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プラシャンティニラヤムのクリスマス2012
今さっき、先日のクリスマスのインターナショナルオーバーシーズクワイヤー(つまり外人聖歌隊)のDVDを見ました。
1時間9分だけど、2回連続で見てしまった。笑

クワイヤーは長年の念願かなって今年が初参加だったのですが、1から10まで楽しかったので10年くらい毎年参加したいと思いました。

練習も楽しかったし、ブログに毎回報告したかったのだけど、あまりにも時間がタイトでできなかった。

練習風景のレポート。
http://theprasanthireporter.org/2012/12/even-as-the-international-choir-gets-ready-to-sing-you-raise-me-up/

ちなみに練習の写真の2枚目の中央上よりの濃い色のサリーはわたし。


クリスマスの時のアシュラムの写真。
http://media.radiosai.org/journals/vol_10/01DEC12/Beautiful-Christmas-Love-in-Prasanthi/index.html

本番の動画はまだないのかな?
もしどこかにあったら誰か教えてください。。。



実は聖歌隊の曲の多くが毎年同じのを歌ってて、
今までは聞いてた時もあったけど、大人のコーラスは長いので歌が始まるとわたしは例年飽きて、お茶を飲みにいっていたりしていた。。。

今年も19曲だっけ?盛りだくさんで、それを寄せ集めのメンバーを10日間の特訓で仕上げるので完成度は不足してる部分もあるので、きっと、歌が始まったらみんな休憩しに出て行くんだろうな~、と思ってたのだけど、

全然そんなことなくて、聴衆みんな聞き入って、一緒に熱心に歌ったりしていたそうです。

DVDを見たけど、自分が参加したから言うんじゃないのだけど、たしか例年よりもよくまとまっていた。

あとから聞いた話によると、感動して泣きまくりの聴衆もけっこういたそうです。



楽しかったので2ヶ月に一度くらいこんなのやりたい気分。


ババが生きてたときは、プログラムに出演したらババに近づける可能性があるということで、誰もがどこかでそういう目的をちょっとは持ってたと思うのだけど、

今はそういう欲望は掻き立てられないので、純粋に歌うのが好きで歌いたい人たちが集まってきたのでよい歌になったのではないかなと思います。



指揮をしてた女性の話も毎回感動的で、あーレポート書きたいなと思ったんだけどできませんでしたー。

たとえば彼女のお父さんが亡くなった後、寝ていたらなにか超越意識のようになって、死んだお父さんがやってきて彼女に挨拶しに来たか何かで、そしてババが来て、お父さんはババに安らかに導かれて去っていったそうなんですけど、

生前はお父さんのことを非常に物質的な人だと思っていたのだけど、その時のお父さんの様子を見て、亡くなったお父さんがどんなに純粋でよい人間だったかということがその時はじめてわかったとかいう話とか、



彼女の夢に毎晩ババが来るようになって、毎晩、劇のシナリオを告げられたので、彼女かそれを書きとめて、実際の劇として子供たちに練習させて準備したそうで、それはとてもすばらしく完璧で、上演されることを彼女はまったく疑っていなかったのだけど、

その年の確かクリスマスの話だったと思うのだけど、多くのプログラムが用意されていて、彼女が夢で毎晩シナリオをババに教えられて書いて用意した劇は結果的に選ばれなかったそうです。

彼女は部屋に帰って泣きまくって、ババが書かせたシナリオの劇だったのに、どうして選ばれなかったのかと自分の中に問うたのか、夢で教えられたのかはちょっと忘れましたけど、ババはそのシナリオはわたし(ババ)のためだけに彼女に書かせたのだと答えたそうで、彼女はそれですべてを納得したそうです。

ときにこのようにまったく内側だけでの親密なやり取りがあって、外側でプログラムを行うことは重要ではなく、
ババのダルシャンやババ自身としっかりつながることを求められるようです。

あとは彼女が歌い手としての自信の欠如から歌うタイミングを逃してとてもつらい思いをしたことや、

ステージ裏にババが来て幕の隙間から外を見て、「聴衆でいっぱいだ!」と大喜びしてた様子や、
彼が「あなたたちは歌い手ですか?」と聞いた時、他の人たちは「YE~~S!!!」と答えたのだけど、
その中で彼女は自信がなくて黙っていたら、
あとで彼女のところに来てババが彼女に同じ質問をしたので、
「あなたの恩寵によってのみ、私は歌い手です」と彼女が答えると、ババが幸福そうに反応したことだとか、

そういういろんなエピソードを
聞かせてくれて、話しているうちに彼女の様子もどんどん幸福そうに美しさを増して、見聞きしていてこちらのハートも開いていくようで、とても感動的でした。



美しい時を、多くの人たちと過ごせて幸福でした。



20数カ国から300人くらいの参加者だったみたいです。
(半分はロシア人)

彼女はこの時をここで過ごせることがどんなに貴重なことかという話もして、私は何年も参加したくても子供連れで参加できなかったので、まったくその通りだと思いました。

また、こういう話もしていました。
ババに会うのは過去生でつんだよいカルマによって可能になるのだけど、

それは初めてババに会うまでのことで、
ババに会った後はもうカルマ(よいカルマだけか悪いカルマもかはわからないけど)は使い果たされて残っていないので、
2回目以降はただババの恩寵がわたしたちをババの元に連れてくる。と。


