スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 |
チェンナイからプッタパルティへ①
昨日、ホテルを朝チェックアウトしました。

そして、チェンナイのプージャ責任者の女房役みたいな人の家にいきました。

そこで、ロシアのプージャの詳細を直接聞くために。

資産家とは聞いてたのですが、なるほど、よい場所(比較的地価の高そうな場所)にビルがあって、そのビルにくっついていくつか建造物があって、
それらが自宅というか、拠点みたいでした。

ビルに隣接したマンションだと誰かが行ったので、そこに行ったら最上階の屋上につくられたクーラーの効いた部屋でお坊さんが30数名のブラーミンと思いますが、に、レクチャーしてました。

個人の家でのプージャがこの日彼の家で行われるのかと思ってたら、
微妙に違ってて、
お坊さん同士の勉強会が行われていました。

ホーマムの手順とか、意味とか、それにまつわる細かいことなどについてのレクチャーでした。

お寺で、というより、家庭でやる家庭サイズのホーマムの勉強みたいでした。
なので、説明してたのはお坊さんみたいでしたが、来てたのはお坊さん、ではないのかも。

当たり前だけど、そういう勉強会もあるんですね。

で、そこでは話が聞こえにくいので、
女房役のRさんと、後、どういう人なんだか何かよくわからないんですがロシアのやグニャの主催者側のインド人のおじさんがもう一人来て、
Rさんの自宅に場所を移して(といっても隣接してたけど)話をしました。

Rさんじゃないほうのおじさんとは初対面だったので、
いかにもチンケな私に大いに違和感と不安感を持ったらしく、
ものすごい困ったような心配そうな顔をしていました。
いつもそんな人なのかもしれないけど。

で、アティルッドラがいかにおおごとか、たくさんのお坊さんがやるんだというのを何べんも軽い脅しレベルか?くらいに勢いで言ってきて、

本当に細かいことをすごく重要な事実を告げるみたいに言ってきて、

私には彼自身が圧倒されてしまってるように見えました。
私も圧倒されて緊張してるのがあるべき姿だと思ったのかも。
気楽に考えてるけど君は何もしらないんだ、そのことを知りなさい、みたいな。

でも、そのおじさんのくれてるアティルッドラに関する情報はところどころ正しくなかったりもしたので

なので、私への認識を少し変えて緊張感をといて欲しいと思って、プッタとチェンナイのアティルッドラには参加したので、どういうのかは直接見ました、と言ったんだけど、
あまり耳に入らなかったみたいで、2~3回目にようやく、チェンナイのアティルッドラに私が参加したことは認識されました。
プッタのアティルッドラに参加したことはとうとう認識されなかった模様。

あまりにも詰まらん右も左もわからん人間が紛れ込んでて不本意だと思われたらその人にも気の毒なので、安心して欲しいと思って、

去年1年でマハルッドラホーマムとか、サハッスラチャンディホーマムもしました、と言いました。

そしたら100人以上のお坊さんの規模のホーマムの経験があるとわかったら安心するかなと思って。

でも、脳が拒否したいみたいで、そういうふうに謙虚に話すたびに自然に(他意はないと思います。本能的にだと思います)横を向いて耳に入ってませんでした。

理解・認識されないことって結構多いんですが、
予備知識なしに見たらいかにも私はしょぼいからだと思います。
安心材料がなさすぎ。

女房役のRさんはその点、チダムバラムのお坊さんが直接説明してくれたからわかってて、
Rさんじゃないほうのおじさんにも話を聞いてていなしたり、訂正したり、説明したり突っ込みを入れたり、随時してましたが、
最初の印象って、なかなか変わらないのかも。

