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ケララの人たち増殖中。。。&圧力鍋
もうじきオーナムなのかな?

ケララの人たちが増えてるみたいですけど。



今日も夕方、音楽プログラム?をやってました。

私は一応病みあがりなので(おとといから昨日にかけて39度越えの熱が出ていました&下痢)

ほとんどアパートの部屋でアシュラムから流れて聞こえてくる音をなんとなく聞いてましたがクオリティ高かったです。

最後のほうだけアシュラムに行って、バジャンだけ参加しました。


なんか、黒っぽい団子状のプラサードが配られました。

黒っぽかったけど、ココナツ団子でした。黒かったのは黒糖なのかな?

まだ本調子じゃなくてあまりご飯が食べられなさそうだったので、これを晩御飯にしてもいいかな、と思って、
ほんの少しつまんで食べてみましたが、めちゃくちゃ甘かったので晩御飯にするのは断念しました。
(栄養価は高そうだったけど)


晩御飯は雑炊作って食べよう、と思ったので、アシュラムの端っこにある八百屋にバジャン後に行きましたが、いつの日か開店時間が変わってて、5:15PMでクローズでした。

バジャンが終わるのが6時だから、
八百屋のスタッフはバジャンに参加してそのままおうちに帰るのですね。



しょーがないのでアシュラムの中を散歩しながら帰り、アシュラムの外の八百屋で少量ずつ野菜を買いました。

いつも子供に「ガネーシャ」と勝手に名づけて呼びかけていたおばちゃんのいる八百屋で買ったんですが、
トマトをいくつかおまけしてくれました。

雑炊にトマトは入れるつもりないんだけどなと思いましたが、

そうだ、生のままで食べよう。



20リットル入りの水も切らしていたので、下のお店から2つ運んでもらいました。

下のお店の店長が「ハー、いい運動だ!!」と言いながらひとつずつ下から運んできました。

そういえばなんか、わたし、中学生くらいの時に、20リットル入りの水を両手に持って運んでいたような記憶がある。合計40リットル?
(実家では飲み水はどこかから買ってたので)

多分すごく腕は強かったんだろうと思います。




小型の圧力鍋に米と野菜と昆布だしと塩を入れて火にかけました。

どうも水加減がいまいちよくわからないんですが。。。

昨日お粥を作ったら焦げたので、今日は多めに水を入れて火にかけたら焦げはしなかったんだけど、
フタの隙間からけっこう水が漏れて、

もれもれやの~~~。

と思いつつ見てて、

もういいかな?と思ったのでふたを開けて様子を見たら野菜も全部柔らかくなっていたのですが、中の水は当たり前だけどだいぶ少なくなっていた。

なので、水をたして、普通のなべとして使ってしょうゆで味を調えました。



まあ、ちょーシンプル簡単料理ですけど。

でもやっぱ胃腸が弱ってるのかいつもの半分以下しか食べられなかった。


やっぱ今日のひるに調子に乗ってカードライスとナスのサブジをサウスインディアンキャンティーンで食べたのがまずかったのか?


というか、朝からウプマなぞ食べたから?



じつはその後パイナップルジュースとスイカジュースもジョッキに1杯ずつ飲んでいたという。



自分としては節制したつもりなんですが。
どこがかというと、ミルクティーは今日は飲まなかった。


というのは、昨日、ホットミルクを飲んだら下痢がひどくなったから。
ホットミルクといっても半分以上お湯で薄めて砂糖を少し入れたやつなんですけど。

パイナップルってなんとなく下痢によくなさそうだけど、その時の選択肢がぶどうジュースとパイナップルジュースだったので、パイナップルのほうがマシかなと思って。

衛生的に。


インドでぶどうジュースはくせもんなんですよ。

たぶん、複雑な形だからよく洗えないというのと、農薬もすごいといううわさを聞きますが。


ぶどうジュース、アシュラムで売ってるフレッシュジュースは一応衛生に気を使ってるらしく、何度も飲んだしOKなんですが、たとえばドライブインとかで売ってるのを買って飲んだりしたら数口で吐き気がした。

たぶん房の中に少しぐらい腐った実とかあっても気にせずに一緒にジューサーにかけちゃうんじゃないかな。




インドのフレッシュジュースっておいしいんですけど、けっこう、皮も一緒にすりつぶしてくれるのが気になるといえば気になる。

インド人て、野菜でも何でも、皮も実も丸ごと食べる習慣があるんじゃないかと思うんですけど、
それって、栄養的にはすごくいいことなんですよね。


でもでも、無農薬とかならいいけど、今のインドの野菜や果物はそうじゃないから、、、
ブラムマールパナム、を唱えて何でもいただきましょう、ってとこですか。



リンゴのフレッシュジュースとかもおいしいんですけど、皮も一緒にすりつぶしてそのままジュースになってるから、
ちょっと、まてよ?いいのかな?とか思っちゃうという。



ざくろとか、メロンとか、スイカとか、オレンジ系とか、そういうのだったら皮は入れないからその点は大丈夫と思います。


ざくろジュースはなかなかいける。





で、さっき記事を書きながら思ったんですけど、
あれですよね、圧力鍋、中の水が漏れ出てきてるって事は、圧力が充分かかってないってことですよね!?


きっとなんていうの?パッキン?そういうのがどこかにあるんだろうな。

フタと本体の間にはめるやつ。


まちがいない。。。たぶん。



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【2012/08/27 23:53】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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