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昨日のガネーシャの日にプッタパルティに帰還。プッタ生活再スタート。&ついでにハタヨガも。
昨日、プッタパルティに戻りました。

昨日の晩はウエスタンキャンティーンにマッシュポテトはなかったけど、

とったご飯どれもおいしかったです。

食べ物の話が多くて申し訳ないですが。笑


昨日の晩は米のご飯とダル(豆と他の野菜を煮込んだ辛くないカレーみたいなスープ状のもの)と、サラダと、長い黄緑の豆をゆでてオリーブオイルでいためて白ごまが混ざったやつを食べました。

合計50ルピー。(70~80円)

ウエスタンキャンティーンはパスタさえ取らなければ結構安くつきます。

きのうはラザニアもあったけど、私は昨日はあっさりごはんがよかったので取らなかったですが、

あとでメニューが書かれたホワイトボードを見たらラザニア単品で85ルピーにまた値上がりしていた。130円くらい?

それでも日本の感覚からすると安いし、ウエスタンキャンティーンのラザニアは出来立てなんかはトロトロでかなりおいしいです。



夕食を食べてからもずっとなんかプッタパルティから微妙に浮いてるような感覚がしてたのですが、

食後にコーヒーアフォガトー?なんかよくわからないんですが、

エスプレッソにバニラアイスをのせたやつ(35ルピー:50円くらい)をデザートで食べたらおいしくて、急にプッタパルティの現実とつながったような気がしました。


なんでかよくわからないんですけど。




そして食堂からの帰り道、アシュラムの中を歩いていると私の中の誰かが無条件に嬉しいといっているかんじがした。笑



なにかすごくはつらつとした感じが続いていて、

なんで昨日の2日にプッタに戻ったかというとガネーシャの日で、プッタパルティ暮らしを再開するのに縁起がいいかなと思って。


ほんとは2日にブリンダバンに知り合いが来て私に渡してくれるものがあったので、
2日に知人を迎えてから夜の飛行機でバンガロールに飛ぼうと思っていたのだけど、

調べてみると夜の便はほとんど満席で、適当なのがなかったので、

知人には私に渡すものは郵送してくれるように頼んで、

私は昨日の早朝にさっさと向こうを出発しました。



気にせず待てばいいと思うかもしれないけど、よいタイミングに乗れるときには思い切って乗ったほうがいいと思うので。


そのこと自体が世界全体をシフトさせてくれるくらいの力が、タイミングにはあると思います。


前回ブリンダバンからリシケシに行ったときも、いろんなやったらいいこととかあったんだけど、とにかくすべての条件を何もかも放り出してリシケシにいきました。

それは正解だったと思います。

そして、いろんなことを放り出しても何も不都合も不利益もありませんでした。



それは私の場合はサイババとかアマチとか時には他の存在が個人としての私自身の魂の声の象徴みたいなのになってると思うので、

列車のチケットの日付も言われていた日でとってあって、
実際そのチケットを使うかどうかでもう一度自分の中でこのときは念のためにサイババにもアマチにも聞いてみたんですけど、
(あくまで自分がものごとを確認するツールとしてのシンボルの使用と思っていただいて結構です)

両方ともその日に行くように即答だったのでそうしました。


向こうから戻ってくるときも、
もうちょっとゆっくり戻ってきて、もう1回くらいシバナンダアシュラムのヨガクラスに出たいなと思っていたのですが、

やはり思ってたより早い日が情報としてキテたので、思ってたのより早い日程でチケットを依頼しなおして、
その日に移動しました。

そしたらちょうどその日は満月でした。

なにかやはり最適なタイミングというのはあるし、できるだけそれに乗っていけたらいいんじゃないかと思います。



昨日の移動も同じく、当初は知人と落ち合ってもう何日かいる予定だったんですが、知人に会う前にさっさと移動してきました。



それがいったいなにを意味するかというところまでは渦中にいるときはわからないし、後になっても、「こういうことだったからかな」くらいしかわからないし、

その考察が正しいかどうかもわからないですが、

とにかく重くなりすぎないように、というのはあると思います。


それがホ・オポノポノで言ったらクリーニングされた状態を保つということだったり、

直感的に指定された日付にあわすことによって自分と世界が調整されることをそういう形のクリーニングが行われたと言うこともできるのかもしれません。


わたしたちが名残惜しく思うことのほとんどは澱みや重さであり、

体験的に、それを引き伸ばすよりも新しく出直して出会いなおすほうがよいときも多いように思います。

もっといたいと思う場所に長くいるよりも、
一度別のところに行って戻ってくると再びビギナーズラックのような魔術性が戻ってきていることが多く、

そのつど新鮮な新しい体験となり、

それは最初の体験を引き伸ばして得られるものよりも質もボリュームもより幅広いものになっている、

そういう経験をよくしたように思います。


それは場所だけではなく、人に関してもそうで、

同じ場所の同じシチュエーションはそのときだけだし、ある状況である人に出会うこともその瞬間だけのスペシャルなものだと思います。

それと同時に、私たちは同じ場所に何度でも新たに出会いなおすことができるし、

同じ人に何度でも新しく出会いなおすことができるような気もします。


連続性はないほうが総合的に芳醇な驚きと実りがもたらされるようなそんな気がします。

その断続した間に神の働きがダイレクトに注ぎ込まれるので。


常に新しく常に神のミラクルな表現と一体になって。



昨日は食後にせっかくだからガネーシャとスップラマンニャン(ムルガン)の周りも9回ずつ回って、再び始まったプッタパルティでの暮らしと、わたしたちを、世界のすべてを守護してくださいと祈願しました。


ココナツも割っておいて。



そのあと、せっかく縁起のいい日だからと思って、ヨガマットを買いに行った。笑


何件かのぞいてもなかったけど、スーパーバザールの3階に売ってました。



誰かが来てやりたくなった時のためにと思って2本買いましたが、

あとで部屋でシバナンダアシュラムのクラスを思い出しながらやってて、


頭の逆立ちしてみようとしたら、うちの部屋はタイル張りなので、
マット1枚だと床の固さがそのままキテ、頭頂が逝きそうだったので

2枚重ねだったら何とかOkでした。

けど、あと1~2枚欲しい感じでした。


リシケシでのクラスは木の床の部屋だったので、マットからはみ出ても冷たくなかったけど、

私のアパートの部屋のタイルにマットから体がはみ出ると冷たいので何か広い布かなんかをひいたほうがいいなと思いました。



どれだけ続くかはわからないけど、
ガネーシャの日に始めて、なんとなく面白かった。

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【2012/11/03 21:10】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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