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子供の教育とプッタパルティの学校計画
今日実家に電話して、おかーはんは私と子供をあんまり接触させたくない気持ちがどこかにあるのか、こないだもそうだったんだけど、

子供が日本でいかにみんなによくしてもらってるかとか、いままではインドでは栄養が足りていなかたっとか、そういうようなことをずっとしゃべってて、

おかーはんとしてはたとえ突発的な出来事(子供がありえない感じで長期ビザ喪失)としてでも、子供が日本で日本の学校に通うようになって本当によかった、自分の希望通りと思ってるんだと思いますが、

そんで、日本で子供の面倒見てくれて本当にありがたいと思っていますが、

前回も子供としゃべろうと電話したんだけど、おかーはんとしゃべって、あんまり日本にちょくちょく帰ってくることとか考えるなとか言われて子供とはしゃべれずに終わって、今回もそうなりそうだったので、

子供がいるのか聞いたらいたので呼んでもらって変わってもらいました。

ちょっとした声色とかで何考えてるかとかどういう価値観かとか伝わると思うんですけど、

子供はすでに母に「中学卒業までは日本で勉強するのだ」とマインドセットされてて、
誰かに聞かれたらそう答えてるみたいなんですけど、

だから、私としゃべって子供が里心がついて、インドの雰囲気に戻ることを母はどこかで良しとしない思いがあり、
なんとな~く、積極的にはつないでくれないような。

で、わたしは日本にちょくちょく帰ってくるとか考えないようした方がいいみたいに言われました。

ああ、いつものプチグル。子供の心を惑わすものから子供を守ってるつもりの正義なんだろうなあ。

可笑しいくらいどこでも同じパターン。

な~んでなんだ~~~ろ~~~~~?


何で私っていつもこんな扱いなんだろう?

しかしもちろん子供にかかるお金は送るように言われる。
そりゃ送るけど、嬉々として100万クラスののローンを組まそうとしないで欲しい。。。
なんかちょっと浮かれてる?

とりあえず「無理」と言っときましたが。

母不満そう。


私の人間関係、こういうパターン、ほんっと多すぎで。もうさすがに飽きてきた。
あれとは接触するな、でも必要なものは遠慮なくあれから取れみたいな。

何でいつもこういうパターン?

私の心は誰か守ってくれるのだろうか?

つーか、よっぽどだれからも心身ともに頑丈と思われてるんだと思いますけど。

何しても言っても絶対壊れなさそうとか思われるみたい。

だれかは私のことハチキンとかいったっけ。金玉8この。
確かに弟4人の上に君臨してはいたけれど。
そんなんじゃないと言ったらじゃあ7個くらいかといわれた。


ちょっとこういうパターン多すぎなので違うパターンにしたい。

どうしたらいいのかな?


で、子供も電話を代わったときは戸惑ってて、なんか母が子供に電話を変わるときの声色も私としゃべることに対して何か潜在意識に後ろめたさを強く感じさせるような、おおらかな態度とは裏腹の非難めいた感情を伝える声色としゃべり方なもんだから。(これを専門用語でダブルバインドと言うのでしたっけ。態度と言葉それぞれ逆のメッセージを送ることで混乱させて思考停止を引き起こし、身動きできなくさせて他人をコントロールするやり方)

で、子供はいまグルば~ば(おかーはん)の支配下なもんだから、そこから抜けられず、なんかその意思に従おうとする本能が出てくるんですよね。

手放しで私と接触できる感じじゃないような。
私に心を開いたらぐるば~ばが面白くないみたいだし、気持ちを損ねたくないなと、自然と思うように、自制するように仕向けられていると言う。

これを潜在意識コントロールと言うのだわ。

そしてそれが日本社会なのだわ。。。私無理。ぜったい。


まあとにかくそんなわけで子供はしゃべるのも最初のうちは「え~~~と、どうしよう」とかいってたんですが、

そのうちおかーはんが買い物に行ったらしく、

結局体育会のこととかだらだらしゃべって、体のこととか、学校のこととか、インドのこととか、
パンはパンでも食べられないパンな~んだとかいってきたり。
「フライパン」
「正解」
あと、パンダとパンツも正解らしい。そりゃくえんわ。

