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ディワリーショックとおじさん
昨日、電気が火を噴いたのはかなり印象強かったです。

だって昨日は光の祭典ディワリー。


ヒルビュースタジアムでこれでもかと火を噴く花火を見た後、
プログラムが終わったらたぶん今度は町の花火が盛り上がっていくだろうと思って、

まっすぐ家に帰りました。こわいし。



何が怖いって、日本の日常ではありえないボリュームの爆音が鳴り響くから。

ちょーでかい爆竹(ひとつの高さ20センチくらいのとか見た。)とか道の真ん中で火をつけたりするので、
爆風の圧力で体が動きそうなくらい。冗談抜きで。


で、家で戸や窓を閉めてそうめんゆでて食べてたらなんか横のほうでバチバチいう音がして、

打ち上げ花火をよく真横に飛ばしたりもするから、

そういうのが来て燃えてるのかと思ったけど

バチバチの音と光の点滅がやまないので外の様子を見るつもりで動いたら部屋の中で電機がショートして燃えて炎が上がっていた。


ハッピーディワリー!



いやいや、違うだろどうしたらいいのこれ?




と、しばらく眺めて自然に消えるかなと思ったけど火はぜんぜん消えなくて燃え上がるばかりだったので、


あ、そうだ、と思って電気のスイッチを消したのが先だったか、ボンッといって停電したのが先だったか。





停電の中でも電気は炎を上げて燃え続けていたので、


壁が焦げる。。。



はずすにはどうしたらいいんだろう。。。




とかんがえて、ふーふーと息を吹きかけてみたけどぜんぜんだめだったので天啓に打たれたように雑巾をぬらしてかぶせたら しゅーーーといいながら消えた。

で、その電気をはずした。



こげたにおいがくさかった。

部屋中にすすが飛んでいた。


PB149125_convert_20121115061538.jpg

私がいないときに火を吹いてなくて、よかったといえば、よかったのかな?






関係ないけど、今朝、ベーダパタサラのたぶん一期生のおじさんにお茶飲むとこで会ったのでしばらく近況など話して雑談した。


最近は日本の人たちともスカイプとかで?よく交流してるらしいけど、


最近は何かヴェーダのプロジェクトやってるんですか?とか聞いたらなんやかんや話してくれたけど、
なんか、ヴェーダでいろいろ楽しめるんですねって感じでした。


チャンティングの繰り返しから深まって(次の段階にいって?)瞑想になり、最後はヨガ(合一)になって沈黙になるとかいってて、ふーんと思った。

なんかこの人から聞くと深遠なことを聞いてるような気になる。笑


たぶんプッタにいる限り、生まれつきのゆるぎない立場から来る自信が説得力を与えてるというのもあるかもしれないけど、
どっちが先かはなんとも言えないのかも。

そういう人だからゆるぎない立場に生まれついたというのがインド的な考え方なんだろうな。


でも最近はこれほど純粋培養な感じの人もめずらしいから、フレッシュな風に触れた気になった。


アティルッドラマハヤグニャのことも少し話したけど、
この人は妙なポジションにいるということもあるということもあってか、
大規模ヤグニャとか無意味。みたいな姿勢でした。

あなたたち一人ひとりがプリーストなんだから、自分たちでやったらいいという立場。
ヤグニャの火も、ちっちゃいの(アグニホートラみたいな一人用のやつ)でやりゃあいいじゃん、みたいなノリ。

そりゃあ、あんまりだろーと思って、
微妙に異を唱えたんだけど、

こういう人って、誰でもそうなんだけど、それぞれの立場とか人間関係のポジションとかあるから、
いうことがいいことも言うし、フィルターかかってることも言う。

説得力すごくある中にあれ?てのが混じってるからよくわかんなくなります。


実はこの方むかし主催で11日間のルッドラホーマムをプッタでノリノリでやりはじめたんだけど、
場所の都合で途中で断念したんですよね。

そういうトラウマと言うか、過去の正当化の理論とかも入ってるような気もしないでもないけど、
(ちゃんとホーマムとかやるの意味ない。必要ない、とかいう)
これは独り言です。


説得力ある人の言葉の中にはいろんな要素が含まれてると思うので、誰の言うことも完全には真に受けられない。

ひとつの意見として尊重はするけれど。



私は、アティルッドラマハヤグニャとか、そういうプージャ系のすごさは完全に認めてます。
「ただし」神の意思の文脈の中で行われたときに。
神の意思の具現化としてのプージャであるときに。
神の意思を実行するプージャであるときに。



それは絶対馬鹿にできないし否定できない神聖なものだと思う。
また、故意に人間が矮小化もしないほうがいいと思う。

自分らでやったらいいじゃん、みたいな。

それ、よくないとおもう。




もちろん、マントラを自分たちで唱えるのはすごく有効で、
特にみんなで唱えたら効果抜群と思います。


でもプージャはやはり訓練をつんだ人のを見ちゃうと自分でどうのとか言うのは、可能なんだけど、
その訓練と知識とプロ意識に対してわたしはちょっと自分でやるとかいえない。


でもそういうのもタイミングとか状況に左右されるから、
いいプージャになるかどうかはわかんないですよね正直。

プロのお坊さんでもちゃんと選別しないとばかばかしい感じの人とかもいるし。

でもいいお坊さんはホントに存在が気持ちがよくて素敵です。


日本の人たちに迫力のある本物のホーマムやプージャのすごさや美しさに触れて欲しいなという気はあります。


でもインド人て基本的にばかばかしいからなあ。



ホーマムやヤグニャは正規の手順できちんと聖典にのっとってやる努力をまずはするのが普通だと私は思います。

ベストを尽くして、それでも至らないところがあるならそれは神様まかせでごめんなさいでOKだと思うけど、

最初から自己流でやると私的にはちょっと残念。

自己流もいいんだけど、ヴェーダを習ったことがある人だったら、自分だけで練習するのと、
ちゃんとできる人に稽古をつけてもらうのとではまるで別物なのがわかると思うのですが、

プージャの実施も同じことが言えると思います。


うん、いいたとえだ。と、思う。これは。






まあ、話は戻って、純粋培養なおじさんと久しぶりに長く立ち話しておもしろかった。

こういう、世間と隔絶したような雲の上で生きてる感じの人っていうのも世界には必要だなと思います。

世界の人がみんなこんな感じの人だったら世界が成り立たないと思うけど、
間違いなく神に祝福された人だなと思います。



ただ、私が言うのもなんだけど、こういう人は現実をまわしていく力には欠けてるかもしれないと思います。
純粋すぎて。

だから、彼は純粋な祈りだけでいいと思って、プージャヤヤグニャのすこぶる現実的なパワーをあまり認めないんだと思う。

プージャやヤグニャは純粋な祈りと世界の改善の融合だから、祈りに加えて、現実的にいろいろ無意味に思えるような形式的なことをきっちり行うことがすごく意味があると私はおもいます。



まあ、俗っぽいと言えば俗っぽいんだけど、それが世界だから。


その俗っぽいとこを受け入れて受容すると自分の中で変容させられる。



別世界で生きてるといつまでも別々だから。

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【2012/11/14 13:42】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(1) | コメント(1) |
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【2012/11/21 22:34】 | #[ 編集]
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まとめ【ディワリーショックと】
昨日、電気が火を噴いたのはかなり印象強かったです。だって昨日は光の祭典ディワリー。ヒルビュースタジ まっとめBLOG速報【2012/11/16 02:28】
子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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