それも、なるほどそうだという気が感覚的にします。



彼女の話もとてもよかったのだけど、ロシア語とスペイン語の通訳がときどきあって、

英語(彼女自身ドイツ人で完璧な英語ではないのだけど)、ロシア語、スペイン語、と順番に連絡事項など同じ内容が別の言語で通訳されていく様子がとても興味深かったです。

それぞれの言語が独特のバイブレーションと美しさと表情を持っていて、
いろんな言葉があってお互いの意思疎通が難しいのは確かだけど、この多様性はとてもチャーミングだと思いました。

聞いているロシア語圏でもスペイン語圏でもない関係ない人たちもその違いが奏でる芳醇さを興味深く楽しんでいました。



このようなありとあらゆる多様性があって、そしてでもみんながひとつに心を合わせて楽しんで何かをやって、それを神にささげる幸福を享受している、
世界の理想の姿が、答えがここにはすでにあることは奇跡的なことなんだけど、そのようにしてこの場所は何十年もそれをやってきました。


このように美しい場所があり、このような魂の喜びと高揚を分かち合う場所が今この地球上にあってよかった、と、思います。



大人の聖歌隊は24日に歌ったのだけど、
25日の朝には装飾担当のニュージーランドの人たちのクリスマスキャロルでした。

こちらの歌はもともとグループなだけあって、すごくまとまって完成度が高くて素晴らしかったです。
この人たちの歌を聞いてたら、あ、そうだ、合唱って、ボリュームを大きくしたり小さくしたりとかもあったんだ、と、思い出した。笑

インターナショナルクワイヤーはそこまでやってる練習日数がないので、とにかくがんがん歌いまくるのみって感じで。笑
メロディを覚えるので精一杯。(実際覚えきらないまま本番に突入。)



25日の夜には子供たちの聖歌隊の歌がありました。
やっぱ、ババの近くにいけるとかいう特典がなくなったので、親も子供を送り込む動機が薄れてか、参加人数自体少なかったのですが、(大人の聖歌隊は大盛況だったので、アシュラムに来てる子供の全体数が少ないわけではないと思う)

子供に用意された歌はリズミカルなのが多いので楽しいです。
数年前、私も子供を子供のクワイヤーに参加させた時、子供の特訓のために私も一応子供の歌を練習したのだけど、当時と同じ局が何曲か歌われていてうれしかった。

子供のクワイヤーは楽器の演奏がすごくよかった。

大人のクワイヤーの楽器担当はなぜか毎回もめていたのでした。
たぶん、今回、このドイツ人の女性が指揮をするのは初めてなのかなと思うのですが、
(今までは名物的なアメリカ人のおばちゃんがやっていた)
男性の演奏者が心理的に反発したりしてたような。

このドイツ人の女性は素晴らしく美しく歌うのだけど、識者としてリズムの取り方がいまいち決まりきらないようなとこがあったりして、そういう面では突っ込みどころが多かった。

それは実力のある演奏者たちによってサポートされるべきところなんだろうと思うんだけど、
時に攻撃ポイントになってて、男性の女性性に対する偏狭さみたいに感じて「・・・・・」と思ったんだけど、

もっと立場のある気持ちに余裕のある男性の演奏者が後で加わって、その人が指揮者のドイツ人女性の味方になって、反乱分子的な男性演奏者を大人の男性的にコントロールする役目を買って出てくれていた。

ああよかった、と思ったんだけど、女性のリーダーはもう一人いて、もう一人はインド人女性で、彼女も素晴らしい歌声で、1曲目のヒンディーの歌を彼女がリードして歌った時に後で加わった余裕のあるかんじの男性演奏者がそのインド人女性のノリノリのスピーディーなノリを否定して、我々はインド人じゃないんだから、インド人的には歌わなくていい、微妙にとろい、自分のリズムに合わせるようにと全体に高らかに言い渡したのにはがっかりした。。。その男性のノリはいまいち眠たくてずれてるような。。。と感じていたので。


そんな、なんだか男女の権力争いの構造のようなものもチラ見しつつの練習だったのでした。

でもこのドイツ人の女性の今回の練習の進行の仕方はとてもよかったです。



雑多な人たちが集まって、なんだかんだありながらもまとまっていく様子は不思議だった。


音楽の持つ力というのもあるんだと思う。





どーでもいいけど、DVD見て、じぶんがこんなに丸顔なことに驚き。だんごやん!

西洋人が尖りすぎなのかな?



あ、そうそう、本番では女性陣、みんなばっちりキラキラのフルメイクしてきてたのにも驚いた。

世界中に生中継されるからねと言われてたしね。。。



今DVD3回目見てます。

歌うの最高にたのしかった。



ちなみにもし来年参加したいなーと思う人がいたら、例年12月13日くらいから合同練習が始まってます。
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【2012/12/30 04:53】 | アシュラムの行事 | トラックバック(0) | コメント(1) |
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コメント
http://media.radiosai.org/journals/Archives/video_archive/2012/video_archive_2012.htm
ここに当日の動画があります。
今、回線があまりスムースじゃないので、確かめられませんが、もし、直接出てこなかったら、Radio Sai のホームページのトップから、DVD archives の12月24日の、international choirって書いてあるところをクリックすると見れるはずです。
始めはヴェーダですが、その後に、クワイヤーが出て来ます。
【2012/12/31 02:17】 URL | 黒羊 #-[ 編集]
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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