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すでにダンス教室に疲れました。
3日目にして、もう、バラタナティヤムに疲れました。(はや!)

いや、体動かすのは嬉しいんですが、

なんか10月にはステージ?にとかいう話が、先生は喜ぶと思っていったんだと思いますけど、
思わず、「いやです」と言ってしまった。笑

音楽教室に行ってたときもそうだったんですが、
すぐに、資格を取らせようとしたり、観衆の前でパフォーマンスさせようとするという。

普通はそうなんですかね。

音楽なんか特に、自分のために、自分の中に流すために習っていたので、
コンサートとか絶対したくなかったです。
最初っから外向きになりすぎるのってどうなんとか思って。

そういう目的じゃないしそういう希望まったくないのになあと思って、

もっと自分の中で核心みたいなのが育ったりして、充分自分で味わって、それでほかの人と分かち合いたいと思うんだったらわたしはいいんだけど、

そうじゃなくてコンサートとか舞台を目的にはしたくなかった。

こういうのも年取った頑固さなんですかね。


でもまあとにかく、そんなわけでうっとか思って、ちょっと心を閉じてしまった。


音楽教室のときは、そういう自分の気持ちとかを結構何度も伝えたんだけど、
でもほとんどの人は資格とか取ったら嬉しいのかもしれない。

一応取らされたんだけど、カルナータカミュージックの初級みたいなの。
なぜか2回も別のとこで同じようなの取らされた。

自分で欲しいと思っても外人だといろいろハードルがあるかもしれないし、
なんとなく取れたというのはもっと感謝してしかるべきなのかもしれないけど。



でももっとなんというか、わたしは、純粋に自分の楽しみのために、自分を楽しませるためにやりたい気持ちがあって。

その点ヴェーダは、公共の場でほかの人と唱える場とか結構あったけど、
ずっと、自分が楽しいからやってこれたのでよかったとは思います。


どうにもこうにも生きにくいのはやっぱ年取ったからかなあ?

私は30歳を越えたら、それまでに一通りのことは体験して、後は楽に生きれると、子供のころから思っていて、
早く30歳になりたかったです。


ある意味、30歳くらいになって楽になってる自分を発見しはしたけど、

う~ん、自分の中に行動とか考えの基準が立ち上がってるみたいなので、
そういう意味では右も左もわからなくてただ受け入れていくばかりだった若いころとは違って楽になっているのかもしれないです。

しかしあんまり世界となじまないことも多いですよね。笑


ダンスの後は音楽もダンスの先生が教えてくれるのですが、
これが今日はすごく苦痛に感じてしまった。


やっぱりダンスの先生はダンスが上手な人なので、
音楽は、、、習っていて胸がふさいでしまった。


ダンスで取るリズムとかの理解には、音楽の知識も必要なので一緒に教えてるんだと思います。


しかし、え~ん。



ちょっとつらいかな。




音とか、決まりきれてない状態で一緒に歌ったり、そういうのが。

自分の音楽に対する感覚が混乱してくる感じが。。。



いい先生なので申し訳ないけど、そして自分がどれほどのものでもないんだけど、

ちょっと私は音楽のプロフェッショナルの人に習った経験がありすぎるというか。
最初の2回はよくわからなくて様子見だったので、ふーんとか思って従っていたけど、
3回も続くと自分の気持ちにうそがつけなくなってきた。



明日する箇所も今日予告してもらったんだけど、そんでそれって昔したやつの復習で、
復習することに異議はないんだけど、それをダンスの先生から微妙に中途半端な感じで微妙な音程で習うことを思うとちょっと気がめいるので、ダンスの後の音楽のレッスンはパスさせてもらうかも。。。


あ~、人にものを習うのっておばはんには難しい。

やっぱ先生って、教えるからには自分に完全集中して個人性を預けて欲しいという感じになるしどうしても。

わたしは、むずかしいな~~~。
わりきって習うこともできないので、はまれない場合、どうしてもそこで何か分離ができる感じ。


それを思うと、おばあちゃん先生をみんなが「あんな人は他にはいない」と貴重がってたのがなぜかわかる気がした。
おばあちゃん先生の先生としての在り方の力量とか。

人生経験の量も違うしね。。。


ただしおばあちゃん先生もときにはかなり無茶言ってましたけど。


というわけで、今日は何か、先生が一生懸命になるほど、「(はまるの)むり。。。」と、気持ちが離れてしまった感じで、微妙につらかったかも。


私も反面教師で人生において反省すべき点があるのかもしれないと思います。


身近な人たちにいろいろ無理させたり。


しかしではどうしたらよかったんだろう?
ものすごい難題なんですけど。


結局、自分のペースと他の人たちのペースは違うから、
他を巻き込まずに自分ひとりでどんどん何でもやってればよかったんだろうか。


巻き込むのは悪い癖だとか言われたりしたことも。



でも私思うに、それは癖じゃなくて性質、私のクオリティがもう、そうなんじゃないかと。


昔ある人が高橋信次系の???(←確信ないけど)占いをしてくれて言われたのが、
私は台風の目みたいにみんなを巻き込む性質があるから、
自分が上り調子のときはみんなに感謝されるけど、下がるときにはみんなに恨まれる、と。