私はいまだに少し葛藤があるもんだから、
子供に、インドと日本とどっちがいいか聞いたら、「どっちでもいい」と、いつもの答えを言うので、

「ほんとはどっちがいい?」
と聞いたら「カードライス食べたいなー」と、インド食のことをいったりして、

最近ちょっとそんな感じで、マンゴーいいな~、といってみたり。

インドが懐かしくなってきたというより日本に飽きてきたみたいで。


でも、インドやったら、日本語の学校はあるけど(週1の)、プッタパルティはワラディスクールしかないやろ、
あそこでいいん?
と聞いたら「学校は日本のほうがインドよりラク」というので
「そうやんな~、面白いやろうしな」
とかわたしは答え、
結局答えは出ない。

インドの学校は朝から6時とかまで冗談抜きでずっと教室で勉強。先生余裕でたたくし。
日本の学校は体育とか音楽とかあるし、2時半~4時くらいにはもう家に帰れるし、給食も辛くないし。


学校、プッタに計画中の外国人の子供でも楽しめるいい学校の計画が現れては消え、というのが続いてますが、
ここらでいいかげんババの意思が実を結んでもいいんじゃないかと思います。

ババが直接計画にかかわってた、プッタの外国人の子供のための授業料の安いインターナショナルスクール。

計画責任者は資金があれば今すぐにでもはじめられると数年前から言ってるんだけど、
理想は高いけどあまり動ける人じゃないのかもしれない。

みんな相当期待して、毎週月曜とかにミーティングを重ねていたのにな~~。

ちなみに日本円で3億あれば始められるみたいです。
幼稚園から大学までのを。

私はもちろん持ってないけど、だれか3億使いたい人がいるかもしれないのであちこちに書いときます。笑

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【2012/06/24 00:26】 | 主名の学校 | トラックバック(0) | コメント(2) |
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コメント
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【2012/06/24 04:57】 | #[ 編集]
> 古野 さん
>
> なんでいつもこんな扱い?っていうところですが普段まわりに対して、怒ったり、拒否したりの態度をあまりしてなくないですか?

うん、基本受容です。と言っても、他から見て、そうは思われてないかも。。。
なんか、ある種の人にはものすごくエゴイストで邪悪とみなされるんですよ。
だから、単に弱弱しい善人と思われてるわけではないと思います。
むしろ逆かも。

拒否と言うか、ぱちんとなんかのスイッチが変わって自分でもどうしようもない感じで接触できなくなるときはあります。

怒るのは、、、女性にたいしては基本やさしいですが、男性に対してはなぜか容赦なく厳しいです。
男性は自分と同族と思ってるのかも。(あれ?笑)
怒るときはかなり怒りますけど、怒ると言うより叱り付けるような態度が多いかも。
本気で怒ったら相当きついかもしれないですが、そんなには本気で怒らないと思います。。。?




>
> 当たり前のことになりますが相手は無意識か意識してか誰しも漬け込んで来ますし。でもお母様の場合は別物かもしれませんが…親子でありプチグルだから。

なんかここ数年のパターンとして、褒めたり認めたらなぜかその相手から悪く言われたり否定されるというのがあって、
なんか理解不能です。

あ、認めることで、その人の世界の住人と思われて、そんで、自分の世界の住人としては不適切だと思われて裁かれて否定されるのかも。
うん、その線濃厚。

住人じゃなくても褒めてもいいと思うんだけど、それってグルマインドの人に起こるケースかも。

ヴェーダのおばあちゃん先生とも、最初は距離を保ってて、向こう尊重してくれてたんだけど、
あるときからしょうがなくパダナマスカールしたら、おばあちゃん先生人格がちょっと変わっておかしくなりました。

私の罪をかぶったのかな。笑

わたしは、パダナマスカールすることでおばあちゃん先生の伝統的なグルと弟子の関係のパターンのスイッチが入って、私を彼女の世界の中でコントロールしようとする意向が働いて、
それがうまくいかなかったらおかしくなった。と、思ってます。

で、結構私のこと周りにボロかすに言っていじわるしてたけど、私もむかついて下克上でぎゃーぎゃー言って、他の人誰もそんなことしないから、すごい雰囲気にちょくちょくなってました。笑


