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朝の時間
昨日とかおとといとかはなんとなく厭世的になっていて、

アシュラムの中以外のいろんなことがいやになって、PCでの書き込みやメールも放置して発信しなかったのですが、

あと、外出時にはよくPCを持ち歩いてるのだけど昨日は持ち歩くのもやめて、本とカメラだけもって散歩していた。

そうしたらとっても平安。


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大事なことというのはほとんどないんだと思います。


すぐにすべてを放擲してもたぶん何も問題ないと思います。



それに気づくのが遅かったという気が少ししたのですが、



それはわたしが今、こうしてある根拠になっている21歳の時点の話のことです。




私は考えるのが好きなんだろうと思うのですが、

21歳までは考えてなかったのでシンプルでしたが、


その後は人生にさまざまな要素を取り入れて、考える要素も山盛りになって、

考えるネタがつきません。苦笑

PB038850_convert_20121105154352.jpg

(近くをサルが通っている)


昨日は12時くらいに平和に寝たのですが、

今朝4時くらいに目が覚めました。


PB038859_convert_20121105152857.jpg




そしたらものすごいたくさんの考えが起きた瞬間にすでにあったので、

たぶん、寝てる間にそれらを考えていたんだろうと思います。


なにか、自分の中ですっきり整理整頓できるようにいろんなことを常にあっちの世界でも探ってる感じがします。




なので二度寝する感じでもなかったので起きました。


PB038855_convert_20121105152750.jpg

(サルの向こうの人はおじさんに見えるかもしれないけどおばさん。)


面白いことに、考え方によって世界が変化して見えますよね。


どの軸に沿って考えるか、

どの視点に自分のアイデンティティを沿わせるかによって、

世界の意味づけが変わってくる。




今朝起きたときもそういういくつもの視点をとっかえひっかえして、どれがすっきり説明してシンプルになれる視点かというのを思うともなくやっていました。



でもどこかに沿ってるということはどこかが沿わなくなるんですよね。


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21歳前のような私の状態だったらそれでいいんだと思います。

というのは、自分がシンプルになることが肝要だったから、

いわば何かに一点集中の状態が求められていたと思うから。
求められていたというより、自分がそのように無意識に自己鍛錬していたとも言えるかもしれませんが。


でも今はというと、
ある要素、ある視点に自分を入れ込んで集中することで自分をシンプルにする、ということはもはやできなくなっていて。



どうしても、なにかの光のような視点があれば、全体に対してそれを支えている陰の部分を感知してしまうので。



だから何かの要素に集中しきってほかを切り捨てて捨て去るということはすでにできなくなってしまっている。



その結果なにが起こるかというと、安定しなささと混乱がつねにあります。




でもそれはそれらの流動と変化の基盤となるところにすでにアイデンティティを置いてしまっているからかなとも思います。


PB048875_convert_20121105153704.jpg



現実生活に引き戻ってわが身を思うとき、

今、私を頼りとして心情的につながってる人はいないから、で、私もなんか世界のさまざまな動きから心情的に引いて距離を感じるし、

出家?


という可能性が不意にもたらされた。笑




シヴァナンダのとこの日本女性ヨガクラス指導者ニルマラさんもちょーすっきりしてたし、

出家、いいな~



という気も今朝起きたら思いました。


気持ちよさそう、とか思って。




実際、サイババのとこはそういう制度もないし現実的ではないのですが、


そういう気持ちよさを思うと、今の私には清流のよう。





で、昨日は1日PCから距離を置いてプチ出家だったんですが、(あれ?このブログにはなんか書いた?)

たまにはエネルギーの漏れを抑えて自分の中で循環させることもいいもんだと思いました。




常に駄々漏れですから。




そうすること(漏らし続けて自分自身を何らかの形で提供し続けること)が、2001年12月15日以降の私のこの世界で存在するための必要条件だったので。


自転車をこぐときにペダルを踏み続ける必要があるように。


私はそのとき以降、私を漏れ漏れにし続けてきました。


PB048869_convert_20121105153322.jpg



そのときなにがあったかというと、

2001年12月15日以降私は何でも自分の思ったことができるようになると某聖者?にいわれたので、


じゃあ、やりたいことないし、今度こそ逝けるときなのかな、と思って、

持ち物を処分して自分の内面も整理して、その日は逝けるチャンスが来たら躊躇なく逝けるように何もない部屋で静かに横になって待っていた。



でも肉体の放擲は行われず、それは私に押し付けられて与えられたままだったので、

手紙のやり取りの中で 霊的に引っ張ってといわれたことを思い出して 翌日くらいにその人のとこに行って結婚することにしたんですが、


そして生まれたがっていると感じていた子供に肉体を提供できるように即妊娠。



実際がどうなのかは私の判断できるとこではないですが、私自身はそのような認識で動いていました。

そして、そういうことで生きる意欲のあんまりない私も役割を自らに課すことでこの世界に生きていけるとも感じました。

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ある意味私はもとだんなと子供のグルの役割を甘んじて受けたのかも。

そして私個人にはその資格がないのはわかっていて、あくまでサイババとの霊の流れのひとつの表現形態としてのわたしがそのような役割を担っていて、

しかし子供ももとだんなもそこまで私に意識的についてくる状態ではなくて、

なんとなく、活用されきらずにわたしは打ち捨てられたような気もしないでもないですが。笑

それともすでに実際用済みだったのかな?



でもあらゆるそのようなグルは打ち捨てられるか、なんらかのかたちで追随者との関係を作り直すタイミングが次々と押し寄せてるのかもしれないと思います。


一人ひとりが覚醒のとき、つまりは意識して目覚めているように強制されるタイミングなので。


追随者である人は必ず誰かのグルでもあり、その逆も然りでそのぐるぐるサイクルは閉じている。

追随者を無意識に一体化させることでグルも無意識に陥る。



そのような、グルを頭として無意識に追随して一体化していられる牧歌的なときは過ぎてしまった感じ。


自分自身を頭とするとき、ありとあらゆることが起こってくるし、意識的にあって目覚め続けてることはきつい。

しかも、まさしく、グルとなってしまう危険が常に襲いかかる。



でも私がそうだったように、そうやってエネルギー漏れ漏れに自分を与えることでこの世界にいることが可能となる場合もあると思う。


自他の境界を越えて他人の中に生きるときに活かされる生き方。



でも実はその先があって、神そのものが唯一の頭で、

私たちはすべて神の体として一体化していることに気づくというか、そうあることに私たちが天に腹を向けて手放しに馬鹿になり、個人としての頭も失墜したとき、




きっと楽ですよね。

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全体として生きていれると思うし、そうしてもOKと思う。

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全体の中の個性なんてものは自明のものだからわざわざ気にすることもないと思う。



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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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