とにかく、私の存在はRさんじゃないほうのおじさん(たぶん社会的地位がある人っぽかった。)の、何らかの不安を大いにかきたてたように見えました。

私は昔から得体がしれないとかいわれることもあり、

形を重んじる人にとっては不安な気持ちにさせてしまうこともあったかもしれず、

申し訳なかった。

なので、何らかの説明があると自分にとっても周りにとっても平和です。

レッテルが必要というか。

そしてそういうのを説明してくれる人は本当にありがたい。

チダムバラムのお坊さんだとか、

おばあちゃん先生もプッタにいるときはいろんな人に私の紹介とか説明をしてくれて、
それでずいぶん生きやすかったです。

すごく悪く思われることも時々あるので。
完全に従順な人だと思われることもあり、すごいエゴイストだと思われるときもあり、
どちらも何らかの投影なんだろうと思うんですが、
(人一倍、イメージを投影されやすい自身があります。笑)

完全に従順な人、理想の弟子と勘違いされるときは、そのうちそうじゃないことが自然に明らかになるのでいいのですが、

逆にものすごいエゴイストだとか、勘違い女だとか思われて、それを言いふらされるときもあり、
それだと関係ない人にも「この人そうなんだ」みたいな変な目で見られたりするので、あまり居心地よくないという。

それって、私が立場とかをわきまえてなくて、傲慢だと感じられがちなことに大体起因してるんですが、

なんというか、いる「場」によって、人の見え方って違ってくるので、

束縛のきつい「場」からしたら、私は傲慢で、エゴイストで、立場をわきまえてない、ということになるんですが、で、非難対象にしらない間になってるんですが、

もうちょっと自由度の高い世界の住人なんだよ、というのを
私をほかの人にいい風に説明してくれる、大体において地位のある人は知らせてくれるので、とてもとてもありがたいです。

地位のある人が尊重してくれると、ほかの人も、「あ、そうなの?」みたいに得体の知れない私の得体の知れない行動とか言動がそっちの世界からのものだと理解できて、理由がわかって安心するので。

じゃないと、理解できない人は自分の安全のためには攻撃するか、否定したり切り捨てたりするしかなくなって、
それは私にとっても周りにとっても不幸なので。

私をすごく悪くみんなに言いふらしたり否定して、
あとでほかの意外な人が予想以上に私を尊重してるのを知って、そっちのリアリティを理解したときに決まり悪くなる人も少なくないんですよ。

むしろそういうリアリティの変換が起こるのは恩寵だと思います。
そういう風に、無理解が理解に変わることは多いです。

これは私の場合、私も反省すべき点があるんですけど、常に、コンスタントに起こっていることです。

自分でもいい加減どうにかしたほうがいい点かもしれない。

だから、そういう、うまく自分をほかの人に説明してくれる人、
ほかの人がその人の世界観が脅かされる脅威から私を攻撃する必要性を感じなくてすむように、うまく説明してくれる人は自分には必要なんだなと思います。わたしが自分で言うと説得力ないから、誰か他の信用ある人だれか。笑

自分のためにも、周りのためにも、

誤解は誰にとっても不利益ですから。


そしてすべての不調和はお互いの誤解とか理解不足から来るものだと思うので。


いる「場」によって、見え方って変わってくる、というのは強調しすぎてしすぎることはないと思います。

そして、わたしもそうなんですが、常に、自分のものの見方や理解がより広い見解からは不十分である可能性を自分に戒めたいと思います。
関連記事
スポンサーサイト

テーマ:ヴェーダ的生活 - ジャンル:心と身体

【2012/06/20 05:02】 | チェンナイ | トラックバック(0) | コメント(0) |
<<チェンナイからプッタへ② | ホーム | ”お子さん”の歯と学校事情。>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://furunosawako.blog59.fc2.com/tb.php/2029-d27bcc79
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

  

               ↑ブログランキング。ここらへんをクリックしてランキングサイトに移動したり、向こうからこちらのサイトに出てくることで順位が上がる仕組みになっています。どこクリックしても似たようなもんです。                                                      

                                    
サイババおっかけブログテーマソング
We shall follow you !

Tweet

free counters
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。