おばーちゃん先生のグルマーヤ、グルカルマだったと思ってます。
おばーちゃん先生も、覚醒してる聖者として扱われてたけど、最後のグルマーヤーが、私との距離が喪失してつながることによってあぶりだされたのかもしれない。

でもおばあちゃん先生からはとてもよくしてもらってたし、深い感謝はいつもありましたが、そういうわけでものすごいひどい気分にもなりました。

今はその存在がありがたいのみです。


そういえば、昔付き合ってた彼氏も、ある意味私のグルだったけど、私をコントロールしきれなくて精神病みました。。。

私は態度としては従順だったんだけど、本質的に絶対に負けないというか自分を失わないとこがあるので、
なぜか彼はいつも私にコントロールされてると感じてたみたいです。

不思議。。。たぶん、彼は自分で勝手に自分のコントロール失ってただけなんじゃないかと思うんですけど。


>
> 私自身、感情を出さなかったり、怒らなかったりしていた時に、もうどんな場面でなら怒ってもいいのか分からなくなってた時がありました。今は違いますけど。態度に出して(お芝居してでも)ご自分を守っていただけたらなと思いました。そしたらまわりは出方変えて来ます。面識無い方にこんなコメントしてもいいのかなとは思ったんですが、私の心は誰が守ってくれるの?って下りも若干心に残ったりしまして。ブログの内容と視点全然違ってたらスミマセンf^_^;

昔は感情を全然表に出さなくて、(どうやって出すか分からなかった)
いつもにこにこしてて悟ってるとか言われてましたが、
今は瞑想とかしてもうちょっと感情の波をコントロールしろとかいわれます。
エゴイストとか、良心が欠如してるとか、サタンだとか、散々な言われようです。苦笑

もっと怒ったほうがいいのかな。
鬼!とか鬼畜!とかいわれたりして。笑


たぶん、こういう世界だから理解されなくてもしょうがないとは思います。

て、それはすでに諦めてる態度で改善の余地あるみたいですけど。
先日の木村さんのセッションによると。


あ~、でも、怒ってもいいのかもな~。
相手の気持ちや価値観も分かるから、一方的に怒りにくいというのもあるのですが。

怒ってもいいのかもな~~~。

人にエゴイスト言うもんがエゴイストなんじゃ~!
人にサタンいうもんがサタンなんじゃ~!

って、あんまり迫力ないですよね。笑

確かに、なんていって怒ったらいいか分からないかも。

ひどいな~、と思っても、自分の中に溜めちゃってるかも。

>
> いつもブログ読ませてもらっていますけど、日常の出来事や考えていることを詳しくとても正直に書いているようにお見受けします。だからどんな方なのかな少しだけ分かる気になりましてはこんなコメントしました。又、作家になれる方だと思いました。瀬戸内寂聴さんや柳美里さんを彷彿とさせます(o^∀^o)

むむ、先日非公開コメントでよしもとばななさんとかいうのもありました。

寂聴さんのエロを極めて対極(出家)に行ったというのは面白いと思いました。が、実はあまり響かないです。
柳美里さんはちょっと悲惨系ですよね。。。(柳さんごめんなさい)

よしもとばななさんは体弱そうだし。。。(沖縄の離島に共通の遠い知り合いいます。笑)

自分としては小川洋子さんとかかなと思いつつ実際は田口ランディさんあたりが近かったりして。

>
> 日本でのヤグニャ開催されるといいですね。必要ですし待ち望んでる人沢山いそうです。いつもありがとうございます。

こちらこそありがとうございます。

東京センターでは2013年秋のヤグニャIN JAPAN に向けての?ヴェーダの練習が来る7月の頭からさっそく始まるそうですよ。

2012年にも何かできたらいいですよね!

>
> ☆今回は一応非公開押しときましたけど、今後コメントは公開か非公開かは古野さんにお任せします。

ありがとうございます。今回も問題なさそうだったので公開させていただきましたが、
もし問題があるようでしたら消しますのでおっしゃってください。

カウンセリング受けてるみたいでちょっと面白かったです。笑

さんきゅーです。

さいらむ
【2012/06/25 03:48】 URL | 古野SAWAKO #-[ 編集]
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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