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自分を(自分は)大事にしていなかった。
いまさらだけど、私は自分を大事にしていなかったなあという気がします。

好きなように生きてきたつもりだったけど、
肝心なときに自分を守ることをいつも放棄していて、それは自分を疎外していたことで、自分に対する偽善だったといまさらながら気がついた。

誰かが自分に不利益をあたえたり、傷つけようとしたり傷つけたら甘んじて受けて相手にさらにエネルギーを与えるということをしていた。

人のためになら怒れるけど、自分のためには、怒れなかった。


でもそれは自分を特別扱いする形のひとつで、

増上慢と卑下慢はおなじことだと昔どこかの人が言っていたように思いますが、

それと同じことが自分の場合にも言えるんだろうなと思いました。


自分と他人を同じように尊重していなかったのだと思います。




たぶんだからそれが私が心を開いた相手を潜在意識で刺激してて、彼ら・彼女らが私を攻撃されたり侮辱されるのを促してて、
それはそういう私自身の自分や他人に対するそのような形の偽善が引き起こしていたのだと思います。



と、こういう風に思ったのもわたしが他の人や大切な人を守ろうという思いで腹が据わったときに気がついたことなのがなんだかどうなんだかという感じなのですが。

自分を大事にしていないことが、自分につながる人に悪影響を与えていた。

つまり自分は間接的に自分の周囲の人への加害者だったというわけ。

そういう形で私はたくさんの人を守れなかったどころか、私を大切に思う人たちを積極的に傷つけてきたことに気がついた。



そんなマカラサンクランティでした。。。





今朝も変わった夢を見た。

横に長ーい、2階建ての建造物があって、2階部分の端のほうは踏み抜きそうな感じだったんだけど、
私は2階の部分に立ち入って歩こうとしていて、

それを見ていた人たちが、1階部分の仕切りがはずされて、もう1階が使えるようになったと思って、
1階部分にみんなわらわらと入ってこようとしてました。

1階にはいってこようとしていた人たちはプッタパルティの長期滞在の女性達だった。

なので、わたしは、わーまだですよー、と、2階から押しとどめたんだけど、

みんな、仕切りがはずされるのを待ってたんだ?

と、そのことで気がついた。



そういう夢でした。



意味があるのか無いのか分からないけど、
とりあえずヴェーダチャンティングに行ってこよう。

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テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

【2013/01/15 11:25】 | プッタパルティ日記 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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子連れインド・サイババおっかけブログ


2006年7月16日、当時2歳の息子主名(しゅな)とともに渡印。現在は子供は日本の学校へ通い、わたしのみ南インドで一人暮らし。始まりもなく終わりもない。サイババをめぐり展開しつづける世界。彼の見る夢。愛し合う森羅万象。

プロフィール

古野SAWAKO

Author:古野SAWAKO
1995年7月のグルプールニマのときに母とともに初渡印、初プッタパルティ。衝撃のサイババダルシャン&衝撃の自己覚知。肉体を去るかどうか考えた末、この世界に留まることにする。(21歳)→<カテゴリー>サイババ体験談参照

1996~1998年ごろ、働いたりキャンプしたりしながら日本やアジアを転々とする。

1998年のブッダプールニマ以降はほぼ年に一回ペースで渡印・サイババ詣で。同時にアガスティアの葉なども見に行く。このころは霊的な大混乱&調整期。

2000~2001年にかけての年越しインド旅行でのちに夫となる為替のディーラーの男性と出会う。半年の完全引きこもり浄化期間の後、2002年に突発的に結婚。

引きこもったあとに肉体を離れるチャンスが来るかと思ったのだけど来なかったので、占星術的にほぼパーフェクトの相性が示されていた彼と結婚した。

結婚後、夫の経済支援を受け、美術家としてカルマヨガをテーマとした作品を制作。個展やグループ展を多数開催し、大手新聞3社やタウン情報誌などの取材を受け、カラー写真入りの記事となる。


2003年男の子をマンションの浴槽内で自宅出産。

都会での育児に限界を感じ、子供が生後7ヶ月の時と1年7ヶ月の時にそれぞれ2ヶ月間ほど子連れでインド滞在。沖縄の離島に母子移住を試みるが断念。

ヴェーダチャンティングにはまったのでヴェーダ習得に集中するため、美術家としての活動を終了する。

実家の3部屋を占めていたすべての作品もチェーンソーで細かくして焼却場に搬送処分。

2006年7月16日、なんとなく直感的に籍をはずして当時2歳の息子主名(しゅな)とともにプッタパルティに移住。

このブログはその時点でセルフカウンセリングツールとして始めました。

サイババの学校の老教師の縁を得て2年間ヴェーダチャンティングの習得に専念。

なぜかカルナータカミュージックも強制的に習わされる。

子供は現地の学校に通いつつサイババの学校に入学のチャンスをうかがうが断念。毎日の失意と毎日のサイババダルシャンの至福の恩寵が与えられた、ふり幅の激しい特異な数年間。

2010年5月直感的にインド占星術関連のネットショップをはじめる。

なんらかの危機を予測した仕事仲間のインド占星術師の提案により、2011年3月世界の平安のための大掛かりなプージャをネットショップ主催で試みる。

直後に日本で大震災。

以降、時流の要請に合致した日本と世界の平安のための大規模プージャを人々の祈りに支えられながら次々行うことになる。

2011年4月まさかのサイババマハーサマディー。肉体ダルシャン終了。

不可能だと多くの人に思われていた日本のための大規模プージャが3回とも完全な形で実行される。

インドの地元の新聞やテレビ取材を何度か受ける。

2011年9月子供の父親がインドに移住を試みる。わずか1ヶ月ほどだったが念願のインドで親子3人暮らし。

ビザの延長が認められず、2011年11月より子供は日本の小学校へ。

2012年3月子供の父親もプッタパルティで充電後、日本に戻って新生活スタート。



わたしのインド一人暮らし始まる。

日本や世界の平安のための大規模プージャはその後も多数の方の協力を得て何度も行われました。

この後どれくらい行われることになっているのかは知りません。


神様、私たちをあなたの手の中のフルートにして息を吹き込み、あなたの平安の音色を奏でさせてください。

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ

〔すべての世界のすべてのものが幸せでありますように〕

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