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正月早々、絶対原子力戦隊スイシンジャー動画とケン・ウィルバー
※以下、別ブログ、プレマサイジョ~ティ~ショップブログより転載。



あけました。おめでとうございます!

2012年が無事過ぎて!!2013年に突入ですかー。

なんか、おまけの人生をもらってるような気もしないでもないですね。


おまけの人生になってからが自由なほんとの楽しみが始まるみたいな?


旧年中はいろいろサポートしてくださって、見守ってくださってありがとうございます。

今年以降も皆さんにとって実りの多い晴れ晴れとした年でありますように。





と、ここからは新年のご挨拶以降の余談。

南インドプッタパルティは日付が変わる前後に大きな花火の音と、ひょーひょーとおたけびを挙げる男女の声が聞こえましたが、
1時間過ぎた今はすでに静かになりました。
(9時くらいに寝る人多し)





絶対原子力戦隊推進ジャー

最後がちょっとくどかったけど。



年明け早々、何を見とんじゃってかんじですが、

あるのは知ってたけど、じっさいに動画を見たのは今さっき初めて。

すでにいくつも話があって、さっき見たのは「LOVE LOVE ハイロ」を歌ってた脱原発アイドルの藤波心が原発マネーに買収されて、「LOVE LOVE ワイロ」を歌う脱・脱原発アイドルになる話で、再稼動に反対する「怪人反原発男」を、正義の味方スイシンジャー(東電レッド・経産省ブルー・マスコミホワイトの三位一体)とともにやっつけるようなちょっと長めのお話。(ここには貼ってません)

おもしろかった。笑






次回予告「怪人俳優山本太郎を干せ」君のハートに原子力。




怪人小出男あらわる。→必殺、痴漢冤罪アタックで見事葬り去られる。


しかし、この世に損得で動かぬ人間がいる限り、

我等が原子力ムラに

平和な日々は訪れない。。


われらの利権を守る為

行け!行くのだ!

スイシンジャー!





「怪人の唄」

これは、、ちょっとやばい。。。号泣レベルで泣かされてしまった。かなりキタ。



しかし、最初に見た、ここに貼ってない動画の最後、、、

(スイシンジャーを応援して、怪人反原発男を攻撃する子供たちの出演がある意味怖くてなんか微妙なとこがあるので貼らなかった。発表当時も賛否両論が寄せられたらしい)


われらの利権を守る為には

これ以上 一匹たりとも

怪人を増やしてはならない

すべての日本人が

このまま永遠に

ピュアなちびっ子で

いてくれるよう

行け!

それ行け!スイシンジャー






「さいかどー!」と声を上げてくれた ちびっこも

何も声を上げなかった

ちびっこも

どっちも ありがとう!

       byスイシンジャー



だって。



↓その動画へのコメント抜粋。


>子供たちはある意味間違った事を植え付けられて

洗脳され騙されてきた日本人と同じに見える。


>「日本人の心情が子供のように純真」これは分かるが、「日本の風­土が少数派の議論を許さない」とも受け取れる。それを、原発反対­オトコでさえ、扉から覗き見ることしか出来なかった。今回の推進­ジャーのテーマはなかなか難しいぞ。頑張れスタッフのみんな。(­海外)


>「何も声を上げなかったちびっこもありがとう!」

声を上げないのは賛成しているのと同じ、ってことだな。

いつもながら言葉の使い方が上手い一座だ。また何か作って下さい­。


>最後にちびっ子たちが洗脳されてスイシンジ­ャーごっこをしているのにはぞっとした。ラストで「スイシンジャ­ーたちは日本人がピュアなちびっ子であることを望むのであった。­」とあるのけれど、福島以前の自分たちは確かにピュアなちびっ子­でしかなかった。「喉もと過ぎれば」との格言があるとおり、私た­ちはピュアなちびっ子に戻ろうとしているのではなかろうか。怪人­がんばれ、ピュアな日本人に事故を忘れさせるな。


>利権と関係なくても原発肯定派の人というのは、かっこよく見えれ­ば簡単に味方しちゃうこの子どもたちのようなものってことですね­。おみごと。


>ちょっと落ち着いて考えてみてくれ。

あのちびっこたちは311以前の私たちなんじゃないか?

正義の味方の姿をしていれば、おかしなことを言っていても気が付­かない。

原発はエコだ、と言われて信じ切っていたんじゃなかったか?

と思い至ったら、尾米タケル一座の才覚と、現実のひどさの両方に­、背筋が寒くなった。



>最高です!

子供たちへのいとも簡単な洗脳、ラスト影からそれを寂しげに見て­いる怪人・・・

泣けました。



>私達が反省すべきことは、 空気感や雰囲気と、人の見かけだけで、判断してしまうと、 どっちにも転びやすいこの純粋な子供たちと同じように、 「情報」を与えられず、事故前のように推進派のメディア洗脳にさ­らされれば、 私達も、警告を発してきた人たちに、モノを投げつける側に回りか­ねなかったという点です。 恥ずかしながら、私は3.11以前は、私生活が忙しかったせいに­して、原発問題については、無関心という罠にハマっていました。­


