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ティルパティに行くことにした。
昨日久しぶりにブログ記事ちゃんと書いたので、また朝になってから寝て、

9時半くらいにおきて、そしたら4日にティルパティに行くようにさらりと促しを受けた。


ティルパティかー。

5日も6日も朝から用事が入ってるんだけど、帰ってくるの間に合うのかな、、

時期ずらせないかな、とか、

何で4日なんだろう?そこらに地震の予定でもあるんだろうか?

とか、ひととおりさらっと思いをめぐらせて、



とりあえずアシュラムに行ってギリギリ最後のサマディーダルシャンに間に合ってお参りしました。
(大体10時半で朝の部はクローズ)

ギリギリ最後に行ったので、待たずに一番いい場所でおまいりできました。

神殿の中も入ってお参りして、


そうだ、昨日の夜は久しぶりにアルティ後に外人が参加できる神殿内での瞑想に参加しました。

人が多くて、全員は中に入れなかった。

私はかろうじて中に入って参加したのですが、

最初の5~10分はよかったけど、その後はほかの人の気配で集中できなくなって、早くここから出たいなーとか思ってしまった。

時間が来て、外に出たらすがすがしかった。

神殿の中はいいとこなんだけど、瞑想の前後のオーム斉唱とか、みんなばらばらの音程で唱えて不協和音なのがいつも、ありゃーってかんじで、なんとかすればいいのにとか思ってしまう。

最初に、音をまとめやすいように何かの音をチーンとか鳴らせば、みんなそれに合わせるだろうになとか。



おとといだか、知り合いのロシア人の女性がビブーティーをくれた。

なんか、7箇所のたぶんサイババの絵とか写真から出てきてたビブーティーを集めたものだとか。
3箇所はアシュラムの中で、あとはスリランカとかロシアとかと言っていた。

貴重なものをありがとう。



そう、それで、今朝、神殿から出てきて、

とにかくいわれたように動くのがいつものわたしなので、

タクシーをどこに頼むか自分の中で少し探って、

先日ムッダナハリに行ったときに頼んだとこにいって、今日、ティルパティに行くの可能か、そんで、明日帰ってこれるかどうか聞いたら

タクシーに問い合わせてくれてOKだったので、昼セバしてご飯食べたあと、今日の午後3時に出発することにしました。


3時間半後。

プッタパルティからはタクシーで片道5時間くらいだそうです。


なんか、今日は木曜だそうで、
ティルパティの神様のバラジはビシュヌ系だし、早めに出発して木曜の今日にお参りしたほうがいいのかな(もしくは水曜?)とちょっと思ったけど、

4日と指定されてたんだからそれでいいんだろうと思い直しました。

金曜もよい日だし。



3時出発はラフーカーラムとかに引っかからないかと、一応何の気なしに聞いてみたら、
調べてくれたらちょうど3時にラフーカーラムが終わるから、
3時5分とかに出発したらいいとのことでした。


今日3時に出発したら、向こうに夜8時か9時に着くからどこか(なんか、泊まるとこは少し山の上と言っていた)で一晩寝て、よく朝早くに並んでおまいりしてこようと思います。


普通に並んだらすごく大変だと思うんだけど、7~8時間から2~3日並ぶとか?
私行った事ないのでよく知らないんだけど。

外人はパスポートを見せたら特別ラインで参拝できるらしく、(パスポートとそのコピーを持っていくようにとアドバイスされた)3~4時間で即(笑)おまいりできるそうです。


そのあと軽く観光して、明日の夜にプッタに戻れるようにスケジュールを組んでもらった。


あ、ちゃんと4日におまいりして帰ってこれる。

促しっていつもそう。

自分の考えで無理と思わずにとにかく言われてすぐに動いたらちゃんとできるように準備されてる。

正直、でも、いつもこんな動き方だと精神が安らがなくてしんどいなーと思う気持ちがないこともないんだけど、
(心はいつも何かに結びついて固定していたがるので)
精神から重荷を取り去って、そう思うのをやめてとにかく体を動かしたら何てことないし、

