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久しぶりにババの夢を見た。
本当に久しぶりにババの夢を見ました。

なんかダルシャンの夢で、ババはご老体で、ババの世話をする人がでもなぜか、椅子に座ってるババを遠心力でぐるりと大胆に振り回したので、
ババは遠心力で椅子から浮いて、椅子より外がわに投げ出されそうになっていましたが、落ちはしませんでした。

なので、それを見てて、

「ああっ!なんてことをするんだ~!!」

と思ったのですが、

そしたらババは自分から立って歩き出して、さっき椅子がぐるりと振り回されたところは小さな円形ステージのようになっていて、白い、コットンの分厚い生成りの生地のようなもので、大きな傘のような屋根がつけてあって、

ババはそこに駆けていって、傘のような屋根の下のどこかに飛びついてつかんで、
その勢いで自分から、傘の中心の柱のようなとこのまわりを少し空中に浮いた状態で、傘状のその小さなテントみたいな白い布の小屋がぐるりと回るのと一緒にぐるりと回りました。

ああ、無理しないで、

と、少し心配な気持ちでそれを見たのですが、

ババは小さな子供のようなしつこさで、何度も何度も休みなく執拗にそれをしていました。
で、それをすることを夢中になって楽しんでいるようでした。

そして楽しんでいることを私たちに見せつけたいようでもありました。



そんなババの夢でした。


目が覚めてからババの夢を見たことを思い出したんですが、
直接しゃべったりとかがなかったということもあってか、特に気分的に高揚感が、とかそういうのはなかったんですが、

何せババの夢をはっきり見たのはものすごい久しぶりだったので、「見た」という自覚が残ったというか。

実は昨日もなんとなくババが夢か何かに来てたとは思ったんですが、ストーリーはなくて、
ただ、いたというか。



そして今日のババの夢のあとにもいくつか夢を見て、

それも一種のダルシャンが行われるのを待ってる夢だったんですが、
そのダルシャンでは大量の、本当に大量のクムクムウォーターが流されることになっていました。

クムクムって赤い粉で、クムクムウォーターはだから真っ赤な水です。

それはドゥルガープージャの意味を持つ、ということでもあったようでした。

私たちは巨大な広い会場にいて、
会場の前から後ろにかけて何メートルもの深さの広い溝がしつらえてあって、

たぶんダルシャンのメインの何かは会場の前方のステージのほうなんですよね。


しかしダルシャンが始まると、四方八方から大量のクムクムウォーターが押し寄せ、
それが集まって中央の溝を後ろから前へと流れていく(そしてその先にはそのアビシェーカムの目的である何かがある)
ことになっている、という説明を私たちは受け、

私たちは会場の中央の溝を覗き込み、その深さに驚いて、そこを流れる膨大な量のクムクムウォーターをイメージし、
すごいスケールだなと、それが始まる前からすでに少し圧倒された気持ちで、それが行われるのを待っていました。


そんなクムクムウォーターのアビシェーカム待ちの夢でした。


その後の夢は、


何かみんなで仕事をしてる仕事場があったのですが、
特にすることもなくて人が余ってるみたいだったので、私は裏手の書架兼倉庫みたいな広くて薄暗い部屋に行き、
漫画を読んで休憩していました。

そしたら同じように仕事の一線からは外れたい年配の知人女性2人やってきて、でもその人たちは私のようにあからさまに仕事をサボる趣味はなかったんだけど、でもシャカリキには働きたくない、というので、

誰に気を使っているのか、その薄暗くて広い部屋の中で整理整頓をしたりして、仕事を続行してるという体裁は整えていました。


私は座って漫画を読みまくっていたのですが、
知人の男性がやってきて、私の近くで何をするでもなく、ただ、近くにいました。

私は漫画を読む邪魔だからどっかに行けばいいのに、邪魔なんだけど。と思って、そういったかもしれませんが、
その人は何も言わずひたすら近くにいました。


そのうち、どうでもいい誰にも何も求められていない仕事をして働く体裁を保ってた二人の知人女性が
私が100パーセント休憩しててまったく働いてないことに対して軽く非難してきて何か言ってきたので、

私はなんでこんなとこでそんな意味ないことして働いてんの?で、しかも私に何か同じように働いてる振りすべきだと言ってきてる、ということがおかしくてたまらなくなって、

大爆笑がとまらなくなって、
ものすごい大きなわれるような声でゲラゲラゲラゲラ笑い続けて、夢の中で永遠かと思うくらい長く笑い続け、
そしてその自分の笑い声はどこか遠くでの大きな響きのようにも聞こえたんだけど、

そして自分の大きな笑い声の響き続けているんだけど何か奇妙な静けさの質も同時に感じつつ、目が覚めました。





目が覚めてからの発想なので何か余分なずれたイメージなのかもしれないけど、
とにかく起きてから自然に思われたことを書くと、

ババが自分が楽しくて遊んでるんだ、これをやってるんだ、というのを執拗に見せつけてきた夢は、

ババは自ら輪廻の閉じたサイクルに飛び込んでくるくる回ってるんだと思いました。

それは子供の遊びのように偏執的に熱心に繰り返されていました。



次のドゥルガーへのクムクムウォーターアビシェーカムの夢は、夢の中にいたときはまったく思わなかったんですが、起きて少し思い返しているとすぐに、大量の血が流されて女神に捧げられることが連想されました。



次の裏で完全に休憩してて非難されて、なにいってんだ、と爆笑して、知人がそばから離れない夢は、
まあ何かそのままな感じで受け取りました。

わたしは爆笑しまくりで、笑いがすでに私のコントロールを離れてそれ自体で響いて笑い続けてるようなかんじでした。


それは、いったい何なんでしょう?

たぶん演じることへのばからしさと、それをさも権威のあるルールのように押し付けられようとしてる自分の不条理な状況や、

自分で自分に課してるかせを自分も楽しくないのに、休みたくてこの影の部屋に来て、そこでは誰にも求められてないんだから休めばいいのに、私にも押し付けたい人たちの在り方の不条理さのおかしさとか、ばかばかしさとか、そういったものへの反応だと思います。

ばかばかしすぎる、わらえる、という。



なんにしろ、ババの夢を見た 笑


1月にアガスティアの葉を見て処方されたので依頼してた、私からネガティブを吸い取って廃棄するためのお守り。

それが10日ほど前にきて、
昨日で9日間身につけたのが終わったので、

今日、どっかの水(今はチトラバティ川に水はあるんだろうか?)に、投げてきます。
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【2012/06/21 11:11】 | サイババの夢 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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