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ババの通用門の一般開放とバラタナティヤム(インド舞踊)
最近、ババ専用の通用門(ゴープラムゲート)が、一般にも開放され、ゴープラムゲートを通って外からも入ってこれるようになっています。

ここはババ専用の門だったので、もう永久にそうなのかと思ってたんですが、なので軽くショック。

時は流れていくんですね。。


昨日、知人が誘ってくれたので、便乗してバラタナティヤム(インド舞踊)を突如習いはじめました。

オディッシーでしたっけ。オリッサ地方の踊り。
それは日本人でも外国人でも結構習ってる人多いんですよね。

みんなよくオリッサに習いに行っていた。

どれは女性的できれいな感じの踊りのイメージがあるんですが、

私は、習うんだったらバラタナティヤムだなーと、なんとなく思ってました。
南インドの踊りです。


前々から機会があれば習いたいと思ってたので思いがけずはじめられて嬉しいです。


あ、でもその先生紹介してとか、とりあえずなしでお願いします。笑
私も便乗だし、個人レッスンなムードなので。

昨日から始めて、いきなりものすごい汗だくに。。

というか、準備体操みたいなのでまずトイレを借りた。

ジャンプしたら冗談抜きでおしっこもれるので。
子供の頭がでかかったんで。。。

膀胱を空にして準備体操再開。


なんか、ウサギとびみたいなの20回3セットとか、スクワットみたいなの20回3セットとか。。。

全部微妙にダンスっぽい感じではあるんですけど、きついのにはかわりなく。

わたし自慢じゃないけどここ10年以上全然運動してませんからね!


モーダメだーって何回か思いました。

でも腕を開いて上げてキープしつつダンスのしぐさをし続けるというやつで、
腕があまり下がらなかったので、腕が強いとほめられた。笑

100パーセント贅肉になったと思っていたけど、どこかに筋肉が埋もれていたのか。
実は上半身は強かった。
アーチェリーしたりとか競技用ボートとか乗ったりしてたので。

しかし下半身!!!だ~~~!だめだ~~~~。

うお座だからしょうがない。(!?)



他のダンスは知らないけど、バラタナティヤムの基本は開脚ガニマタポーズで、中腰ポーズなので
なかなかこれキープするのも大変。

で、足を床にドシンドシンと踏み鳴らしてリズム取るステップ。
なので、おばはんにはいいかなと思ったってわけ。笑


疲れて汗だくだったけど面白かったです。



先生に、あなた初めて?と聞かれ、少し気をよくした。笑

じっさいは中学生のときに1日だけやったかもしれないです。
というのは、ダンス好きのおかーはんが京都のヴァサンタマラさんという先生についてバラタナティヤム習ってたので、
1回だけその先生の自宅に行ってレッスンを見物したことがあったので。

http://www.thegarageinternational.com/shakti%20studio/japanese/text/buyoudan.htm

ヴァサンタマラさんの娘さんはシャクティさんといって、やっぱダンサーで、篠山きしんに写真撮られてた。
彼女のステージ見に行ったこともあったけど、透け透け衣装でパンツはかずに開脚しまくりで、
いろんな見なくていいものを見さされてしまった記憶が。

シャクティさんのサイト。(微妙に閲覧注意)
http://www.shakti.jp/



過去の公演集
http://www.shakti.jp/text/Japanese/archive_all_new.htm

これ見ると、演出はお母さんのヴァサンタマラさんがやってたりしたんですね!
ギャー、絶句。どんな母娘や。。。静かで上品なおばあさんに見えたんだけど。

公演タイトルがこれまた、、、「恐山」、、、、「赤毛のアン」、、、「砂の女(by安部公房)」、、、
どのページ開けても結構怖かったです。

「古事記」はきれいだった。


でも、彼女、シャクティさんの踊る、伝統的な衣装での正統派のバラタナティヤムはほんとに素晴らしかったです。
体の隅々まで完全に意識的になっていて、
ほんとうに美しくて完璧に素晴らしかった。

本当のプロフェッショナルで、透け透け衣装のエロエロシャクティダンスよりも確か当時中学生の私はよっぽど感動したんだけど。


なので、その魂というか、気分とかムードは覚えてます。
母が実家で床を踏み鳴らして練習してた様子とか。

だから、私の中にはバラタナティヤム魂は入ってると思う。笑
ダンスなんか習うの初めてだけど。

ヴァサンタマラさんのところで1日だけほんのすこーーーーーしだけ教えてもらって、
指のポーズ、薬指だけ曲げたりとか、声の出し方とか(テイヤ テイヒ とか)言っていたのはよく覚えてます。

そう思うと恐ろしいですよね。
あの1日が今生きてくるなんて。


たぶんヴァサンタマラさんの場のようなものがきっとすごく質の高いもので、
だからたった1日でもそこに触れたら印象が強かったのかもしれません。

カレーをご馳走になったのも覚えてます。
普段、辛いものはほとんど食べてなかったので、辛い、、と思いながらもがんばって食べた記憶があります。


プッタでのダンスクラスは、久しぶりに体育会系のノリで、なんかすごく楽しかったです。
こういう、余計なものがついてない感じがいいよなーと思いました。

先生も体育会系っぽくて開放的で。



今日はブリッジもさせられました。。。

っ絶対無理!

と思ったんですが、意外にもちゃんとできました。


前、なんとなく思い立ってアパートの部屋でやってみたときにはもう全然だめで、頭が床から離せなかったんだけど、

2日間のエクササイズで体が生き返ったようです。


筋肉痛はまだ来てないんだけど、2日目に来ないということは、3日目か!?
それとも意外にOKだったのか。


プロフィール(次ページあり)
http://www.shakti.jp/text/Japanese/profile-new1_Japanese.htm
しかしプロフィール見るとこの人も今はもう55歳なんですね。なんかしみじみ?
そっかー、私が見たときは30歳くらいだったのか。。。

けど、わたしのおかーはん、私が若いときにいろんな奇妙なものを潜在意識にインプットしておいてくれたものだと改めて思ったという。

超能力者や、原発反対ヒッピー家族や、シャクティさんや。。。

いろんな人に変わったお母さんだねといわれ続けてきたけれど、その意味が今になってなんとなくわかってきたような気が。

だって、わたしにとってはそういう母親像しか知らなかったんだもの。

客観視できなくてもしょうがないですよね。



ああ、なんか、一回りして元に戻ったのかな私。




プッタパルティは時々小雨が降ったりして涼しいです。

ずいぶん久しぶりに、薄手の掛け布団をかけて寝た。
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【2012/06/20 06:45】 | バラタナティヤム(インド舞踊) | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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