それを聞いて、なるほど確かにそうかもと感じたのですが、

だから、逆に、自分を上げていく必要があるんだなと思ったという。
周囲のためにも。

で、逆を言うと、私を上げてもらったら、たぶんなんかいい影響が周辺にもたらされるともなんとなく思ったという。

誰でもそういとこはあると思うんですけど、自分の場合はそれが顕著な気がしました。



なので、そうそう、私が下がると悪影響があるということで、下げないように気をつけてたんですよね。


そういうこともあって、日本にいると自分の状態があまりよくないし、
自分はインドにいるのがみんなのためなんだろうなとか思ったりもして。

プッタにいるのが一番調子がいいので。

そしたら自動的に、関係者みんなもよい状態になるんだろうとか思って。

日本にいると何もかもに存在を持っていかれるので何とも接触するのが難しいけど、
インドにいるとただ「いる」ことが簡単にできるので。



本当に人生は不思議。


私はまだ人生を積極的に楽しめてる状態ではないかもしれないんですが、
というのは常に何らかのきつさを感じているので。

う~ん、それは私のものなのか、世界の状態がそうなのか、

きっとどっちも同じことなんだろうと思いますが、



でもなるべくいろんなことに楽しさとか喜びを見出しつつ生きていこうとは思います。

世界は無数のちょっと楽しいこととか、ちょっと面白いこととかにあふれてるとは思うんだけど、

今のこの何らかのきつさがそれをまだ楽しませてくれないというか。



わたしも地味なこと、例えば何かこう、、自分の居場所をもっと自分好みの居心地のいいものに整えるだとか。
たくさんやって楽しみたいことあるんですが、今はそっちに集中させてもらえないというか。

もとだんは完全にそういうのを楽しんでいたように見えたんだけど、(もともと、整理整頓とかして食事も自分で作ってず~~っと部屋にいるのとか好き)


そして、そういう男女逆転の役割ははまっていたんだと思うけど、
ある意味ここに来て彼は救われた部分があったと思うんだけど、なので私もよかったと思ったんだけど、

ここはある意味厳しい場所なので、
ぶれたり、分離を自分の中に生じさせたりすると自然と去ることも多い場所です。

なので身辺には気をつけたほうがいいと何度も言っていたんだけど、
というのは、忠告を真に受けてなくて、後になって、「言ってくれたらよかったのに」といわれたこともあったので、
なるべくしつこく言うようにしていたという。

で、わかった、と納得してはいたんだけど、

納得と衝動や感情は別物らしく、
「自分で決めたから」といろいろ覚悟の上で彼はここを離れたという。

なのでそうならば、私ももう言うことはないので、「気をつけて」と送り出し、
彼も何度も「ありがとう」といいながら去っていった。

なので、彼がここに来るまでは私も夢で象徴的に状況を見てたりしたので、ずいぶん心配したりしてたのですが、
今回は最終的によいコミュニケーションが取れたこともあり、もう心配してないです。そして執着もたぶんないです。


最近は私の周辺はすべてにおいてこんな感じです。


みんながどんどん「自分で決めたから」と言って、その状況に入っていくのを見送るような。


「自分で決める」ということは、何よりも尊重されることなんでしょうね。


その先に厳しいものが見えたような気がしたとしても。
そこまで全部ひっくるめてそれが出現するのを自分に許可できるほど自分は心が広いだろうか?


自分が直接関われるときが終わったような気がしたとしても、それでもやっぱり神の介入を、
言い換えれば神の恩寵を直接受け取ることをその人たちが許可すると自分で決めるのを、願ってしまうという。



いろんな導きがあるんでしょうけど、どれも否定しないでそして重要視しすぎないで在るように在らせるというのが一番難しい。


バランスがすごく難しいです。

私はどちらかというと、それが在る以上に尊重して力を与えてしまって逆に奪われてバランスを崩すタイプかも。


あるいみ女性的といえばとても女性的。

否定せずに、重要視しすぎずに、在るように在らすというのは強くないとできないですね。




ちなみに今日のダンスクラスでは、新しいステップみたいなの(3種類のスピードで)と、いろんなムドラーを習いました。
いろんなものを現す手のしぐさです。

あなた、わたし、大空、大地、みなさん、王様、炎、眼、など。

顔の表情もつくんだけど、日本人の小さいパーツの顔ではあまり迫力なさそう。笑

先生むちゃくちゃ眼、でかいもの。先生のちいさな娘も。
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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