>いやー、子供は「見かけ」と「場の雰囲気」で判断するってのが

分かりやすい動画でした。

つまり、3.11以前の私達自身の姿です。




この他にもこの動画を製作した一座がテレビ出演していろいろしゃべってる動画もあったんだけど、

この原発事故の件に関してはみんなが被害者でみんなが加害者。
自分は関係ないということはありえない、みたいに言っていたのはほんとそうだよなあと思います。

聖者とかは、聖者のタイプによるのかもしれないけど、超越してるから影響を受けないという説もあるかもしれないけど、

究極的には聖者に限らず誰しもそうなのかもしれないけど、

現象レベルにおいては、

全体と一致していて差異がない状態の聖者はむしろこういう影響をダイレクトに自分のこととしてあらゆるレベルに転写されて受けるようにも思います。。

そしてそれを分離感なしに自分のこととしてバランスを取ることが自動的になされるのじゃないかなと思います。

そのような時だけ全体に本当の統合と癒しがもたらされる。

だから、たとえば原発反対とか賛成とか、
そういう地点では分離が深くて統合が起こりにくい。


今回貼った動画では、まあ、ギャグではあるんだけど、反原発派の人たちによって、原発推進派がヒーローな設定になっていて、
推進派なりの正義や価値観の世界が展開されるわけなんだけど、

その推進派の人たちの世界も、その世界においては反原発の人たちの世界と同じ正当性と実在性を持っているわけなんです。

だから、どっちが勝つとかそういうバトルをしてる限りは誰も勝つ人がいない。


でも情報を得て考えたり、反原発派にとって逆の世界感をギャグとはいえ取り込んで笑ったりしたら状況からふっと自由になる感じもします。

そうしたら、勝ち負けの世界を包括した上で、比べるものなく純粋に単独でそこに立ち上がってくるものがあるんだろうと思います。

反原発、原発推進の両方の世界を自分の中に内包することで、おのずと、全体にとってよい選択が、選択の余地なく内側から知らされるように思います。


震災の少しあとに、少量の放射能を浴びるとむしろ元気になる、と言っていた教授?がいて、動画も紹介しましたが、

私は前も書きましたけど
チェルノブイリの後に起こった反原発の動きに母が同調してて、放射能に関する怖い情報を中学生くらいでいっぱい注ぎ込まれたので、
不必要に、もしかしたら過度にビビッて神経症っぽく思いつめるような感じがあったかもしれないんだけど、

その教授が「少量の放射能を浴びるとむしろ元気になる」と言ってるのを聞いて、そんな可能性を考えること自体が自分は今までありえなかったので、その説によってすごい新鮮な風が自分の中に吹いたようなさっぱりした気がして、
価値観がひっくり返されて面白くて、あまりにも真逆だったのでその節の真偽はともかく、その可能性を検討してみるだけで笑えて、すごく気持ちが楽になりました。

だからそういう風に反対要素を取り入れて、それまでの自分の枠組みを広げてゆるめてやることで、賛成でも反対でもない、単に適切な答えが知られるようになるというか。

だから、当時放射能のことをすごく心配してる人がたくさんいたし、その動画で「うそ~~~ん?」と、自分を笑ってゆるんでいったん離れて、その分別枠で、再統合されて楽になって欲しかった。


多くのことに気づいていること、は、動画の怪人の唄のように時に楽ではないと思うけど。
知らなければよかったと思うこともたくさんあるかもしれないし。

でも今はすべての人が自分と周囲に何が起こっているのかについてあらゆるレベルで自覚的になろうとしている流れのように思います。

だから見ないように聞かないように目や耳をふさいだり、何かを排除したりするんじゃなくて、
すべてを包括して内在させ、そしてその包括した世界の、全体に対する割合に応じてに応じてそれぞれ選択の余地のない選択肢が与えられるので、

その神の呼び声ともいえる選択の余地のない選択肢を受け止めて体現しつつ私たちは踊っているように思います。


だから、世界全体すべてにとってよい、選択の余地のない選択肢を私たちが体現できるためには、そのための素材として世界全体が内包されていることが必須となり、
本来は反原発も推進もないんですよね。

だからといって反原発も推進も意味がないというのではなくて、逆に両方が私たちの明快な自覚のためには等しく必要なんだろうと思います。


今回のたぶん不正もありそうだった12月の選挙の結果、なんだか日本は急速にさらなるコントロールを受けるのをもう阻止できなさそうながっかりな雰囲気もあるかと思うのですが、

野田さんが大飯を無理やりな感じで再稼動して、そのショックで逆に脱原発に対して自覚的に行動に移す人も急激に増えたように、

今回の脱原発な人たちにとってはがっかりな選挙結果がきっとすばらしく真逆の効果をもたらしてくれると信じています。
たぶんそのように動いているような気がします。

コントロールがきつくなりすぎて、逆に、あまりにもコントロールされてることがはっきりわかり、そこから抜けずにはいられなくなるような。

ま、希望ですけど。




ホントはケン・ウィルバーの言葉を紹介して終わろうと思ってたんだけど、しばらく前からすでにねむくて何かいてるか読むのも困難なくらい目が寝てるので、
とりあえず寝ます。ああもう6時!


おやすみなさい&おめでとうございます。


貼るだけはっとこ。

@KenWilber_botJP

異なった真実の多様性を理解し、認識することで、わたしたちは共感をもって、それらを統合的に包括できる。よりゆったりと自分たち自身と世界とを調和させることができる。(p.294)


Sai Ram!
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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