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あっという間に過ぎた激烈の数日間。
この数日は大変だった。

母と子供にインド(バンガロール)往復のマレーシア航空の飛行機のチケットを取ったんだけど、出発前日の夜中の時点で母が行かないと言って電話にも出ないかんじになっていた。

母の人との交流の仕方ってすごく日本人的なとこがあるから、根回し的なものとか、裏表とか、察し合って勝手に動くとか。

私はそういうの、ほとんどまったく感知できないし、そういう交流の仕方をしたくないと思ってるようなとこもあるから、母はわたしに対して自分の意図が通じなくて怒るときが多い。

私はどっちかというと水面下で動かすよりも全部表に出して開いていたいほうなので。


で、母はわたしが人の気持ちへの思いやりがないというふうに、非人間的な扱いをして非難するんだけど、困るわ。

理解不能なのだ。

母は恥とか、みっともないとか、そういう原理で動いてるとこも多いのだけど、わたしは別に何も恥ずかしくない。


で、不思議なことに、じっさいの態度はというと、私は現実世界ではどっちかというと一見クールで大人な常識の在る、なんらかの能力の在る人に認識されることが多いのだけど、親しい人は私の壊れてるようなとことか、後先考えずにとにかくやってしまうようなとことか、受け入れるには笑うしかないようなとことか、

そういうのを体験的に知っているのだけど、(ネットはどっちかというとそういう直情的なとこが表現されやすいので、先にネットでブログとか読んでる人はじっさいに会うと思ったよりまともだと安心するみたいです。実際の動いてる私のほうがいいといわれることも少なくない。←これは余計な記述だった。笑)


母の場合はじっさいの現実世界では母のことをすごく変わってる人だとみんながいうし、子供みたいでかわいいとか、常識の破壊者みたいなかんじに思われるみたい。末っ子キャラ全開ってかんじ。

でも実際は中身は有能な政治家のようで、
まず、決してはっきりしたことを言わない。爆

で、相手のことを思いやっていて、相手の利益になることのために自分は動いているんだという態度なんだけど、そこに自分のポジションのための作為とか、まあ、そういうのがしっかり織り込まれていて、
そういうのは末っ子の能力ともいえるのかもしれない。

相手を喜ばして持ち上げるようなことを言ったりやったりして、浮かれたとこをコントロールする、もしくはあたまごなしにけなして否定することで心理的な主導権を握る。

だから、依存させることでしっかりコントロール権を握る、主導権を握る、自分の影響力を保持するということを常に無意識に念頭においてるようなところがある気がする。

もしくは子供っぽさを出すことで相手の懐に入るとか。


本当に自立してる人ならそういう作意はすぐにわかるし、進入・影響されないように反射的に距離を置きつつやらせておいて、存在を尊重するんだけど、
そういう強さを持ってる人はそんなにはいないかんじが。


そう、そういう私と母の性質の違いがあるので、それのようなコミュニケーションの難しさを克服するにはわたしは母がプッタパルティモードを保ってくれるしかないと思ってるので、その手伝いを自分のためにもしたいと思っているのだけど。

日本では母のグル化がすすんでいて磁力が集中しちゃってるので、母も自分でそれ以外の可能性が自分にもたらすよさというのを自分の中から排除したい感じになっていて。


私は逆にそうは思われないかもしれないけど、放置しすぎな、なるようになれと投げやりすぎなとこがあって、
それは最近少し考え直してます。

とにかくコントロールしたりされたりすることを避けたい気持ちが強いので、
というのは母の2面的なコントロールは強力だったので。

だから、人の自主性に任せたいと思うあまり、放置してどうにもならなくなることが多かったのかなと思います。

私の場合、何事に関しても放置は充分してるので、もう少し引き寄せてあげるということを上手にしていくことを学んでいく必要があるのかなと思ってます最近。


それは、先日まで毎日クワイヤーの練習に参加してた時に、指導してた女性とババとのエピソードを聞いて思いました。

あるときその女性はクリスマスの子供たちの劇のリーダーをしてたらしいんですが、
ダルシャンでババがだれそれとだれそれはどこだ、と、聞いてきて、ダルシャンに二人の男の子が寝坊したか何かで来てなかったらしいのですが、
そのことでその女性はそれはあなたの責任だ、と、注意されたそうです。

で、次の日か何かちょっと忘れたけど、その後そのグループがインタビューに呼ばれて、その2人の男の子たちはやっぱり来てなかったので、インタビュールームに入れなくて、外で泣いていたそうです。


その女性が言うには、ババは、遅れてきたり来なかったりする男の子たちには直接怒ったり注意したりは絶対にしなくて、
それはその女性の責任だ、と、その女性だけをしかったそうです。

だから、クワイヤーの練習でも、誰かが遅れてきたりするとそれはあなたの責任ではなくて私の責任になるので、時間通りにきてください、と、その指導してた女性はみんなにお願いしてたのですが、


そういう、よいチャンスをいろんな人がきちんと受け取れるように、残念なことにならないように気を配る責任というのがあるんだなという気がしました。



そこらへんが、私ももう少し踏み込んで責任を持っているように促された気もしました。

他人の自主性や自由意志のようなものを犯してはならないということと、そういうふうな責任は並べたら矛盾しているようだけど、

わたしが今まで人の自主性や自由意志を尊重して、自主性を求めていたように自分で思っていたものは、自分のその人に対する責任逃れの面があったことは否めないと思いました。


そういうわけで、今回、母と子供がプッタパルティに来るまでもめにもめたんだけど、その、クワイヤーの女性のエピソードを聞いて、自分の気持ちの置き方に参考になるところがあったのでよかったです。

わたしは、よく母に、私が自分の思いだけで人を振り回していると非難されていて、良心が欠落している一種の人格障害扱いなので。




相手の意思を尊重する、ということと、自分が相手に関わることから逃げ腰になる、責任を投げ出すということはすごくすりかえられやすいので、

そこらへんにももっと自覚的になれたらいいなと思います。

つまり私はもっと人と関わってもいいんだろうと思います。


他人の自主性を尊重するという名目で人を突き放しすぎ、放置しすぎていたところがあったと思うので。


その結果、自分も周りも泣くはめになったり。



いろんなこういうグレーなすりかえられた動機で私たちは動かされちゃってるんだろうなと思います。



いろんなそのような隠れた動機のようなものが全部明らかにされていくといいなと思います。

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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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