他の大きな流れにつながってる一部だったりするのかもしれない。


ちなみに私が言われたタクシー代は往復6000ルピー。
一万円くらいです。

向こうのホテル代や参拝料なんかは2000ルピーくらい見ておいたらいいようなことを言われました。

最近いつも現地に行く前にネットでいいとこ調べて予約していくので、そうしようかと思ったら、
ティルパティはそういうのはないとかいわれ(ないことはないと思うんだけど、)
寺やアシュラムのようなとこにとまるように言われたので、まあそれもいいだろうと思ってそうすることにしました。
それは一泊300ルピーくらいらしい。




ティルパティは近くなのに今までいったことなかったんですが、バラジは10年以上前から気になっててぐっと来てた神様でした。

最初にバラジを認識したのはアガスティアの葉の館に飾ってあった絵でだったと思う。

なんかか変わった姿だな、黒いし。

と思っていたのだけど、眼力がすごすぎるので目隠ししてるんだと聞いて、はー。。。と思った。




ティルパティで坊さんたちがバラジにプージャしてるときにバラジの足が生身のサティアサイババの足に変わったかなんかで、プージャをしていたティルパティの坊さんたちがびっくり仰天して、みんなでサティアサイババダルシャン受けに来たというのは有名な話ですが、

その後もプッタパルティの大きなプログラムとかでティルパティからの坊さんが参加しに来てたりしてました。



ティルパティのバラジにお願いするとなんでも願いがかなうらしいので、

サマスタローカーー スキノー バヴァントゥー

と祈願してきますね。




しかし、以前セッションうけた広島の木村さんからしてみたら、私はあまりにも直感で動きすぎると思ったみたいで、あかんの?と思うけど、

日常生活と両立するのが難しくなると思ったのか、

全開状態の?第7チャクラをちょっと閉めたか何か調整して落ち着かせてくれたみたいなんだけど、


ま、だからここで暮らしてるんだと思うので、(日本だと直感で動くと自他にとって動くために取り除く必要のあるブロックが多いので大変かもしれないけど、ここならみんな直感に動かされてるから普通で何の問題もない。)


また開いちゃったんかな?笑



木村さんは神様に言われたことと日常を両立させることにあるいみチャレンジしてるみたいで常に調整してるみたいなんだけど、

わたしはもうなんかだいぶ前から壊れてるし。
ストップかけらんないし、かける気もないわ。

乗せられる流れに両手両足を離して浮かせて乗っていくように求められている気がする。



今、プッタ在住のなおみさんから間違い電話がかかってきたので。
(電話に出たらヒンディーでしゃべりかけられた。あれ~?みたいな。笑)

なおみさんはティルパティ好きで何度も行ってるのでなんかアドバイスないか聞いてみた。

そしたら列に並ぶ前にお坊さんに髪の毛切ってもらうとこがあるからそこでちょっと切ってもらうといいといわれた。

さすがにいまスキンヘッドにする気はないけど、ちょこっとだけでも切ってもらうといいらしい。
(とかいってスキンヘッドで戻ってきたりして。爆)

あんまり考えるとスキンヘッドにしたくなりそうだから考えないでおこう。笑



あと、プラサード情報とかもらった。


外人ラインは早い時だったら30分くらいでお参りできちゃう時もあるらしい。



もう12時半なのでセバ&ランチに行ってきます。


ばははーい。
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テーマ:ヴェーダ的生活 - ジャンル:心と身体

【2013/01/03 15:36】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(1) |
<<ティルパティ(ティルマラ)に行って、ヴェンカテーシャ(バラジ)ダルシャンをうけてきた。 | ホーム | 近頃は色々いっぱいあるのだけども。<久々に子供がインドに来たとき>>>
コメント
突然のメール、失礼いたします。
私はこちら⇒http://blju2.net/pa2/
でサイトをやっているfarrといいます。
色々なサイトをみて勉強させていただいています。
もしよろしかったら相互リンクをお願いできないでしょうか?
「やってもいいよ」という方はメールを送ってくだされば、
私もリンクさせていただきます。
よろしくお願いします^^
【2013/01/03 17:07】 URL | farr #-[ 編集]
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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