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①の共有する大気と魅惑的に閉じた②
ちょっとここ数日すごいです。

アマチの来日で私も知り合いの様子とかを聞いて間接的にダルシャン受けた感じになって、ものっすごい調子よく、一番いいくらいの状態まで上げられたのですが、

昨日、好きな俳優の出てる映画の予告のユーチューブ見たら、そこの魔女のイメージに乗って何かがものすごい来て、心身がたがたになって、見るもの聞くもの感じるもの考えることすべてつらすぎて生きてるのもいやレベルに使い物にならなくなって、

すがるように久しぶりにヴェーダを唱えたりもしたのですが、それも一度に長く唱え続けられず、

100パーセント悪影響を体内深くまで受けいれてしまった状態でエクソシストのようにのた打ち回っていたのですが、

だれかにちょっとヘルプを求めたいと思って何人かに連絡しようとしたのですがババから許可が出ず、
数ヶ月連絡してない人にだけはOKがでたので内容のないメールを1通送り、



そしたらしばらくしたら白光の五井さんが来た。笑



で、開いてはいけないのに開いてしまったとこを掃除して閉じて安全なとこまでまた上げられたかんじで、
私は疲れ果てて数時間寝て、今さっき起きました。

よかった、見え方とか感じ方が悲惨なものから普通に戻ってます。



独身のころは敏感すぎて困ってたというか、日常生活送れない時期があったのですが、
結婚後、ほかの人のエネルギーによってそういう過敏さからは守られて、
子供が生まれたらなおさらで、

よかったんですが、で、だからそういうほうには近寄らず、ひたすら日常の現実的なことに意識を集中させて日常を大事にしていたのですが、

最近またそういう縛りでもあり守りでもあるものが無くなったので、日常と精神が不安定できついです。



私の不安定さ、過敏さは、影響されやすさに尽きるのかもしれません。

だから、男の家族がいることは私にとって守りになっていたんだと思います。


ちなみに生年月日は1974年3月3日で、3-3-3のあわせて9になるのですが、
9は全部の要素を持ってるのでほかの数字に対して全部合わせられるけど裏を返せばあらゆる影響をダイレクトに受けてしまうことが可能ともいえるのかも?

プッタパルティにいて、ここの世界で閉じていればそれほど影響も受けないで安定感があるのですが、

おととしくらいから自分を開いていくような流れになって、自分のプッタパルティを基盤にしたいい状態を保ちつつ開いていけばこちらからのよい影響ばかりを提供できたと思うのですが、

ペースが崩れたり、足場が外れたり、いろいろなことが起こって、
プッタパルティ基盤の統一されていて安定感のある自分というのはすっかり失われて、拡散されてずたずたになってしまった感じはあります。

それはババが肉体を去ったということと無関係ではないと思いますが、いろんなことがあまりにもたくさん同時に起こって、

なにがこうだからどうというのではなくて、全体としてそういう状況が起こっているといえるんじゃないかと思います。


そういう、ある意味天界のプッタの日常の中に守られて埋没する幸運には充分気がついていたけど、
今は全部が混ぜ合わされて、世界全体として根本的なところから光で貫かれるときが来てるので、

だからわたしはその幸運な、しかし全体からは隔離された日常の中から出るように促され、

そして、いろいろ下手なことをしてしまってるのだと思います。笑


プッタにいた自称覚醒者の人(実際、どこだかわからないけど、少なくとも覚醒の各段階の中にはいたと思います)にも、その人に言わせると、霊的にいい線いってる私が占星術とかプージャの活動をはじめたことを残念に思うといわれました。

私もその感覚よくわかります。

統一場の1元からしたらそれらは明らかに2元への降下?なので。

だからそういわれるのも仕方がないのだけど、

私としては明らかにそれはババからの促しだったので、そういう促しがあるときには魂としてはそれに反する理由がもてないというか。

統一の状態にいるほうが絶対いいに決まってるので、
理性や個人としての私としては2元へいざなうような促しに従うときには特に抵抗があったり、いやいや感、でも逆らえないので自決するような気持ちで促しに従うときも少なくないです。

でもそれが結局は残されているエゴ、分離感、個人性を全体へ溶かしていくプロセスなんだろうとは思います。


普通は、全体に向けて広がる過程でエゴや個人性は浮き上がらせられて、手放されていくと思うのですが、
私の場合は何かずいぶん複雑な気がします。

理不尽なこと、不利益なことに見えることに対して自分を落とし込んでいくような促しがちょくちょくあり、
それに対して、単に促しへの信頼感で自分を統一して挑むというか投げ出す感じです。

なのでそこにそのような促しへの不信感などはないのですが、
個人としてはさまざまな葛藤とか感情が出てきます。


何の話だったか、ずいぶんそれましたが、




わたしはずいぶん不器用で、促されたこともうまく運ぶことができず、あらゆる影響もうけまくりでやられっぱなしで、馬鹿なんですが、

いろんな影響を受けているとやはり大きく分けて2種類のパターンが感じられます。


①ひとつは広々した全体に押し上げる開放的な力、

②もうひとつは完全性の魅力で閉じ込める抗えない吸引力。


今回のでいえば、アマチと五井さんは①でした。
私は体感として、全体性につながってないと精神的に窒息しそうな感じになるので、

①の場合は、水中でもがいてるところを安定した固い大地に押し上げてもらって、もがかなくても沈まなくしてもらって息ができるようになる感じです。

なので②に対して私はものすごく危険を感じます。
ユーチューブの魔女の映像に乗ってやってきた感覚は②にあたり、
文字通り溺れて意識を失うような感じになります。

たぶん、溺れて意識を失ってしまえばそれは美しい快楽のひとつで、それを楽しめる人はいいと思いますが、
私の場合は決して失われない意識というのがある意味確立されているので、ひたすら死にそうで苦しいだけという。


