じでした。

P5292784.jpg

(あちこちに伸びる小道)


オーロビルではとくにローカルインド人のストレスを時に感じたりもしたものでしたが、
ここ神智学協会本部の中で出会ったインド人たちは一見粗野に見えてもみなが洗練された空気と親切さと平安を中に備えているようで、感情の荒波に巻き込まれないように心をガードする必要もなく、
安心してそれらの声に耳を傾けることができました。

歩いている人自体も少なく、特に案内掲示板のようなものもなかったので、時々道を間違えながらも歩いていくと、
いくつかのバンヤンツリーの横を過ぎた後、

「BIG BANYANTREE」と書かれた小さな看板の向こうに 日の光を受けて広々と広がって生えているバンヤンツリーが見えたので、あ、これだなと思いました。


P5292788_convert_20120602190334.jpg

(みんなこのバンヤンツリーを見にやってくるらしい)


来る途中、バンヤンツリーまでの行きかたを教えてくれたおじさんが戻ってきて説明してくれました。

「クリシュナムルティーがここに来て話したりしてたんですか?」と聞くと、

「そう。アニーベサントとかもみんながここに来ていたよ」とのことでした。


そうかーーー、と思ってあらためてそのバンヤンツリーを眺めました。

なんか、童話の中の世界が急に目の前に現実として現れたかのような心持がしました。


バンヤンツリーはスカスカな感じでしたが、とにかく広範囲に広がっていて、縦横ともに200数十フィートの広さがあると説明書きには書いてましたが、それってどのくらいなのかな?

でも目で見た感じ、向こうにある別の木の別の林だと思っていたものも実はすべて同じ1本のバンヤンツリーだとおじさんに聞いて、ようやくその広大さが実感できました。


わたしはクリシュナムルティの本も、神智学の本も何冊か読んだことはあったのですが、正直、あまり好きにはなれなかったです。

神智学のいろいろな学問ぽいものが何か頭の中だけの、霊のことなど一番身近なことなのにわざわざ高尚ぶって自分たちだけで喜んでいる、現実に即していないつまらないもののように思えたし、
(人間の各年齢に起こる霊的な発達の状態みたいなのは唯一興味深かったです)

クリシュナムルティのも言いたいことはわかるけど、それを文章にするとこんなにもつまらないものになるのか、という印象でした。

ただ、クリシュナムルティの見るからに高潔な風貌と、彼が人々に話しながら突然覚醒状態になり?霊感に満たされた様子などはとても凄まじいと思いました。
また、神智学協会の人たちがせっかくクリシュナムルティを世界教師として見出して大いに期待してたのに、
クリシュナムルティが覚醒後にそこから独立してしまったことなんかはすごく面白いと思いました。

アニーベサントとか、ブラバツキー婦人?でしたっけ?
ああゆう人たちに関しては、なんか「とんぱ」とかいう雑誌?に載ってたのを読んで知って、
なんか、すご~~~く、オカルトっぽい。笑 と思いました。そういうオカルトっぽい興味は湧きました。

でも、覚者のことを大師方みたいな呼び方をしてて、たぶん翻訳する人の感覚で日本語が選ばれたんでしょうけど、
なんかそういうのに私の勝手な感覚なんでしょうけれど、弟子としてのエゴと高慢さを感じて、ちょっとついていけないと思ってました。

でも、ハリーポッターにブラバツキー婦人をモデルにしたような登場人物が出てきててすごく嬉しかったです。笑


こういう秘教的なムードは私は実はオカルト的な魅力を感じないこともないけど陰気に感じて苦手で、
私はもっとみんなでわいわいがやがやと開かれた沖縄の太陽のような陽気な場が好きみたいで、
それとパーソナルなものよりも公共の中の一員でいたい気分が自分は強いみたいで、
だから神智学協会の何か秘教的なムードは話題のひとつとしてマニアックに面白がるならいいかもしれないけどという感じで、でも自分がそこになじむ気がせず、あんまり好きじゃなかったのでした。


そういう、あんまり好みじゃなかった神智学とかクリシュナムルティとかでしたが、
この日神智学協会本部の人気のない敷地内を散策しながら歩いていると、

なるほど、こういう空気、こういう環境と、あの学問が組み合わさるととてもバランスがよくて、素敵かもしれない、と、興味深く思えました。

P5292796_convert_20120602191110.jpg

(制限速度15キロの表示もかわいい)


