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停電とエコな技術 受け取られなかったもの、信じてもらえなかったもの。
ここ数日雨が降ってないからか、今日は特に停電が長いです。

さっきまでしばらく電気が来てたんですが、今また停電。

先日、「電気よこせ~」というデモもありましたが、そのあと電気来たみたいなので、節電で停電にしてるんでしょうね。

私は特にそれで大変というのはないんですが、
農業をやってる人とかは水を撒きたくてもポンプが動かないとかで死活問題みたいです。


プッタパルティなんか、それこそ太陽発電したらいいと思うんですが、
そして実際、ババは生きてる時にそういうのをすすめようとしてて、西洋人がそれを受けて、そういう技術のショールームみたいなのも作って、村に普及させようとしてたんですよね。

そういうエコな技術を。心から村の人たちの幸福のために。



ところが村の人たちは喜ぶかと思いきや、逆にいろいろ攻撃とまではいかないかもしれないけど、その西洋人に困難を与えたと聞きます。

私は直接関わってたわけではないから言う立場にはないんですが、
おそらく村の人たちは自分の分離的なものの見方をその西洋人に投影して悪く思ったという面が必ずあると思います。

だまされてる、とかそういう。

そういう世界に生きてる人たちだから。



わたし思うに、ここで何か奉仕的なことをしようとしてる西洋人とか外国人は、本当に無私の気持ちで奉仕をする準備がある人たちだと思います。

でも地元の村人たちはそういう自分の利益を求めない人たちの見てる世界が理解できないんだと思う。

そして自分のものの見方を投影してよい変化をもたらす可能性を示すものたちを悪く思う。


そうすることで自分たちが慣れ親しんだ不自由な生活からの変化を免れるから。


残念なことだけど、そういうことがいたるところで起こっていると思います。



西洋人も地元の人たちの中に心を通わすことのできる人物、心を通わせても大丈夫なキーパーソンを見出せなかったのかもしれない。




異なる見方の世界をつないで融合させるのは本当に骨の折れる仕事だと思います。

でもお互いの中に神を見て、お互いの中の神を信用できる時にはすべての不調和は単なる表面上の違いとして重要なものではなくなるので大きな力が生まれます。


お互いに差異と隔たりばかりを見ていたらみんなばらばらになってそれぞれの場所で弱ってしまう。





すべての差異の奥に湧き出続けている清涼な泉。


お互いにそれを差し出して愛していると伝えるべきなのかもしれない。




サイババからの泉の水はみんな安心してごくごく飲んだ。


私たちは彼に何か差し出したのだろうか。


むしろ彼の水さえ独占しようとして何もかもだめにしたり、そういうことって起こらなかっただろうか。





すべてのもののうちに湧き出し続ける清涼な泉。


私たちはいくらでも与えることができる。



与え、与えられることで癒される渇き。





ばらばらになって涙の水にならないように、「ここに水があるよ」とみんなが自分を解放できますように。


どこからでも飲めるんだとみんなが安心できますように。





与えること、それが彼から受け取った者の次の自然ななりゆき。促されていること。



動きは動きを呼び、受け取ったものは次へ手渡される。


たぶんそのようにしてこの世界は続いてきたんだろうと思います。
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テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2012/08/24 01:11】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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