昔、OSHOの本を買って読んだことがあって、詩集みたいな感じの本だったんですが、すごく素敵で、
わーいいわー、とうっとりなって、耽美な気分に酔いしれました。

するとものすごい勢いでブラックホールのような彼に吸い込まれていってるのにはっと気がついて、
でも自分では逃げられない感じで、このままだと無意識になってしまうというかんじて、すごいあせりました。

それらは通常の5感がはたらいていながら意識の中で起こっていたことだったんですが、

で、あせって周りを見るとマハラジの「愛という名の奇跡」だったか、そんなような本があって、
その表紙のマハラジの写真に意識をあわせると、OSHOに吸い込まれるのが止まりました。

なので、助かった、、、と思いました。



OSHOファンも日本には多いし、霊的でカリスマで洗練されてて芸術的で素敵~~~!なのは私も認めます。

ただ、わたしはそのように、彼を通して魂が無意識になって昏倒するような感覚がとても怖かったということで。

ほかの人たちがどう感じるのかはまた別の話で、私のように認識してくれという話でもないです。


その先にはもしかしたら永遠の甘美さがあるのかもしれないですが。笑
わたしはそのような形で意識を失うこと、精神が溺れるような感覚は恐怖でした。

で、わたしとしてはOSHOは②になります。

②は美しくて魅惑的で、溺れさせてくれるものです。


マハラジは私にとって③でした。
普通の素朴な状態に、自分の中にいさせてくれた。

夢から覚めて、固い大地の上に座っている自分に気づかせてくれた。


そういう、固い大地の上の開放された大気感が①で、上も下もわからない、水中に溺れて苦しい感がわたしは②です。


サイババは①です。

サイババによって私はほかの人たちと大気を共有できて、素朴に日常を送ることが可能になってる気がします。
じゃないと私は今でも溺れ続けだと思います。



昔知人のとこで話をしてた、アセンションとかそういう系の今や日本での第一人者みたいなスコットランド人と会ったときも、
彼はOSHOほど耽美でもカリスマでもないですが、なので自然に吸い込まれるというより、彼の場合、自分に吸い込ませようとする意思を発してたと思いますが、第3の目のあたりを通して意識にものすごくねじこむように干渉してきて、

それがうっとおしかったというか、きつかったので、

壁に貼ってあったラマナの写真に意識をあわせて、ラマナに中に入ってもらって、干渉して取り込んでこようと意図するスコット人に対して、中からラマナバイブレーションを発してもらって、入ってこれないようにしてもらいました。


スコットランド人はどちらかというと②。ラマナはわたしの分類で言うと①。


つまりは、完全覚醒と、そうでないかの違いだと思います。



全体に広がっているか、全体の広がりに対して収縮や切り離しと感じられるか。の、ちがい。

やっかいなことに、カリスマや魔女的な魅惑はそれがひとつの世界を完全性を備えて形成しているので、
全体に触れてその広さを顕在意識が知っていないと、容易にその魅惑の耽美な世界に取り込まれて魂が無意識の状態になり、自分の意思ではそこから出ることはほとんど不可能だし、また、出たいという発想も起きなくなると思います。


そしてそれらは個人にとって本当に魅惑的で素敵。笑 文字通り夢中になります。


私はそのように感じています。

①の単純で固い大地の上に乗せられて与えられ、はぐくまれる命の大気と、②の魂を溺れさせて昏倒の甘美さを与えるもの。

①は光で、②はエクスタシーです。


①は完全覚醒状態と、それにつながる覚醒者などが共有し、

②は自分の世界を作り出して閉じた覚醒者やある種のチャネラーなどもこういう質を感じます。


覚醒者は、覚醒した後に大きく分けて4つの段階があるとラマナの本には書いてあったように思います。

覚醒者は人によると思いますが、完全覚醒するまで常に②の質を備えていると思います。

しかしそれは①まで押し上げて広げていかないといけないと私は思うんですが、


ラマナの本によると、覚醒後にどこまで行くか(完全覚醒に至るかどうか)はあらかじめすでに決まっているとのことなので、
言ってもどうしようもないことなのかもしれません。

でも覚醒状態を顕在意識で未体験の人は、できれば①を早い段階で体験して、自分の中にその広がりの尺度を持って欲しいな~とわたしごときがいうのもあれなんですが、思うわけなんです。

そうしたら閉じた世界が苦しく感じられる安全装置になるはずだから。



そうしたら、人気がなくなった②の耽美メンバーもつまんなくなって①に合流するだろうから。


実際、①に合流した②メンバーは実際の働きをその洗練された能力で全体のために誰よりもうまく行うことができる実力者となるはずと思います。


そういう聡さや魅惑の美や洗練は、時には①には欠けてるかもと、思うわけなんです。



ちなみにここ1~2年関わってる占星術師は①に合流した②だと思います。聡いし実務に長けてるから。

わたしは②のふりをした①と思います。まぬけなので。
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【2012/06/04 00:04】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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