こういう、素敵な散策路のある豊かな自然に囲まれた広大な公園で、この世を超越した深遠な話題について思索を深めたり、話をしたり聞いたりすることはこの上なく胸の高鳴る素敵なことに思えました。

そこには自然とその奥にある神の摂理との調和があるように思えました。


ああ、世の中には、数々の素敵な場所と空気があり、そこで素敵なことが起きていたんだと思いました。


そのように、神智学協会本部のある敷地内の散策道は、この世界にあるとても善くて美しいもののひとつとして感じられました。

P5292823_convert_20120602190655.jpg


よく見ると、いろいろな国からのさまざまな木が集められ、植えられていました。
さながら自己主張のない植物園のようなバラエティの豊かさでした。

インドにはどこにでも歩いている犬がここでも何の規制もなくとつとつと1匹で、また別のときには数匹連れだって歩いてきては走り去っていきました。

P5292840.jpg


一羽の緑のオウムが右手の木立の上に舞い降りたかと思うと、続いて同じような緑のオウムが2羽3羽と集まってきました。

カラスが鳴き、



地面には奇妙な赤い虫が。

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何かが横切ったと思うとあれは何というんでしょう、小さいふくろうみたいなのが大きな目でこちらを見ていて、
気がつくとあちこちにとまっていました。

P5292802_convert_20120602193959.jpg


見ていると、ひゅっ、と、木のうろに入って行き、穴の中の闇に溶けました。

ほんとにああゆう穴の中に住んでるんだ。。。と思いました。


それを見てるとなんか、インドというより古いイギリスにいるような、(行ったことないけど)ハリーポッターの世界みたいな気持ちになりました。


敷地内には意外なことに、さまざまな宗教の小さなテンプルが点在していました。

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(キリスト教の小さな教会)


キリスト教の教会やムルガンのヒンズー寺院の様なよく知っているタイプのものもあれば、
パルシー教とかいう、あんまりなじみのない宗教のお寺のものもあり、
その入り口にある羽の生えた半神半獣のおじさんのような像はやはり見たことのないもので、
童話の世界にいるようなこの場所についてのわたしの不思議な印象をさらに強く印象付けました。

P5292801_convert_20120602190459.jpg


たぶんもう、外部の人の訪問可能な時間帯は過ぎてるんだろうな、と思いましたが、
特にとがめられもしなかったのでゆっくり見て回っていました。

P5292808_convert_20120602190543.jpg


花の写真を撮っているとインド人の女性が近づいてきて覗き込み、「すばらしいわ」みたいに言ってきたので少し話し、
彼女がブッダテンプルもそう遠くないところにあるというので、
どうせだし見て行こうと思って適当に探しながら歩いて行きました。


前から赤いシャツの男性が自転車に乗って向かってきて、通り過ぎていきましたが、
なんとなく気になって振り返ると彼も自転車に乗りながら振り返っていて、そのまま曲がり角を曲がって消えていきました。


小さな白いブッダテンプルのある場所までたどりつき、その様子を眺めました。
先に2人の女性がその前にいて何か話していましたが、声をかけるとにっこり微笑みました。

P5292839.jpg

(白いブッダテンプルと、落ちていた花)



そこで宗教的な印象はまったく受けなかったのですが、(礼拝対象である感じを受けなかった)
テンプルの前の池のはすの葉が完全性の雰囲気を漂わせていて美しかったです。

P5292833_convert_20120602190816.jpg



歩くことを楽しみ、落ちている花を拾いながら神智学協会の入り口の門のところまで戻りました。

P5292842_convert_20120602191010.jpg

(なんか、耳みたいな形の豆。振るとカラカラと音がしました。)


すでに5時半を回っていたので残念ながら入り口近くの本屋さんは閉まっていましたが、
気持ちよく散策を楽しんできて完全に満足でした。

門の守衛さんみたいな人に、出るときにもサインが必要かと聞いたらいらないよと感じよく言われたので、
私は乗ってきたタクシーに乗り込んでその場所を後にしました。
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【2012/06/02 19:47】 | 小旅行 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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